最後の朝③
そんな事を話していると、4人の前に一人の法衣の男性がやってきた。
その男性は先ほどまで、舞台の上で話していた男性だ。準教主の1人で、確か………ゲンジという名前だ。
「おい、今、蒼様を批判したのは…君か…?」
ゲンジは先ほど舞台で熱演していた時とは違って、少し冷めた様子で、翠のことをみつめている。
「批判……?確かに、蒼様のことは信じていないですけど…………」
それを聞いた途端、ゲンジは驚きに目を見開き、そして頭を抱える。
「しんじていない………………………!?………信じていない、だと…………!!君…それがどれほど愚かなことか分かっているのか…??」
ゲンジは至極冷静に、しかしふつふつと沸き上がる熱を抑えるような声で、翠にそう告げる。突然のことに少し困惑する翠だが、翠はまだ冷静に、だが少し語気を強めて、ゲンジに答える。
「愚か…!?信じるも信じないも俺の自由でしょう?…信じないことの何がいけないんですか…!?」
「は………………????????」
それを聞いたゲンジは、まるでその答えが青天の霹靂であるかのように呆然とした顔で、翠を見つめる。
そして、数刻。正気に戻ったかと思うと、こう言う。
「……………………そうか、そうだよな。この迷える子羊は、まだ蒼様のすばらしさを知らないだけなんだ。……ああ………俺が教えてあげなくては。…なあ、君、君は50年前、何があったか知っているか…?」
(今日は面倒なんに、よく捕まるな…)
その言葉に、翠が迷わず答える。
「知っていますよ…。今と同じ、大冷害ですよね。」
翠の答えを聞いたゲンジは、満足げにこういう。
「ああ、そうだ。当時の人々は十分な食料も無く、苦しい状況だった。たった数年で、5万の人が飢えて死んだという話だ。」
ああ、このくだりは...、この話は…、知っている。この日の本にいる人誰もが知っている話だ。蒼教を信じない翠でさえ、数万回と聞かされた話だ。
そこまで言うと、ゲンジが突然目を開き、天を仰ぎながらこう叫ぶ。
「だが!!!そんなとき、蒼様が降臨なされた!!そして何をしてくださったと思う!?蒼様は!私たち人類に大量の食糧を恵んでくださったのだ!!そしてその食糧で人々は冬を乗り切り、多くの命が救われたのだ!!!」
蒼様の御降臨。蒼教の原点であり、最も重要な話だ。蒼様が飢えに苦しむ日の本の人々を救った。それも一度ではない。確かチキ曰く…………そう、三度、三度も蒼様が降臨し、日の本を救ったという。突飛な話ではあるが、これこそ蒼教の始まりだ。
そして、正気に戻ったかと思うとゲンジは再び翠を見てこういう。
「どうだ!?君にも分かるだろう?蒼様のすばらしさが!!」
それを聞いた翠は、冷静に答える。
「でも、あなたは直接蒼様と会ってないですよね。それじゃあ本当か分からないですよね…?…………俺は、蒼様なんていないと思ってます。」
その答えを聞いた、ゲンジの変化は劇的だった。
ゲンジの目はぱっちりと開き、いまにも瞳孔が飛び出しそうな眼力で、翠をにらむ。
「は………!?いない、だと!?蒼様がいないだと!?何をいっているんだ!君は!?…………いや、落ち着け、熱くなってはいけない………。そうだ!俺は見ていないが、ここから北の町に行けば蒼様を見たと言う人が居るという話だ…!!!確かに見たという人が居るんだ!!それなのに、いないわけないだろう!!??」
最後に蒼様が降臨されたと言われるのは50年前の出来事である。
50年前の目撃者は現在ほとんど残っていなかった。この時代において50年という時の流れはとても長い。寿命も短く、その上短期的に冷害を繰り返している。50年前の記憶がある人が生きているなど、奇跡と言っても過言ではない。
とはいえ、ゲンジが言うにはまだ50年前の証言者が少数ながらいるらしい。
まくしたてるように喋るゲンジ。それを呆然と見る翠。
まだゲンジが続ける。
「それだけじゃない!!80年前の時も!140年前の時も!!蒼様らしきお方が食糧を恵んでくださったという記録が残っている!!!それなのに、蒼様がいないはずがないだろう!!??」
そこまで言って、ゲンジが少し落着きを取り戻す。そしてこれまた打って変わって、翠を励ますような口調で、こういった。
「迷える子羊よ。君も蒼様を信じていれば救われるのだ。何も考えることは無い。悩みを憂いももはや不要だ。ただただ、信じるだけだ。」
(信じる…だけ…!?)
