豊穣祭①
「蒼様が『豊穣祭』の開催を宣言された。」
ウールがそう宣言する。
(ほうじょう…さい?)
それは翠にとって聞き馴染みのない言葉だった。
(蒼教では…有名なものなのか…?)
そう思って翠はチキの方を見る。だが、目を合わせたチキは首を横に振った。どうやらチキも知らないもののようだ。
ウールが続ける。
「豊穣祭では蒼様が貴様らに直々にお恵みをくださるとのことだ。数日後に都で開催される。ありがたく受け取るといい。」
豊穣祭。それをウールは蒼様が恵みを下さる場だと言った。そうだとしたら悪い話ではない。
だが、ウールがわざわざ来ていること、そして、この明らかに異様な雰囲気に、翠は嫌な予感を覚えずにはいられなかった。
そして、その予感は当然のように的中した。
「そして…これにあたり、この村からも1人、生け贄を出すことになった。」
(生け贄…!?)
突然の言葉に困惑する翠。
「蒼様にその命を捧げ、豊穣の礎となるのだ。さすればその者の魂は極楽へと送られ、地には豊穣が降り注ぐ。」
ウールは淡々とそう唱える。翠たちにはその言葉の正確な意味こそ理解できなかったが、確かなことが一つあった。
生け贄になった者は殺される。
(冗談じゃない!そんなの、許されるはずがない!)
翠は憤りを覚える。だが、翠の怒りも知らぬと言わんばかりにウールが話を次へと続ける。
「さあ。今日はその生け贄を選定する日だ。これから神の礎となる運命の子を選定しよう。」
そう言って、ゆっくりとウールは歩き出した。
村人から生け贄を選ぶつもりだ。
「そうだな…」
天使が村人一人一人の顔を見ながらゆっくりと歩く。一人一人の前に立ち止まり、凝視したあと歩き出す。
一人、また一人と一瞥しては歩いてゆく。何をみて選んでいるのか、何を考えながら歩いているのか、全く持って想像がつかない。
そして生贄を決定することなく、翠達の方へ歩いてきた。
翠たちに緊張が走る。
(頼む!誰も、選ばないでくれ!)
最初は、ゲンジだ。
天使がゲンジの顔を見る。
一瞬じっくりと見たかと思うと歩き出す。
次に見たのはチキ。
これも通り過ぎる。
続いて結衣。
これも見逃す。
次は翠。
ここも立ち止まらない。
天使が、立ち止まった。
「そうだ。そこの女、貴様にしよう。蒼様の生贄になれるのだ。良かったな。」
「えっ…」
朝日だ。天使は朝日を指さした。
(!?…朝日ッ!!)
天使が指をさしたとほとんど同時。朝日の両脇に2体の下位天使が降り立つ。そして間髪入れず縄を取り出し朝日を拘束する。
「いや…」
朝日がそう空しく呟く。2体の下位天使はその呟きに意を介することなく、あっという間に朝日を抱え、飛び立つ。
(クソッ!!このままじゃ、朝日が…!!でも、今、動いたらッ…!!)
だが、翠にはどうすることもできなかった。飛んでいく天使と囚われた朝日をただ見ていることしかできない。この場で歯向かえば、翠が殺されるばかりでなく、朝日の身まで危険にさらすかも知れない。
翠は、あまりにも、無力だった。ただただ、虚しく連れ去られる朝日を見ているだけだった。