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豊穣祭⑤

『レーカ・モガイジャー・ジンニン・ギマネッタ!!!!レーカ・モガイジャー・ジンニン・ギマネッタ!!!!我らが最上なる神、蒼様の祝福を!!!!!』


 天上の言葉が終わり、断頭台の上の中位天使が豊穣祭の説明を始める。


「豊穣祭では蒼様に生贄を捧げ、その見返りに恩ちょうを授けてくださる。早速、生贄の儀式を始めよう。一人目の生贄よ、前へ。」


(もう始まるのか…)


 その言葉を合図に男の中位天使が生贄の列の最前列の者を連れ出す。その者は大人の男性だった。他の生贄と同じように白衣と袴を着ており、手を縄で縛られている。中位天使に連れられ断頭台へ向かっていく。


 残りの朝日たち生贄は数体の下位天使に見張られ、縄を数珠つなぎに繋がれている。あそこから連れ出すのは難しそうだ。


 連れられた男性の生贄が、断頭台の手前の手水舎(お清めをするところ)らしき場所へたどり着く。そこで生贄の縄が解かれる。


(縄が解かれた…!?)


 道の中心から少し離れた場所にある手水舎に向けて生贄が一人で歩いていく。男の中位天使はその場で待っている。


 手水舎にたどり着いた生贄が手を清め、足を清める。やはりあそこはお清めの場らしい。


 お清めを終えた生贄は再び道の中心に戻り天使に縄で縛られる。


 そして断頭台に向かって歩いていく。


 一連の動作を見終え、翠は確信した。あそこがチャンスだ。


(お清めの時だ…!)


 お清めの時、生贄の縄が解かれ、天使と生贄の距離もできる。あの時が一番可能性が高い。


 きっとこの会場を見ているゲンジも結衣も同じことを考えているだろう。勿論翠達は直接コミュニケーションを取ってはいないが、大丈夫。きっとうまくいくはずだ。


 そして、男の生贄が中位天使とともに処刑台の上に上がる。



(あの人…今から殺される…んだよな…)



 あの人は今から殺される。避けようのない事実だ。できることなら死んでほしくない。あの人にもきっと人生があったのだ。これからの人生があるはずなのだ。家族もいたかも知れない。翠や朝日、チキのような友人がいたかも知れない。だが、その人生は今日終わってしまう。無慈悲な神の手によって。


(神だからって、人の人生の終わりを勝手に決めるなんて、あっていいはずがない…)


 だが、どうしようもない。翠達に助けることは出来ない。彼を救う術は…どこにも…。


 翠の脳裏に作戦会議の時結衣とした約束が脳裏によぎる。





「翠、チキ、約束して欲しいことがあるの。」


「豊穣祭では、朝日以外の人もたくさん殺されると思う。でも、私たちが助けるのは朝日…それに、若菜ちゃんがもしいた場合、若菜ちゃん。その2人だけ。他の人を助けようなんて思ってはダメよ。もし、小さい子がいても、京都に居たころの友達がいても、助けては駄目。それは私たちの手に余る。私たちはただの人間なんだから。」


 結衣は翠の目をまっすぐみながらそう告げた。



(そうだ……助けようなんて、考えちゃ、駄目だ…。)


 結衣のいう通りだ。他の人を助ける余裕なんて翠達には一ミリも無い。本来の朝日を助けることでさえ、達成される可能性は限りなく低いのだ。他の人にまで手を出そうとすればその成功確率は文字通りゼロ。翠達は天使でも神でもない。翠達はただの非力な人間なのだ。


(俺が神なら、こんなことはしない……せめて、蒼様と同じ力が……俺が神だったら、よかったのに…)


 余りに無力だ。だがどうしようもない。今考えるべきことは朝日を助けることだけだ。



 再び処刑台の上。生贄の男の首が、断頭台の上に乗る。


 いつの間にか蒼様が一本の刀を持っている。その刀があの日この京都を両断した刀ではないことがすぐに分かった。あの時の刀はその全体が銀色に光っていたが、今日持っている刀は普通の刀だった。



 そして、その時は、あっけなく訪れた。



「あっ」


 思わず声が漏れた。断頭台の真ん中から、血しぶきが飛んだ。






 人が一人、死んだ。


 しとしと降り注ぐ雨の中一人の男の首があっけなく転がり落ちた。赤黒い血が雨と混ざってじっとりと広がって行く。


 何の前触れもなく、蒼様が刀を振り下ろしていた。余りに突然のことで困惑を隠せない。



(こんなにあっけなく人を殺すのか…?人の人生を奪ったんだぞ…?それなのに、何も思わないのか…?なんであんなに死んだ目をしているんだ…?)


 普通、人を殺すのはこんなにあっけないものなのか。人ひとり殺すことになんの感慨も抱かないのか。蒼様の目は死んだままだった。余りに気味が悪い。あれでは殺人に快楽を覚える猟奇殺人者の方がよっぽどましだ。


 そして蒼様はその死んだ目のまま刀を持たない方の手をあげ、こう言った。


「恩ちょうを与えましょう。愚かな民に、恵みの陽光を。」








 その変化は劇的だった。



 翠の顔に突如光が当たる。おどろいた翠が片目を塞ぎながらも周囲を見渡す。



 しとしとと顔に当たっていた雨水の感触が消えている。



 ひどい曇天の中からいくつも光が差し込んでいる。





 雨が、止んだ。

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