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信念

「翠、それが父さんから託されたって言ってた?」


その日、朝日奪還のための作戦会議を終えた後、翠はあるものを持ち出していた。神の降りてきたあの日、父から託された木箱だ。


「うん。父さんからは絶対開けちゃいけないけど、信念を通さなきゃいけない時は開けていい、って。」


そういって、翠はチキの前に木箱を置く。古めかしいが、しっかりと封のされた木箱だ。どうやら鍵はかかっておらず、留め具を外せば開くようだ。


「開けるつもり、なんだ。」


「ずっと迷っていたけど、間違いない。今がその時だ。」


翠はずっと開けるべきか悩んでいた。信念を通さねばならないとき、その意味が分からなかったからだ。今でもはっきりとその意味は分からない。だが、朝日を助けたい、その気持ちは確かだ。


「その箱、中身は?」


「分からない。役立つものが入っているといいんだけど…」


「何が入ってるのかな?翠、早く開けてよ…!」


「そうだな………。……よし、いくぞ…!」


そうして翠は留め具をつかみ、引き開けようとする。





しかし、いくら留め具を引いても、びくともしない。


「あれ?翠、どうしたの…?」


「引けない…」


翠は精一杯力を込めて、留め具を外そうとする。しかし留め具は一切動く気配がない。


「引けない…?どう言うこと?」


 チキが問う。


「くそっ!!どうなってるんだ!これ!?」


翠は無理やりにでも開けようと、更に強く引っ張ったり、押したり、叩いたりしてみる。しかし、それでも箱はびくともしない。


「くそっ!!開け!開けッ!!」



 翠はさらに力を入れてなんとか開けようとする。だが、それでも開かない。


 そうしてなんとか開けようと試行錯誤を繰り返すこと数刻。翠がとあることに気がついた。



「そうか…。気づかなかった…、木箱が見えない何かにおおわれてる…金具がさわれてないんだ…」


「え。どう言うこと?」


 チキが問う。


「試してみれば、わかるさ。」


 そう言って箱をチキに手渡す。



 箱を受け取ったチキも開けようと指を押し込む。


 そうしてしばらく試すと翠の言っていることを理解したようだ。


「そんな、馬鹿な…金具を触ってるようで…ほんの少し感覚が違う…。この木箱自体がそうだ…。なんだろう…。何かに覆われてる…。」





 翠とチキは当日まで、何度と箱が開かぬものかと試した。だが、木箱が開く事はないまま豊穣祭当日を迎えた。



§




その日、朝日救出のための作戦会議をすまし、皆が寝静まった日の夜のこと。


ふと目を開けたゲンジ。隣ではぐっすり眠るチキと翠。精神的に疲れ果てていたのだろう。深い深い眠りだ。


その2人を見たあと、その奥の布団が空っぽになっていることに気づく。


(結衣…?)


結衣がいない。それに気付いたゲンジが周りを見回すと、隣の部屋から光が漏れていることに気づく。


(こんな夜遅くに何を…)


気になったゲンジが扉を開き、隣の部屋の様子を確認する。


その部屋には、1人京都の地図を広げる結衣がいた。


「結衣…?」


「ああ、ゲンジ。まだ起きてたの?」


「結衣こそ。こんな遅くまで何を。」


「ちょっと、逃走経路の確認をね。」


結衣が広げている大きな京都の地図には何本もの赤い線が引かれていた。豊穣祭の日、朝日を奪還した後の逃走経路を吟味しているようだ。



「これが逃走経路の候補か?」


「ええ。朝日ちゃんを助けられたとしても、そうじゃなかったとしても、問題は逃げる時。天使たちが黙って見逃してくれるとは思えないわ。」


「確かに、そうだな。」


そう言いながらゲンジは結衣の広げる地図に目をやる。地図の中心、豊穣祭の会場である京都御所前から何本もの赤い線が引かれている。すでにいくつもの逃走経路を吟味したのだろう。


