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豊穣祭⑥

 しとしとと降り注いでいた雨が瞬く間に止んだ。


 そしてそれまで空を覆いつくしていた雲がどこかへ消えていく。一瞬にして京都全体に日差しが降り注ぎだした。


「嘘……だろ…?」


 翠は思わず声が漏れてしまった。信じられない。一瞬で雨がやんでしまった。


(これが…神の力なのか…?)


 まるで先ほどまでの曇天が嘘かのように燦々と太陽が翠たちを照らす。


 信じられない。確かに神といえば天気を支配するなどよく言われることだ。蒼様がどうなのかはよく知らないが、昔はよくあった神社や寺で祀られている神様や仏様にはそういう力のある者もいたはずだ。だが、現実に見ると信じられない出来事だ。



 同時にその現象に会場の各所が湧く。


「蒼様が雨を止めてくださったぞ!」


「寒そうにしてた私たちを気遣ってくださったんだわ!」


「蒼様!万歳!」


 会場中が蒼様を絶賛する声で埋め尽くされる。





 会場が天気に変化に湧き立つ一方、ふと、翠の中で一つの事が脳裏によぎった。


 それは数日前翠達がした会話だ。



「みんな、気付いてるよね。今年の田んぼ、去年より上手くいっているよね。」


「確かに去年より気温も高く感じるし、雨の加減も悪くない…。去年までが嘘みたいに稲の調子がいい…。」






(そうだ…今年の天気は凄くいい。去年より作物も上手く行っている…)


 そう、今年は去年と比べて気温も高く、雨も適量だった。もし蒼様が天候をコントロール出来るのだとしたら…


(でも、そうだとしても…)


 翠の耳には会場の隅から聞こえる小さな声が聞こえていた。


「ああ………あなた………あなた……」


「旦那さんは蒼様のために死ねたんだよ………これほど素晴らしいことはないじゃないか。泣いてはいけない。」


「ええ………分かっています……………分かっ…て………」


(そうだ。こんなの…、間違っている。)


 もし生贄のお陰で天気が良くなったとしても殺していい理由がない。飢えで死ぬのも、蒼様に殺されるのも同じだ。






 そしてこの光景を同じく確認していたゲンジ。彼はこの蒼様の力に驚くと同時にこの雨の上がった状況を憂いていた。


(…まずいな…雨だと逃げやすかったのが。)


 彼らにとって、状況は最悪だ。視界を遮るはずの雨が上がってしまい、走りづらいぬかるんだ道だけが残った。人々は喜びの声を上げているが翠たちはそうは言っていられない。


 悪化した現状に彼らの緊張感が強まっていく。


 まだ豊穣祭は始まったばかりだ。







 ほぼ同時刻、豊穣祭会場近くにて。


 一方、ゲンジの家の厩舎にチキは潜んでいた。馬の様子を伺いながら作戦開始の合図を待つ。合図があったら馬を連れて会場の翠たちを拾って逃げるのがチキの役目だ。



 彼の周囲に異変が訪れたのは豊穣祭が始まってから少し経ってからのことだった。


「信長〜秀吉〜今日は朝からありがとう〜あともう少し頼むぞ〜」


「ヒン!ヒーン!」


 厩舎でチキは今日共に走る馬の調子を確認する。今日はもうすでにかなりの距離を走った4頭だが、少し休んだだけで十分回復したようだ。


(そろそろ豊穣祭が始まった頃だよね…翠たち、上手くやってるかな…)


 チキのいる厩舎は豊穣祭の会場からは少し離れている。馬を走らせればすぐつける程度の距離ではあるが、チキのいる場所から豊穣祭の会場の様子は伺えない。彼が今できることは馬の様子を確かめながら仲間を信じることだけだ。


(雨、やんじゃった。…でもやることは変わらないよね。あ、そうだ、)



 チキはおもむろに教典を取り出して読み出す。少し緊張がほぐれる気がする。




 この作戦の最後、逃亡のための馬を会場に連れていくことがチキの役割だ。会場の近くの廃墟に隠れている結衣が作戦開始の際、天使の気を引くため銃声を鳴らす。この銃声の音が作戦開始の合図でもある。銃声を合図にチキは馬を会場の近くに走らせる。そしてそこで翠たち、それに朝日と合流する。もちろん、上手くいけばの話だが。


 すでに生贄の中から犠牲者も出ているのだろうか。


 そんなことを考えながら厩舎の中に身を潜めていた時、彼の周囲に異変が起きた。





 男の声が聞こえた。厩舎の外からだ。


「次はこのあたりだな。」


(!?)


