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豊穣祭⑦

(まずい……バレた!?)


 最悪だ。ばれてない事を祈りながらチキが息を殺す。逃げようにも逃げ場がない。もし入ってきたら隠れる場所もない。さっきの話は間違いなく聞いてはいけない話だった。こんなところを見られたら確実に殺される。


 体温が下がっていくのを感じる。唇が冷たい。腰が震えるのがはっきり分かる。全身が強張って言うことを聞かない。


 これは、恐怖だ。


(あ………いやだ………痛いのはいやだ………死にたく……ないよ。)


 チキにできたことはただそう思うことだけだった。


 厩舎の扉が開く。


 そして厩舎の中を見た天使の一人が言った。


「馬か。」


(…………バレて、ない……?)


 入り口側の馬房の一つに隠れているチキ。入り口から入ってこなければチキの居場所は死角だ。今は見つかっていないのか。だが、厩舎の中をよく探されれば確実に見つかる。


 天使たちは入り口で話を続ける。


「ちっ。豊穣祭に来た者の馬か。あれだけ馬は指定の場所に止めろと言ったというのに。見せしめに殺しておくか?」


「いや、放っておくべきだ。馬を殺されてこの馬の主が恩ちょうを持ち帰れなくなる方が面倒だ。」


「…ちっ、それもそうだな。」


 そういうと2人の天使は厩舎の扉を閉め、去っていく。






(助かった………バレてなかった…………)


 チキが一息つく。体の震えはまだ全部は収まってはいない。天使たちは急いでいた。わざわざここに戻ってくる可能性はほとんどない。もうほとんど安全だというのに恐怖が抜けない。


(翠みたいに、勇敢にはなれないな…)


 チキは翠のことを思い返す。彼は無謀で、そして勇敢だ。彼は賢い。己がいかに無謀か、どれだけ危険なことをしているかをよく理解している。それなのに、危険を恐れない。きっと彼ならこんな時、少しも体は震えないのだろう。


 それはきっと、チキの勘違いだった。翠はチキが思うほど翠は強い人間ではない。でも、チキには翠の姿はそう映っていた。


(でも、助かった……馬も、殺されなかった………)


 チキ自身がばれていなかったのがまずこの上なく幸運だったが、馬が殺されなかったのも大きい。彼らの計画は馬で逃げることで成立する。もし馬が殺されてしまったら逃げる術がない。朝日を諦めるほかなかった。







 そしてしばらくの間チキは厩舎の中に隠れていた。そのあと、少し時間をおいてチキは外の様子をひっそりと伺う。


(もう……いないよね…)


 外に天使の気配はなかった。もうとっくに行ってしまったようだ。



(怖い、けど、翠もきっと、頑張ってる……僕は、僕にできることをやらなきゃ、いけない、よね。)


 チキがそっと厩舎の扉を開け外に出る。そして息を殺しながら歩いていく。


(それに……天使や蒼様のお考えに近づけるかも知れない。)


 チキが辿り着いたのは厩舎の隣の建物、ゲンジの家の商店だった建物だ。


(ここなら作戦開始の合図が聞こえたらすぐ作戦に移れるね。出来る限り調べよう。)


 商店の扉を開け中に入る。


 そこにはがらんとした広い部屋が広がっていた。品物を置き客を迎える場所だったのだろうか。


 ゲンジの商店は大きな商店だった。商売のことなどほとんど知らない子供のチキでもその名を知っているぐらいだ。


 チキは他の部屋も探っていく。いくつもの部屋があり、奥には仕事のための部屋や在庫をしまっておくための部屋もあった。


 そうやって家屋の配置を確認しながら回るチキ。


 チキはその中である違和感を覚える。


(おかしい…さっきまであんなに家具を動かしていたはずなのに…やけに整頓されている…)


 ゲンジの商店はどこの部屋もとても整理されていた。机も椅子も棚も、あるべき場所にきちんと置かれていた。


 チキはもっと部屋の中が散らかっていると予想していた。さっきまで家具をひっくり返すような音がしていたのだ。それなのにこんなに整った部屋を見るとは思わなかった。


(つまり、天使がわざわざ家具を戻していることになる……もしかして……豊穣祭の目的って……)


 違和感を覚えながらも、チキは家具を一つ一つ確認していく。これらの家具は先ほど天使に動かされていたはずだ。棚を空けたり、机をどかしたりしながら、一つ一つ確かめていく。


 そして、暫く時間をかけてチキは一通り家具を確認し終える。何かを隠せそうなところもあらかた確認した。これでチキの中であった一つの仮説が潰れた。


(家具の中に何かを隠したわけじゃないみたいだ…とすると………)


(何かを、探していたのか………?それも…誰にも悟られぬように……?)


 チキは二つの可能性を考えていた。一つは天使たちが何かを隠した可能性、もう一つは何かを探していた可能性だ。わざわざ天使が人のいない家に押し入ってやることなどその二つぐらいしか考えられなかった。もちろん、人間の尺度ではという話ではあるが。


(まあ、神様の考えることなんて、正直分からないけどね…)


 チキはこの数か月間で思い知らされた。あれだけ信じていた神が、こんなに残酷な神だとは思いもしなかった。神の考えることなど、考えても無駄なのかもしれない。


(それでも、できることはやらなきゃな…)


 分からなくても考えるしかない。チキにできることはそれだけだ。


 厩舎に戻ったチキ。チキはしばらく、更に考えをめぐらせる。


 そして、一つのことを思い出した。


(そうだ……。そういえば……翠が言ってた。蒼様が現れたあの日、天使は………)


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