地図を見るゲンジに結衣が話を続ける。


「だから、逃走経路は最適な物を選ばなきゃいけない。できるだけ曲がる必要が無い道で、それに、天使の空から追跡しずらい道だといいんだけど…」


そういいながら、結衣は京都の地図を指さす。


そんな結衣を見て、ゲンジがふと、こう結衣に言う。



「結衣、お前はあいつらが大切なんだな。」


その言葉に、結衣がゲンジの目を見て答える。


「ええ。あの子たちを死なせやしない。これは私が決めたこと。私は私にそう誓ったの。……………それに、あの子たちには、私と同じ思いはして欲しくないから。」


その声は力強く、それでいてどこか儚げだった。


「そうだな。」


そう一言で答えるゲンジ。


「でも……今回の勝負はあまりに分が悪い。」


そういった結衣の言葉は、少し影を帯びていた。


「そう…………だな。」


ここまで、結衣とゲンジ、それに翠とチキも奪還のため、あらゆる策を考えた。だが、その結果はあまり良かったとは言えない。まともにやり合えば必ず負ける。かといって奇策を打つには状況が読めなさすぎる。豊穣祭については生贄を捧げる儀式ということぐらいしか情報が無い。


そんな状況に直面している4人。その現実に、結衣はゲンジにこう告げる。


「だからゲンジ、あなた、もし、あの子たちに負い目を感じて協力するなら、この作戦、降りたほうがいいわ。」


「降りるたほうがいい…………?俺が……………?」


「あなたが一度、あの子たちを深く傷つけたのは知っているわ。それにあなたが未だに負い目を感じていることも。」


「……………。」


その言葉を黙って聞くゲンジ。あの日のことを思い出しているのだろうか。


「確かにそれは、あなたが深く悔いるべきこと。でも……これから進む道は地獄の道よ。この作戦のあと、私たちが生きてる可能性は限りなく低い。そして、もし生き残れたとしても天使に追われる生活が始まる。私たちに帰る場所はもうないわ。」


「…………………………。」


ゲンジはまだ黙っている。結衣が続ける。


「そうなればきっと、私たち5人がみんなで京都に帰れる日はもう来ないわ。……この作戦に参加するということは、そういう未来を選択するということ。」


そこまでいって結衣は、最後に、これまでとは変わって少し笑いながら、あっけらかんにこういった。


「つまり………………ははっ、私たちは、これから、自殺をするのよ。だからゲンジ。あなたはそんなちっぽけな負い目のために死んじゃダメよ。」


結衣の言葉を聞き終えたゲンジ。


ゲンジは少し考えた後、こう答えた。


「……………負い目じゃ…ないさ。」


そう言ってゲンジは今までのことを話し始めた。


「俺は昔、蒼様を信じていた。何も考えず、ただ蒼様を信じていれば救われると信じてた。だから、心から蒼様を信じていた。」


「でも、それは違った。俺がしていたことは信仰じゃなかった。ただの妄信だったんだ。」


「何も考えず、ただ信じているのは信仰じゃない。妄信だ。」


「それに気づかしてくれたのはあいつらだ。あの日、翠が俺に怒りをぶつけてくれたから、俺が間違っていたことに気づけたんだ。」


「あいつらがいなきゃ、俺は今でも……、蒼様が人を殺す神だと知った今でも、蒼様を信じていたかも知れない。他人の言うがままに生きるなんて、死んでるのと同じだ。だから、この命はあいつらが生かしてくれた命だ。俺はこの命をあいつらのために使いたい。」


そう言いながら、ゲンジが胸に手を当てる。ゲンジの目には覚悟が宿っていた。


「それに俺は、あいつらが、日の本の人々が、幸せになるために蒼教を信じてたんだ。もう俺は蒼様を信じてないけど、その気持ちは変わらない。俺は、俺の信念のために戦うんだ。」


そんなゲンジを、少し驚いたような顔で見る結衣。だが、少しすると正気に戻り、結衣はゲンジにこういった。


「そう…確かに、本当に大事なのは、どんな信念を持ってるかだものね。…だったら頑張るしかないわね。じゃあゲンジ、ちょっと手伝ってくれる?ここの通路、どんな道だったが覚えてる?」


「ああ、そこの通路は…」


そうして二人は逃走経路の検討を始める。これから踏み入れる地獄の道に、一縷の望みを託して………


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