 低い男の声。チキは慌てて息を殺す。


 次に聞こえたのは別の男の声だ。


「早く終わらせよう。時間は十分だが、仕事も多い。」


(なんの話だ!?それに、この2人は一体…!?)


 2人の足音が近づいてくる。2人に見つからないよう、厩舎の外が見える場所に移動する。そして、こっそり厩舎の外を確認する。


 その2人の姿の全容を正確に捉えることは出来なかった。







 だがチキの目には決定的なものが飛び込んだ。


 白い翼。体の後ろに生える大きな翼。間違いない。


(天使!?)


 チキは血の気が引いていくのを感じる。なぜ、豊穣祭の会場から少し離れたここに天使が。それに…


(話しているということは下位じゃない!最低でも中位天使!!それも2体!!)


 チキには意味が分からなかった。何故、こんな意味のないところに天使がいるのか。それに中位天使が2体も。


(ウールは1人でかなりの数の村を管理していた…。中位天使の数は多くないはずなのに…)


 中位天使と言えばチキや翠達の住む亀村にも中位天使ウールがいた。しかし、ウールは一体で亀村を含むいくつもの村を管理していた。亀村は普段は下位天使が管理しており、ウールが村に現れるのは多くとも月に1度。そこから考えても中位天使の数は多くないはずだ。


(それに、豊穣祭の会場の天使の数は少ないって結衣さん言っていた…それなのにどうして、こんなところに…)


 豊穣祭の警備の天使は非常に少ないらしかった。下位が10体程度、式が始まったあとに階位の高い天使や蒼様が現れた可能性は高いが、それにしたって、こんなところに中位天使がいる理由なんて何一つない。





 そこまで考えて、チキはある考えに至る。


(いや……違う……!彼らにとって、本当に重要なのがこっちだとしたら…!?)


 普通に考えれば、天使たちがチキたちと同じ思考回路を持つのだとしたら、重要な場所に多くの人員をさくはずだ。重要な場所に重要な人物を割り当てるはずだ。その仮定が正しいのだとしたら……。



 チキは二人の会話に耳を凝らす。すると二人の会話が聞こえてきた。


「俺はこっちの家にする。お前はそっちの家だ。」


「分かった。早く済ませるぞ。」


 そう言うと、家の扉が開く音が聞こえる。遠くない。1人はゲンジの商店だった家に入った。


(家に入った…一体何のために…?中位天使がわざわざ入る必要のある何かがあるのか…?)


 二体の天使が近くの別々の家に入っていった。理由は分からない。だが、これは何か重要なことなのかも知れない。


 チキはゲンジの商店だった建物の隣の厩舎に隠れている。ゲンジの家の中の音なら聞こえるかもしれないとゲンジの家に耳を当てる。


 チキは暫く静かに耳を澄ませる。


 すると何か物音が聞こえてきた。


(この音は……家具を動かしている…?)


 何か重いものが置かれる音。棚か何かが開いたり閉まったりする音。そんなような音が断続的に聞こえてくる。家具を動かして何かをしているようだ。


(一体、何を…。)


 そしてしばらくすると音は聞こえなくなり、2人の天使がそれぞれ入っていた家から出てくる。


 2人の天使が家の外で結果を話し合いだした。


「こっちは駄目だ。そっちはどうだ?」


「こちらも収穫無しだ。時間が無い、次に行こう。」




「…………いや、待てよ。そこの厩舎…」


(!?)


 突然一体の天使がチキの隠れる厩舎を指さす。そして、2体の天使が厩舎に寄ってくる。


(う………まずい…!)

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