豊穣祭②
しとしとと降り続く雨。あいにくの雨模様にも関わらず、京都の中心には人だかりができていた。
豊穣祭は京都御所の正面で行われることになっていた。つまり、蒼様の斬撃が消し飛ばしたその跡地だ。
あの日、蒼様の斬撃で直線上の全てが吹き飛び、地面は大きくえぐれていた。数ヶ月ぶりに訪れた今日、えぐれた地面はすでにだいぶ整備され、一本長く広い道になっていた。道の両端の壊れた家のあとも、だいぶ片付けられていた。それでも少なからず残っている抉られた家だったものがあの日の光景を思いこさせる。
そして、少し振り返ればたった一太刀で抉られ、真っ二つになった山々が見える。その先にはただただ、無が広がる。
蒼様はやはり神なのだ。そして彼女こそ翠たちが抗おうとしている宿敵。
その異質さに翠は少し呆然とするが、ふと我に帰り、御所の方を見る。
その一本道の突き当たり、銀の船の正面。人だかりができている。あそこが豊穣祭の会場だ。
「さて…状況の確認だ…。」
前日のこと、4人は作戦会議を重ね、最終的な朝日奪還作戦を決定した。その作戦を翠が思い返す。
その夜、会議をまとめた結衣が、作戦の確認をする。
「いい。朝日を奪還する絶好の機会は儀式の最中にあるはず。生け贄の儀式だから、人前で朝日を殺す可能性が高いわ。狙うのはそこよ。」
「奪還のためにはまず、儀式を混乱させて、天使たちの注意を引く必要がある。これは私がやるわ。」
「次に、混乱に乗じて朝日ちゃんを奪還する。これはゲンジと翠にお願いするわ。」
「最後にチキがゲンジの家の厩舎につないでおいた私たちの馬を連れてきて、私たちを乗せて逃げましょう。」
これが、昨日の作戦で決まった作戦の概要だ。豊穣祭の全容がつかめない以上、おおざっぱな作戦になってしまったが、止むえないだろう。
(さて…問題は、作戦通りに進められるかだけど…まずは状況の確認だ。)
四人は目立たないように豊穣祭の会場へ近づく。豊穣祭の会場は雨だというのに既に多くの人が集まっていた。その中心には、木材で組まれた処刑台らしきものが見える。
その光景を見た結衣が苦々しい口ぶりで声を漏らす。
「…想定より人が多いわ……。あの人混みだと、逃げるのは簡単じゃないわね…」
処刑台に集まる人の数は非常に多かった。蒼様の斬撃によりできた道が完全に人々で封鎖されている。豊穣祭の会場に、少し高い断頭台以外にどのような設備があるか確認できないほどの人数だ。これでは救出の時に確実に足止めを食らうだろう。逃亡は容易ではない。
だが、悪いことばかりでは無いようだ。ゲンジが辺りを見回しながらこういう。
「でも、見回りの天使は思ったより少ないみたいだぞ。豊穣祭が始まってからどうなるかは分かんねえが…」
人込みを見渡すが、天使の姿はほとんど見当たらない。人込みの端に2,3体の見張りの天使がいるようだが、どうやらそれだけのようだ。儀式が始まってから増えるのは確実だろうが、それでも予想より随分少ないことが期待できる。
さらにゲンジが続ける。
「それに、雨もだんだん強くなってきてる…これだけ視界が悪ければ、救出も逃亡も進めやすいぞ。」
ゲンジのいう通り、雨も強くなってきている。視界が悪ければ、救出も逃亡も進めやすいだろう。視界の悪さは逃げる側に味方する。雨天時の馬の走りづらさを差し引いても、いくぶんか有利になるはずだ。
ある程度のところまで近づいて、結衣が3人にこういう。
「私は陽動の準備を始めるわ。チキは馬のところに戻って、銃の用意を。ゲンジと翠は会場の状況確認をお願い。」
「了解…!」
「必ず、朝日ちゃんを助けるわよ。…そして、5人で生きて帰りましょう…!」
「………ああ…!」
翠とチキも、強くうなずく。4人がそれぞれの方向へ歩き出した。
§
それぞれが行動を開始した。
結衣は天使の気を引くための陽動の準備に、チキは馬のところに隠してある銃の回収に向かった。(銃は結衣が陽動に使う予定だ。流石に目立って銃を持ち歩くわけにも行かないので、一旦馬を停めているゲンジの家に隠している。チキがそれを回収し、結衣に渡しに行く。)
