出立、雨
翌日の早朝、まだ夜も開ける前のこと。翠達の家の前には4頭の馬が置かれていた。
辺りでは、翠達4人が荷物の整理をしている。決戦に向けて、最後の準備だ。
少しの時間が経ち、準備を終えた結衣がみなに声をかける。
「みんな、準備は大丈夫?」
「「はい。」」
3人が答える。
そして、4人がそれぞれ馬に乗り込み、京都に向けて走り出す。
この先どうなるかは誰にも分からない。だが確かななのはもうこの村に戻ることはないということだ。
その道中、ふと思い出したかのように、チキが翠に尋ねる。
「そういえば、翠、朝日はこの前、ニオイで危険を回避したって言ってなかったっけ?今回のはニオイで分からなかったのかな?」
チキが言うように、蒼様が現れた日、朝日が危険を察知し、そのおかげで翠は助かった。だがしかし、今回はそんな様子はなかった。
「うーん。もしニオイがあったら俺に言うはずだから……そんなに万能な力じゃないのかも知れないな…。」
翠にもなぜ今回朝日が危険に気がつけなかったかは分からなかった。
「そう…。とにかく、今は助ける事だけ考えるしかないね…」
「ああ。」
今はとりあえず考えるべきことではないだろう。最優先すべきは、朝日を助けることだ。今はそれだけでいい。
2人に、結衣がこういう。
「2人とも、作戦は覚えてる?」
「「はい…!!」」
「いい返事ね。必ず朝日ちゃんを助けるわよ。」
「「はい!!」」
覚悟ある返事をする2人。一方のゲンジは、とある不安を抱えていた。
「でも…逃げた後、どうする?亀村に戻る訳にはいかねえし、どこに行っても天使の支配下なんじゃねえか?」
ゲンジの不安は、作戦のあとのことだ。もし、天使から朝日を奪還できたとしても、そのあとも天使から追われることになるだろう。
その問いに、一同が黙り込む。
しかし、少しして、翠がこういった。
「東北……はどうでしょう?」
「確かトメさんが東北の抵抗軍は、天使に勝ったって…。確実ではないけど、もし本当に抵抗軍が勝っていたなら、保護してくれるかも……!」
それを聞いた結衣が、小さく笑ってこう答える。
「東北、ね……ここから行くのはかなり無茶だと思うけど…でも、悪くないかも知れないわね。」
ゲンジも迷わずそれに同意する。
「ああ、それに、朝日を救うことに比べたら、東北まで行くことぐらいなんてことないだろ…!」
「ふふっ、それもそうね。」
そうして、4人が馬で駆けていく。京都はもう遠くない。
§
雨。
その日の京都はしとしとと雨が降り注いでいた。豊穣祭には不相応な重く冷たい雨が京都を濡らす。
その雨音の中、全速力で駆ける4人の馬。水たまりを弾く音が静かに響く。
「ここだ。」
ゲンジがそう言って、4人が立ち止まったのは、ゲンジの実家だ。
ゲンジの実家はそれなりに大きな商店を営んでいた。ゲンジもそこで働いていた。しかし、京都に蒼様が現れたあの日、ゲンジの両親も、その従業員の多くも天使の強襲で殺されたという。そのため、今はもう商店はその昨日を失っている。
一行はその端にある、厩舎に向かう。そこそこ手広な厩舎だ。逃亡用の馬は、ここに止めておく。
馬を厩舎に止め、一行は外へ出た。
ゲンジが振り返り、寂れた商店を見る。ここは彼の実家。つい数ヶ月前まで賑わっていたここで彼や彼の両親、多くの従業員が意気揚々と働いていた。彼に思うところがあるのは言うまでもないだろう。
外ではまだ雨が降っていた。それほどの大雨ではないが、ある程度の雨量だ。何時間も外にいたら、風邪をひいてしまうだろう。
まるで彼らの運命を占うような不穏な雨音。
だが、この雨は翠達にとっては幸運だった。
「ついてるわ。逃げるのには好都合ね。」
結衣がいうように、雨は逃亡には好都合だ。追跡者の視界をさえぎることができる。
「ついでに天使の翼も水吸いそうだし、奴らの飛ぶ速度も落ちるんじゃないか?」
天使の翼がどのようなものかは分からないが、普通の鳥は、雨なら飛びづらいだろう。
「刺しても死なない生き物も、雨に濡れるんですかね?」
「とにかく、行きましょう。状況を確認して、問題なければ作戦通りにいくわよ。」
「「了解…!」」
そうして、一同が豊穣祭の会場へと向かう。