記憶①
「さあ。今日はその生け贄を選定する日だ。これから神の礎となる運命の子を選定しよう。」
あの日、ウールはそう言って生贄を選ぶためにゆっくりと歩き出した。
「そうだな…」
天使が村人一人一人の顔を見ながらゆっくりと歩く。一人一人の前に立ち止まり、凝視したあと歩き出す。
一人、また一人と一瞥しては歩いてゆく。何をみて選んでいるのか、何を考えながら歩いているのか、全く持って想像がつかない。
そして生贄を決定することなく、朝日達の方へ歩いてきた。
朝日たちに緊張が走る。
(お願い…!みんな…選ばれないで…!!)
最初は、ゲンジだった。
天使がゲンジの顔を見る。
(ゲンジさん、選ばれないで…)
一瞬じっくりと見たかと思うと歩き出す。
(よかった…。)
次に見たのはチキ。
(チキくん…)
これも通り過ぎる。
(…よかった…!ふぅ。)
続いて結衣。
(大丈夫…だよね…?みんな、選ばれないよね…)
これも見逃す。
次は翠。
(……翠くん。)
ここも立ち止まらない。
(よかった…みんなが、選ばれなくて。)
朝日が一息つく。なんとかみんな難を逃れた。
朝日が気を緩めていた時、天使が、立ち止まった。
朝日の目の前。
「そうだ。そこの女、貴様にしよう。蒼様の生贄になれるのだ。良かったな。」
「えっ…」
そう言われ、困惑する朝日。呆然とするまま朝日の両脇に下位天使が現れ、朝日を拘束する。
あっという間に朝日は下位天使二体に連れ去られる。
そして、朝日が地上をみると取り残された翠たちがいる。
(よかった…。みんなじゃなくて。)
§
それは、雨の日の記憶。
「ねえ、君…こんなところでどうしたの…?」
その日はひどい雨だった。
山の中の道端に置かれた一体の小さなお地蔵様。お地蔵様が風雨に当たらぬようにか、藁で編んだ小さな屋根があった。
ボロボロの藁の屋根。
少女はそこで雨宿りをしていた。名乗るための名すら持たない、小さな少女が。
「服、すごい汚れてる。それに雨もこんなにひどいのに…」
少女はうつむき地べたに体育座りで座りこんでいた。
朧げな記憶。
なぜそんなところにいたのだったろうか。なぜ少女はうつむいていたのだろうか。彼女自身さえ思い出せなかった。
その少女と同じように雨宿りをしている少年がいた。
少年の服もひどく濡れ、泥だらけだった。彼もまた、少女のことを言えたものでないくらいボロボロだった。
だが、少年はそんなことどうだっていいとばかりに、少女のことを見つめていた。
少女は少年の問いに答えない。まるで答えるための声帯がないかのようにだまりこんでいた。
「帰る場所…ないのか…?」
少年は何を察したのか、そう問うた。
少女は、初めて頷いた。
少年はその動作をみると、少しだけ目を閉じて、開ける。そして、こう言った。
「……俺と一緒に…来るか…?」
少し困ったような笑みを浮かべて少年が手を差し伸べる。
少女は手を掴んだ。
その泥だらけで、冷え切った手は、とても暖かかった。まるで、初めてのような、懐かしいような気持ちになる。
その日から全てが変わった。
彼女を大切に思ってくれる人たちを守ること。彼女が大切に思う人たちを守ること。それが、彼女の生きる全てとなった。