そして翠とゲンジは豊穣祭の会場に残る。会場の状態をさらに詳細に確認して、計画の最終的な調整を行う役目だ。
今回、特に確認したいのはこの豊穣祭でどのような儀式が行われるかだ。
豊穣祭でどのようなことが行われるかは、誰も知らなかった。蒼教の準教主のゲンジや、教典をなめ回すように読みまくっているチキも、豊穣祭というものは聞いたことが無かった。
どのような儀式が行われるか分からなければ、救出の隙があるかどうかも分からない。開始前の会場の設営から、できるだけ多くの情報を得る必要がある。
「ほんとに人が多いな…」
「まだ開催までだいぶ時間があるのに………」
会場に近づき、状況を確認する2人。彼らが驚いたのは予想以上の人の多さだ。遠目に見た時も人が多いことは分かっていたが、近づいてみると想像以上に人であふれている。
状況をかんがみて、ゲンジが翠に指示を出す。これだけ人が多いなら、一旦分かれて調査した方がいいだろう。
「とりあえず手分けをしようか。俺はこっちを確認するから翠はあっちを頼む。ある程度周囲を確認したら、この人混みの先の会場の確認だ。」
「はい。」
ゲンジと別れ、翠は会場の調査を始める。
何度確認しても、人の多い会場だ。豊穣祭では生け贄を出した地域の人々に、蒼様が何かを与えるらしい。この人々の多くは、その何かを各地からもらいにきた人々だ。
(でも、それにしても多いんだよな…京都の、生き残りか…?)
これだけ人が多いのは、恐らく、京都の住人も集まっているからだろう。京都周辺の各地から数人ずつ集まるだけでは、こんな人数にはならないはずだ。恩ちょうをもらいに来た人々はともかく、何故京都の人々までいるかは見当もつかないが、そうでないと数が合わない。
(それに比べて、天使は本当に少ない…)
会場中を見渡しながら進む翠。まず確認しなければならないのは天使の数だ。奪還の際、脅威となる天使たちは入念に探すが、やはり、本当に天使が少ない。さっき確認した2体以外に人混みに隠れて見えなかった天使もいたが、それもごく数体だ。
ゲンジの向かった方向にいる天使を含めても、10体やそこらだろう。
(俺たちのいた亀村も、3体の下位天使が常に村に住み、村中を見張っていた。小さな村に3体もいるんだから、もっといると思ったんだけど…)
やはりどう考えても天使が少ない。そんなことを考えながら、他に逃走や陽動に使えそうなものがないか、あるいは邪魔になりそうなものがないか、確認して回る。
(他は特には無いかな…とりあえず中心を見てみるか…)
会場の周囲には特段異常は無いようだ。となると調べるべきは会場の中心、生贄を捧げる祭場だ。
翠は周囲の調査を切り上げ、人混みの先の式場の確認に向かう。
「すみません、すみません。」
人混みを避けながら進む翠。しばらくして、人混みの最前列にたどり着く。
(ここが、豊穣祭の会場………)
人混みを抜けた翠が、豊穣祭の会場を見渡す。
(気味が、悪いな……)
そこは、祭場というよりは、処刑場だった。
中心に位置するのは巨大な木組みの処刑台。家屋三階分はあるであろうその処刑台の上には、罪人を拘束する断頭台がぽつりと置かれている。あそこで生贄の首を落とすのだろう。
(朝日………。)
きっとこれから朝日の首もあそこにおかれるのだろう。そう思うと、体中を冷たいものが流れる。
絶対に阻止しなくては。
そして、もう一つ気になるのはその処刑場の手前にある物だ。
(昔どこかでみたような…………あ、神社にあったっけ。)
名前は知らないが、お清めをする場所だったはずだ。それは石で作られた大きな桶だ。その中に水が入っている。その四方は仮設の柱が立っており、屋根がついている。
蒼教の拡大に押されて神社もだいぶ廃れてしまったが、昔行った神社で見た覚えがある。
(生贄がお清めをする、のか…?)
いまいちピンとこないが、わざわざそこに置いてあるということは、恐らく生贄がお清めをするのだろう。そういう風習が蒼教にはあるのだろうか。チキに聞けば理由は分かるかも知れないが、今のところはそれぐらいの予想しかできない。
とにかく、会場はこの二つだけで構成されているようだ。一旦、ゲンジと合流して、情報の交換をしよう。