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豊穣祭⑧


 時は少し戻り、豊穣祭の会場。1人目の生贄の儀が終わり、少し経ったところ。


 1人目の生贄の儀に怒りを覚えていた翠。翠の怒りも、見知らぬ人の悲しみもいさ知らず、式が続いていく。


 1人目の生贄を断頭台に連れてきた天使が飛び立ち、再び生贄の列に戻る。そして、2人目の生贄を連れ出した。


 2人目は若い女性だ。


 その女性も1人目と同じようにお清めをすませる。そして、ゆっくりと処刑台へ歩いていく。


 会場は歓声が溢れかえっている。蒼様ありがとうだの、生贄になれて羨ましいだの、そんな言葉が会場を生き返っている。生贄の女性は顔を歪んでいた。涙をこらえている。


 そして処刑台にたどり着き、その女性の首が断頭台の上に置かれる。


 そして2人目のその時も息つく間もなく訪れた。



 蒼様が女性の首を切る。



 2人目の最期も、あまりにあっけないものだった。蒼様はまるで流れ作業の如く人の首を落としていく。


(これで…2人…)


 翠はただ見ていることしかできなかった。無力だ。何もできない。翠はその女性のことを何も知らない。それでも、あんな顔をして死んでいった人を、見て見ぬふりしかできないのは、どうしてもやるせない。



 そして、粛々と式が続いていく。



 3人目、4人目と生贄の人々の首が次々と切られていく。悲しい顔をしているものもいれば満面の笑みで、まるで生贄になることを誇らしいことかのようにふるまう者もいた。男性もいれば女性もいた。老人もいれば翠と同じくらいの子供もいた。


 どれもこれも、翠をやるせない気持ちにさせた。





 だが、同時に翠は目的を忘れてはいなかった。朝日の奪還。そのための観察も同時に続けていた。そしてその障害になるかも知れない一つの問題について、あることに気がついた。


(ゲンジさんを監視してる何者か…。あと2人…仲間がいるな…。)


 2人。それはゲンジを見張る謎の存在の仲間の数だった。


 会場をよく観察すると、同じ合羽を深く被ったものが2人いることに気がついた。


(1人は多分結構細身…。もう1人は子ども…!?2人は誰かを監視してるわけではないみたいだけど…)



 その2人はどうも最初のゲンジを監視するものとどうやら随分姿が違うようであった。非常にガタイの良いことが合羽越しにでもわかったゲンジを監視する者と比べると1人は随分細身、もう1人にいたっては身長すら随分小さかった。下手したら翠より小さいかも知れない。だが、3人とも共通して合羽を深く被っており、その顔は伺えない。


(いや…それよりも問題は…彼らは何者なのか…敵か味方かだ…。)


 そう。彼らの属性などこの際どうでも良い。問題は、味方なのか、敵なのかだ。



(まずそもそも天使なのか…人なのかだ…。翼が入る合羽には見えないけど…)


(教主様は翼を隠して日の元に紛れ込んでいた。他に翼を隠していた天使を見たことはないけど、翼を隠せる可能性はないわけじゃない…。)


(でも…教主様は言葉を話せるから少なくとも中位天使以上だ。下位天使はできないって可能性もある。中位天使は数が多くないみたいだし、天使の可能性は低めかな…?)


 翠は確信こそ持てなかったが、彼らは天使でないと仮定することにした。得られる情報はどうせ限られている。可能性の高い選択肢を選んでいくことは悪いことではないと考えていた。


 そして、そもそもこの選択は大して重要でないと考えていた。


(それより、大事なのは、敵か、味方か…。)


 重要なのは天使か人かではない。重要なのはそれが敵か味方かだ。アレが天使なら敵であることが確定するが、人間だったら味方というわけではない。


(…敵だとしたら、天使の手先ってところかな。自主的に怪しい人物を追ってるって言う可能性も十分にある。それが一番あり得るはなしだ…。)


 ゲンジを監視するもの。素直に考えれば、敵という可能性が高そうだ。


(もし味方だとしたら…?ありえない話じゃない…。味方なら、姿を隠して合羽を被っていることには説明がつく…。)


(でも、そうだとしてもゲンジさんを監視する理由は分からないよな…。それにそもそも、誰が一体好き好んでこんな蒼様もいる危険なところに来る…?)


 翠は彼らが味方…少なくとも蒼様の敵対している勢力である可能性を考える。


(あり得るとしたら、俺たちと同じように生贄を奪還しようとしている人たち、あるいは京都抵抗軍くらいかな…、でも、生贄を奪還しようとしているならゲンジさんを監視する意味がないし、抵抗軍は壊滅したって言ってた…。)


 味方だとして、なぜ豊穣祭に訪れているのか、なぜゲンジさんを監視しているのか、説明のつかないことばかりだ。もちろん可能性はないわけではないが期待は薄いだろうか。


 だが、敵だとしても、味方だとしても、けっていてきな証拠は見つからなそうだ。



(やっぱり、絶対どっち、とは言い切れないな…。でも敵だとすると……3人もいるんだ。作戦が妨害される可能性もある。けど…やるしかないな。)



 敵だとしても、味方だとしても、決行するという事実は同じなのだ。ならば、これ以上考えても意味がないかも知れない。



 そう決意を決めたその時だった。



 翠がふと、怪しい3人のうち、細身の者の方に目をやる。





 その瞬間、細身の者と目が合った。



(っ……!バレた!?しまった、警戒、しすぎた…!!)



 翠の背筋が凍る。細身の者は明らかに翠を見ていた。その目が見えたわけではなかったが、明らかに翠に視線を送っていた。



(失敗した!!)


(まずい……もし、敵だったら…!)


 翠は己の失敗を悔いる。だが、取り返しはつかない。朝日の番は徐々に近づいきはじめている。



 もう後戻りはできない。

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