最後の朝②
「あああぁぁ~~~~~~、ようやく終わったあぁ。」
礼拝の時間が終わった。
教会前方。翠達4人は舞台の端に腰を掛け、気ままにくつろいでいた。礼拝の後にこうして4人で集まり、軽く雑談してから解散するのが、彼らの日課だった。
先ほどまで人で満杯だった教会も少し空き始めてきている。それでもまだ、100を超えるくらいの人がそこら中で蒼教について話していたり、他愛の無い会話に花を咲かせていたりする。朝から散々働きづくめだというのに、翠達含め、物好きばかりだ。
疲れた顔でため息をついてる翠をねぎらうように、朝日が声を掛けてくる。
「翠君、最後に声を掛けてきたおじさん、あれはついてなかったね。」
「はは、ああ、ついてなかったな、あれは。」
朝日が言うのは、礼拝の時、突然翠を怒鳴ってきたおじさんのことだ。蒼教を信じない翠にとってはああいうことはままあることだったが、あそこまで怒鳴る者も珍しい。流石に翠も少し面食らってしまった。ついてないと表現するしかないだろう。
そして、蒼教を信じている朝日にとっても、あのおじさんの態度は、不満だったようだ。
「蒼様を信じるかどうかは、その人の自由なのに、それを押し付けるなんて…」
朝日もそれほど熱心ではないが、蒼様を信じている(一応、一応、教会の孤児なのだ)。というかだいたい、翠のように信じてないものがはるかに珍しいのだ。日ノ本国中見渡しても、たいがい蒼教の信者だ。そして、蒼様を信じている朝日にとってもあのように礼拝を人に強制するのは納得いかないらしい。蒼教信者もいろいろ居るのだ。
熱心に蒼教を信じるチキも、朝日の意見と同じようだ。
「僕もそう思うね。信仰は個人の自由だって、教典にも何度も書いてあるのに。あの人はなんで、教典に反した事をするんだろ?」
チキ曰く、教典にも信仰は自由だと書いてあるらしい。チキが言っているのだからそうなのだろう。
「ってチキ、自由とかいいながら、お前も昼間俺に教典勧めてたろ。」
翠はあきれたようにチキにそうぼやく。まあチキが教典を進めてくるのはいつものことだし、翠がぼやいてるのもいつものことだった。
「……………まあ、蒼様を信じてても、教典なんてみんな、ちゃんと読んでねえのかもな。」
そんな翠のボヤキに、チキが驚いて声を上げる。
「そんな!?そんな馬鹿な!教典はすべての始まり!蒼様のすべてを知れる原点だよ!」
戸惑うチキ。それに翠は取り乱すことなくこう答える。
「教典読みまくってるお前が、信者の中じゃ浮いてて、代わりに俺とつるんでるのは、そういうことだろ?」
チキはどうも、教典の真実知りたくて仕方ないらしい。教典の間違いや疑念点を信者たちの前で指摘することを繰り返していたもので、他の信者からそれとなく距離を取られてしまっている。皮肉にも友人と呼べる友人は翠たちぐらいだった。
「まあ確かに!教典のおかしいところをちゃんと聞いてくれるのは、翠達だけだよ!」
そんな他愛のない会話をしているうちに、翠の頭に一つの疑問が浮かぶ。
「…………なあチキ。それに朝日も、2人はなんで蒼様を信じているんだ?」
それは純粋な疑問、翠には全く理解できない感情への興味関心だった。
それを聞いたチキは、迷うことなく真っ先に答える。
「僕は蒼様の考えに感動したからだよ!蒼様の教えが無かったら僕は今頃どうやって生きてたかも分からないよ!だからこそ!教典の真実を知りたいんだ!教典の内容が嘘だったら大変だからね!!」
どうも教典というのはチキの心を強く打つものだったらしい。
「………考え、か…。…朝日はどうなんだ?」
「ん、私?」
朝日は少し考えると、こう答える。
「そうだね。私は難しいことは分からないけど……こうして蒼様の教会のお陰で翠君やチキ君、それに若菜ちゃんともずっと一緒に居られるから。それなら信じてもいいかな、って。」
それを聞いた翠の妹、若菜が朝日の胸元に飛び込んでくる。
「朝日おねーちゃん!!!私も一緒に居られて嬉しいよ!!!!!!これからも、ずっと一緒に居ようねっっ!!!」
「………うんっ!」
若菜が朝日に嬉しそうにじゃれている。
「まあ、俺もこの時間だけは嫌いじゃないけどな。」
じゃれあう2人を横目に、今度はチキが翠に尋ねる。
「なんで、翠は蒼様を信じていないのかい?」
その言葉に、翠は迷わず答える。
「蒼様ってのは、教典の通りなら、俺たちが苦しいときに助けをくれるんだろ?それなのに、みんな、食べ物が無くてこんなに苦しんでるのに、蒼様は全然現れない。俺が神様だったらこんなことはしないよ。」
今日、日ノ本中の人々が飢えに苦しんでいる。路地裏で飢えて力尽きた人を見かけることも珍しいことではない。そして翠達も、いや、日ノ本中すべての人が、いつ彼らのようになるか分からない状況だ。
それを聞いたチキは、少し考えこみながらつぶやく。
「確かに、不思議だね。教典の通りなら、これだけ苦しい状況なら、蒼様が食糧を持ってきてくださっても、おかしくない…………」
「だろ…?だから…そんないるかどうかも分からない神に頼るより、俺達は俺達の力で生きていくべきだと思うんだ。祈ってる暇があったら雑草の一本でも抜いたほうが意味がある。」
翠の水色の目は少し濁っていた。何かもうここにはないものをみるような、そんなぼんやりとした目をしていた。
そんな事を話していると、4人の前に一人の法衣の男性がやってきた。
「おい、今、蒼様を批判したのは…君か…?」