豊穣祭③
一方、結衣は京都の路地裏で陽動の準備をしていた。そこに駆け寄る者がいた。
「結衣さん、銃持ってきました。」
「ありがとう、チキ。」
来たのはチキだ。結衣が馬とともに隠していた銃を届けに来たのだ。
チキが結衣に銃を渡すと、チキは銃を取りに行く最中に見てきたことを結衣に告げる。
「結衣さん、少し変わったことが。」
「変わったこと?何かしら?」
「京都の街に、人が全然いないんです。働いているのかと思って、農地も確認したのですが、農地にも居ませんでした。蒼様も、全員は殺していないはずなのに…」
チキはここまでにつくまで、それなりの距離を駆けてきた。だが、その間、ほとんど人に出くわす事はなかった。不審に思って労働先であるはずの農地も確かめたが、やはり人はいなかった。
「そう…じゃあ、あの人混みは京都の人ってこと……?でも、今回の儀式に京都の人が集まる必要はないはず…。」
そう、この豊穣祭で人々が集められたのは、蒼様の恩ちょうを受け取るためだ。京都の人々が集まる理由はない。
「やっぱりこの豊穣祭、ただ生け贄を捧げるだけではないのかしら…?」
§
一通り会場を確認し終えた翠。状況を共有するためゲンジとの合流地点に向かう。
合流地点である最初分かれた場所に行くと、そこにはすでにゲンジがいた。会場の方を見ているゲンジに声を掛ける。
「ゲンジさん。」
そう言いながら近づく翠に、ゲンジは顔を会場に向けたままこういう。
「翠、俺を見るな。会場の方を見ながら話すぞ。」
「え………分かりました。ゲンジさん、何かあったんですか…?」
突然のことに戸惑いながらも、翠はゲンジの隣に立ち、目を合わせないよう、会場の方を見ながら尋ねた。
その問いにゲンジは一言で答える。
「…監視されてる。」
「え…。」
監視されている…?翠は驚き、少し戸惑う。誰が、一体、何のために…?
「顔は分からないが、俺のことをつけているみたいだ。今も後ろにいる。翠が仲間だとわかったら、お前もつけられるかも知れない。」
今も後ろに居るのか。後ろを確認したいところだが、振り向いてしまえば、翠がゲンジの仲間であることを悟られてしまうかも知れない。
「……天使、ですかね…?」
「さあな…。だが、人間だとしても、味方とは限らないからな…。」
ゲンジのいう通りだ。誰にとっても天使に逆らうことはすなわち死だ。少しでも天使におどされれば、他人を売るだろう。
それに、全く持って信じ難いが、こんな状況になっても尚、天使たちを信じている者もいる。それはあの村にいた時いやと言うほど知らされた。
天使の監視下で、亀村の人々と話す機会はそれほど多くはなかったが、少なからずまだ天使を信じている人もいるのは確かだ。
と、ここまで話して、ゲンジが話題を本題に戻す。
「…それで、翠の方は何か分かったか…?」
「はい。」
翠はゲンジに見張りの天使の数、会場中央の状況を伝える。
「そうか…。なら、作戦は予定通り進めるか。」
天使の数は少ないし、雨も逃亡には有利だ。決行しない理由はない。
「ゲンジさんの方は何か分かりましたか?」
翠の問いに、ゲンジが答える。
「ああ。俺は京都にいた頃の知り合いにあったんだ。そいつが言うには、どうやらこれだけの人数が集まっているのは、天使の指示があったらしい。」
「天使の…指示?」
「どうも京都の生き残り全員に、豊穣祭に出席する様に指示があったみたいだ。何が目的かは分からないがな。」
「全員に、か…」
豊穣祭にこれだけ人が集まっているのは、天使の指示のようだ。
「豊穣祭の目的通りなら、全員集める必要はありませんよね?」
「そうだな。俺たちが集められたのは恩ちょうを受け取るため。京都の人々も恩ちょうを受け取る必要があるとしても、全員は不要なはずだ。」
「だとしたら、一体、何のために…?」
「さあ…な。俺を監視するヤツもいるし、何かがあるのは間違いないだろうな。」
「そもそも、結局豊穣祭が何なのかいまだに分からないですけどね…。」
「まあな…。とりあえず情報はこんなもんだ。………それじゃあ、あとは手はず通りに。いいな。」
「はい。」
2人は話を終え、会場の左右に散っていく。
その隙に、翠がちらりと後ろを確認する。
(あの雨合羽の人か…。随分とガタイがいい…。男かな…)
翠が後ろをちらりと見る。そこにはフードを深くかぶった人が居た。その男までは少し距離があったし、人混みと雨でよく確認できなかったが、あの男で間違いないだろう。会場左方へと散っていったゲンジをそれとなくつけている。
(……この豊穣祭、一体どうなっているんだ…?)
集められた人々、謎の尾行。明らかに少ない天使の数。違和感を覚えながらも、翠は豊穣祭の人混みに紛れて行く。
ゲンジも翠と同じように人混みに紛れた。結衣は会場が見下ろせる廃屋の一つで銃を構えている。チキは翠達の馬が置いてある厩舎に身を隠す。
全ての準備は整った。あとは開場を待つだけだ。