その言葉を聞いた翠は、座っていた舞台を飛び降り、ゲンジの前に立つ。
「信じていれば…………救われる?………じゃあ、どうして、どうして今、蒼様は現れないんですか……!!100年に1度の大冷害だっていうのに!!たくさんの人が!蒼様に祈っているのに!!…………俺たちが!!こんなに苦しんでいるのに!!!」
翠のいう通り、今回は違った。日ノ本中に死体が転がっているにも関わらず、蒼様が現れる気配はなかった。教典が真実なら、今回も現れてもおかしくないはずだ。否、現れなければ嘘だ。
「蒼様はいません。今、ここに現れないことがその証拠です。」
その言葉に、ゲンジが黙り込む。ゲンジの目は、視点が定まっていなかった。
だが数刻して、ゲンジがあることを呟いた。
「……………………………しれん、だ。」
その声は小さな声だった。余りに小さな声に、思わず翠が聞き返す。
「……は?」
次にゲンジが発した言葉は力強く、芯のある物だった。
「そうだ。…………試練だ。…蒼様は、試練をくださったのだ!!これは蒼様がいやしき我ら人間にくださった、試練!!」
「……は?」
「この試練を乗り越え、人類がまた一歩前進した時!!蒼様はその恩恵を下さるのだ!!!」
余りにも、つじつまが合っていない。
そのゲンジの答えに、あ然とする翠。全くもって今までの話と食い違っている。蒼様は人類が苦しんでくれる時に、救いをくれるのではなかったのか。
ゲンジのご都合じみた解釈に、翠は震えながら言う。
「試練……?……………冗談も程々にしてくださいよ………!?そんなの……!都合良く解釈しているだけじゃないですか…………!!それは現実から目をそむけているだけだ…ただの妄信ですよ……!!」
全くもって、理にかなっていない。
「ははは!君こそ蒼様の試練を理解できていないだけだッ!!!!これは、試練なのだッ!!この冷害という名の試練を乗り越えてこそ!我々に救済が与えられるのだああッ!!!
余りに横暴な答え。
それを聞いた翠の脳裏には、『ある事』がよぎる。いや、本当は最初からずっと、そのことしか考えていなかった。
(ダメだ…!アレを言ったら…!負けだ…!!)
ずっとこらえていた『ソレ』が口から出かけて、なんとかもう一度こらえて、ゲンジに反論する。
「じゃあ………この冷害で……たくさんの人が、犠牲になったと…思います。それも、試練…?…なんですか?…………蒼様は……試練のためだったら……人を殺すような神様なんですか…………………!?」
そう、教典や普段のゲンジたち準教主の教えでは、蒼様は苦しんでいる人々に心を痛め、慈悲を恵む神様だ。だからこそ人々に食料を恵んだのだ。それなのに、試練のために人を殺すなど、考えられない。
「大丈夫だ。死んだ人はみな、蒼教の祈りを全うして死んだ。だから、みな蒼様が銀の船で救いの天界へと連れていかれた。だから、気に病むことはないさ。」
それは教典にある一文だった。蒼教を信仰して死んだ者は死後天界へと行ける。
「そんなの…誰が分かるって言うんですか!?誰も、死んだ人が天界にいったところなんて、見たことないですよ!」
翠の反論の通り、教典に書いてあるとしても、その光景を目撃したものは誰一人いない。
「何を言っているんだ?教典に書いてあるからあるに決まっているじゃないか。」
「は…?」
翠は耳を疑った。銀の船も、天界も、見たことが無いのに、ゲンジはまるでそれが疑いようのない真実であるかのように語る。
(教典に書いてあることは全部真実だと思っているのか…?話が、全然かみ合わない…!)
これじゃ会話にならない、そう思った翠に助け舟を出したのはチキだった。
「ゲンジさん、それは違うと思いますよ。銀の船が天界に魂を運ぶなんて記述、初版の教典にはありませんでしたから。」
その言葉を聞いたゲンジは、一瞬、嫌そうな顔をするが、すぐに取り繕って、こう言う。
「…っち。細い事を…!まあいい。そもそも………………翠君……君は勘違いをしている。彼らは確かに死んだ。だが、彼らの死は無駄にはならない。彼らの死という試練があったからこそ、我々人類に救済が与えられる。これは、必要な犠牲なのだよ。」
「……………………意味が、分かりません。必要な、犠牲?……それじゃあ、死んだ人たちはどうなるんですか………!!いまさら救済があったとしても!死んだ人たちは!戻ってこないんですよッ!!」
冗談じゃない。犠牲を払って助かったとしても何の意味もない。死んだ人は何も得られていない。死んだ人は帰ってこない。
「だから言ってるじゃないか。それは必要な犠牲だ。試練だ。試練を乗り越えた先に救済があるのだ。彼らは幸せだ。蒼様のために死ねたんだからなっ!」
「は……」
翠は、我慢ができなかった。
ずっとこらえていた。だが、もう我慢できない。
思わず、今まで言わないようにしていた言葉を、ずっと脳裏によぎっていながらも、避け続けていた『ソレ』を、口にしてしまった。
それは教会中に響き渡るほどの叫びだった。
「……………………じゃあ………………………………………じゃあ!!!俺の……………俺の母さんがッ!!死んだのも!!!試練だってッ!!!言うんですかッ!!!!!」
その叫びに、その悲痛と怒りに満ちた叫びに、教会全体が静まり返る。
だが、数刻して、ゲンジが口を開く。
「………………………ああ、それが、それこそが、試練だ。」
静まり返った教会に、冷酷な声が響き渡った。
「あ………………………………………………………………………」
その音は、翠のうめき声。
翠は、もう、我慢が、出来なかった。
「…………………ああ、うあああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」
翠が叫びながら、拳を握りしめる。そして、ゲンジの頬を思いっきり、殴りつけた。