豊穣祭⑨
式は続く。
(仕掛けてくる様子は、ない…か…。)
あれから少し時間が経ったが細身の者が翠に仕掛けてくる様子はなかった。
敵であるとも味方であるとも分からないが、仕掛けてこないのは幸運だ。今騒ぎを起こされていたら確実に詰んでいた。
一方、式が始まってからもう30分は経ちそうだといった頃、殺した人間が8人になったところだった。
式に異変が起こった。
蒼様が片手を空に上げ、こう言った。
「恩ちょうを与えよう。愚かな民に、命の恵みを。」
雨をやませた後、黙々と豊穣祭を続けていた蒼様だったが、8人目の首を落とし終えた後、突如そう宣言した。
その言葉からしばらくたった後、翠の前に小さな何かが落ちてきた。
(なんだ…?)
不思議に思った翠が、その落ちてきた小さな何かを手に取る。
それは米粒ぐらいの大きさの小さな茶色い粒。
…………いや…これは…
(米粒……!?)
見間違えようもない。それは米粒、正確に言えば殻をむいていないもみだった。去年までは、これが思うように収穫できず、どれだけ苦しんできたことか。
(でも、どうして、もみが空から…?)
翠がそう疑問を感じたのもつかの間―――
また茶色い粒が落ちてきた。
次は、一粒だけではない。何粒も、何粒も、会場中にもみが、無数の茶色い粒が降り注いだ。
雨のように、もみが降り注ぐ。
会場の人々も、すぐに何が起きたのかを理解する。
「もみだ!!!もみが降ってきたぞ!!!」
「蒼様がくださったんだわ!蒼様が私たちに恩ちょうを下さった!」
「これが、恩ちょう!」
翠はようやく、豊穣祭の意味を悟った。
(恩寵…豊穣…、まさか、このことが…!!)
ようやく、恩ちょうの意味が分かった。これが恩ちょう。翠達が、日ノ本の全人類が喉が手が出るほど欲しいもの。食料だ。
それが今、雨のように空から降ってきている。まるで飢える人々に救いの手を差し伸べるように降ってきている。
翠は困惑して空を見上げる。
晴天、快晴のはずの空。その雲一つない空から何故かもみが降ってくる。
(でも、どうして、もみが空から…?…これが神様の力なのか…?生贄を捧げた結果なのか…?)
常識が全く通用しない。何もないところからもみが降ってくるなど、到底理解できない。これが神の力なのか。
(そういえば…チキも入っていた通り、最近の食料は明らかに去年の収穫より多かった…。それも、関係あるのか…?)
チキの言葉を思い出す。去年の収穫より明らかに多い、食料。降ってくる無数のもみ。例年より農業に向いた、天候。止んだ雨。
(蒼様は本当に悪なのか…?でも……あんな顔をした人を平気で殺すなんて…)
分からない。蒼様は善なのか悪なのか。それとも人間の尺度では測れない思想を持っているのか。相変わらず蒼様の人々を見下ろす目は死んだ目をしている。感情が読み取れない。
善なのか悪なのか分からない。そして悪だとしても、翠の理解の範疇にあるものだとは到底思えない。
確かなのは目の前に降ってくるもみ。そして断頭台の前に転がる8つの首。相反する二つの事実に翠は混乱を隠せなかった。
§
その後も式が続いていく。
式に参加している人は一粒でも多くのもみを集めようと必死だ。蒼様に感謝するものもたくさんいる。
会場が湧く一方、式は淡々と進められていた。
生贄が1人首を切り落とされる。すると隣でそれを確認していた男の中位天使がそそくさと処刑台から飛び立つ。その天使は生贄の列にたどり着くと次の生贄を連れ出し、生贄をお清めし、処刑台へと連れて行く。流れ作業のようにするすると儀式が進んでいく。
そして数人首を切り落とすたび、蒼様が手を空に上げる。そしてその度空から無数のもみが降ってくる。そしてその度歓声が上がる。
そして生贄の中にも、断頭台にたった時、こんなことを叫ぶ者もいた。
「俺はこの命を蒼様に捧げる!そして蒼様とともに世界を救うのだ!!」
そう叫んだあと、その生贄の首が落とされる。
その言葉を聞いていた翠。先ほどまでならあまりいい気分でその言葉を聞くことは無かっただろう。そして、今も気持ちいい言葉ではなかったが、その言葉に抱く感情は全く違っていた。
(あの人の言うことも間違いとは言い切れないよな…)
神に逆らうことは本当に間違っているんだろうか。分からない。神は人を殺す。理不尽に殺す。だが、目の前に起きている光景は本当に悪人がやることなんだろうか。蒼様が人を殺しているお陰で、今自分たちが生き続けられているのかも知れない。
だが、それでも、蒼様が正しいと言い切れない点が一つ、翠の中に、あった。
(でも、去年飢えで死んだ人より、蒼様は人を殺している……それも、ちょっと仕事中に喋っただけの人を突然殺す……そんなの、間違っている。)
亀村での人々への静粛は信じられない物だった。そんなことをする者に従うなんて、翠は納得できなかった。
翠の決意は固かった。
(それに…朝日が殺されるくらいなら、飢えで死んだほうがましだ。)
もう覚悟は決まっている。あとはその時を待つだけだ。
§
さらにその後も、粛々と式が続けられていく。
もう、式が始まって随分時間が経った。
今、31人目の生贄の首が落とされた。今は空から降り注ぐもみは止んでいる。あと2人ほど切ったらまた降り注ぐだろうか。
残りの生贄の人数は5人。
遂にこの時が来た。来てしまった。
次は、朝日の番だ。