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希望と暗澹

バンッバンッ!!


翠たちの家の戸を叩く音だ。


(まさか……天使…!?)


翠たちは警戒を強め、小さな声で話す。


(今の、聞かれたか!?)



(ゲンジ、出てくれる…?私は銃の準備をするわ…!)


(了解した…!任せてくれ……!お前らは裏に隠れているんだ。)


翠たちが黙ってうなずく。


「どちら様でしょうか…?」


ゲンジが震えながら戸を開ける。


そこにいたのは天使ではなかった。1人のおばあさんだった。


「なんだ…。トメさんでしたか。でも、こんな時間に…?」


「速報よ!速報!抵抗軍が天使に勝ったって!!」


 そのおばあさんは静かな夜に響きすぎぬよう、声を押し殺して、だが、喜びの隠せない少し高い声でそう言った。



「え、待ってください、天使に…勝った…!?抵抗軍が…?でも、京都西の抵抗軍は負けたって…?」


 ゲンジが少し困惑した声でそう尋ねる。そうだ。京都の抵抗軍は敗北したと言う話だ。


 だが、トメさんの話はそれとは違う話のようだった。


「ええ。それがまた別の抵抗軍が、天使に勝ったらしいわ!!それも!土地を一つ取り戻したって!!」


「本当ですか…!!」


 ゲンジが少し驚いた声を上げる。もし、トメさんの話が真実だと言うならば、それはゲンジや翠たちにとってとても嬉しい出来事だ。


 後ろに隠れていた翠たちも驚きの様子を隠せない。


「ねえ翠、本当に…本当に勝ったのかな!?刀で刺しても死ななかった天使に…!だとしたら…」


「ああ。本当なら、その抵抗軍に行けば天使の倒し方が分かるんじゃねえか!?」


「うん!それに、上手くそこまで逃げれれば、かくまってもらえるかも知れない…!」



 翠たちも少し興奮気味だ。もしトメさんの情報が本当ならば、刀で刺しても死ななかった天使を殺せたと言うことになる。


 それに、そこに逃げればきっと天使たちから匿ってもらえるはずだ。天使に勝った一行が天使に襲われる可能性はもちろんあるが、そこならもう天使に怯えて生きる必要だってなくなるのだ。


「で!!トメさん!その抵抗軍はどこに!?」


 ゲンジがそう尋ねる。そうだ。それが問題だ。場所さえわかればあとは逃げる算段を立てるだけだ。もちろん危険は伴うだろうが、十二分にその危険を取る価値はあるだろう。


 トメさんは少し思い出すように悩んだあと、こう答える。


「ええと……確か、東北の岩手のあたりって言ってたわ!!」




「え……東北…?」


「とう、ほくか……」


 さっきまで興奮気味だった。ゲンジと翠たちがその答えに急に鎮まる。


「え…たしか、東北って、江戸よりも、遠い……」


「…ああ。ここからだと……。……いや、無理だ。遠すぎる。いくら何でも……。」


 翠たちは困惑を隠せない。東北の岩手。それが真実ならあまりにも遠すぎる。そもそも京都からほとんど出たことのない翠たちには想像もつかないが、あまりにも遠すぎる。


「俺の父さんはたまに江戸で仕事してたけど、一度行ったら何ヶ月も帰ってこなかった。…行きと帰りだけで、すごく時間がかかるって…。」


「そんな…。」


「それに、それだけ遠いと、そもそもこの話が真実かどうか…。そんなに遠くの噂がこんなところにまで正確に流れてくるのか…?嘘でないにしてもどこかで話が変わってる可能性だってある…。」


 そもそも逃げるにせよ、あまりにも遠いし、そうでないにせよ、その話が真実かどうかも怪しくなってくる。誰かがどこかで流した嘘に踊らされているだけかも知れないし、勝ったと言うのは誇張された表現で、実は善戦しただけ…と言うことだって十分ある。



「…トメさん、ほんとに東北なんですか…?」


「間違いないわ。私の耳はまだまだ元気よ〜!わたしゃこれ小木さん家にもつたえてこなきゃならんから、またねっ!」


「あっ…トメさん…」


 そう言うと、トメさんはそそくさと去ってしまう。これ以上話を聞くことは難しそうだ。



 曖昧な情報に少し混乱する一同。だが、少しだけ希望も見えてきた。


「うーん。もう少し、情報を集める必要があるな…」


「うん…。でも、これで希望が見えてきたかもしれない…!」





 次の日いつものように早朝に目を覚ます翠たち。仕事に向かうための準備をささっとすませ、与えられた家を出る。



 労働は早朝から始まる。だが、いつも最初は広場に集まり、集会がある。集会といってもごく短時間のものだが、必ず毎日の最初はこれから始まる。



 広場に行くと村中の人々が集まっている。あまり気乗りしない翠たちは、広場の端の方に立ち遠目に広場の前方を見る。


 広場の前方にはいつものようにこの村を見張る三体の下位天使とこの村の代表の男がいた。


 下位天使たちは人前で言葉を話すことがない。翠たちが知らないだけで、本当は話せるのかも知れないが、いつも前に立つあの男のような村の代表格のものたちが、天使の言葉を代弁していた。


「みなさまおはようございます!今日も素晴らしき一日が始まりました。雲一つもない!清々しい朝ですね!!花は咲き、鳥は歌い…」


 前に出た男はやたらと高いテンションで意味のない言葉をつらつらと連ねていく。


 毎朝の恒例行事だ。しかもこの意味のない口上は毎日違うものだ。



「…こうして蒼様が降り立ち!我ら愚かな人類は、こうして蒼様のもとにつどい!平和な一日を目指すことができるようになったのです!!」


「隣人に感謝を。天使様に感謝を。そしてもちろん、蒼様に感謝を。」


 翠は早く終わってくれ、せめて仕事をさせてくれと思いながらも、黙ってそれを聞く。逆らえば殺されるからだ。


「亡くなってしまった友を悔いることはありません。蒼様の元でその命は今、幸せに包まれているのです。悔いることなどありません。悲しむことなどありません…!」


「そして蒼様に逆らった愚かな命たちは、地獄の底でその行いを悔いているのです。あまりに浅はかだった自分たちの考えを。家畜同然の思考能力しか持ち合わせていなかった愚かさを!」


 しばらくして、ようやく、その言葉を終わるようだ。


「それでは最後に。みなさま、ご唱和ください。今日も蒼様のための労働の誓いを!」


(ようやく終わりだ。でもこの時が一番嫌だ…。)


 一段とテンションの上がった男がこの場を支配しているかのような口調で叫ぶ。


「さあ!!今日も仕事を頑張りましょう!!」


 それに合わせて人々が言葉を復唱する。


『さあ!!今日も仕事を頑張りましょう!!』


 無論翠たちも共に声を上げる。そうしなければマシな場合でも折檻、最悪の場合殺される。


「今日も蒼様に感謝しましょう!!」


『今日も蒼様に感謝しましょう!!』


 誓いの言葉はまだ続く。


「『盲信する勿れ!』『後悔する勿れ!』『世界の平和を願え!』三つの教えを守りましょう!!」


『『盲信する勿れ!』『後悔する勿れ!』『世界の平和を願え!』三つの教えを守りましょう!!』


 そして最後に、いつものあの言葉だ。


「レーカ・モガイジャー・ジンニン・ギマネッタ!!!!レーカ・モガイジャー・ジンニン・ギマネッタ!!!!我らが最上なる神、蒼様の祝福を!!!!!」


『レーカ・モガイジャー・ジンニン・ギマネッタ!!!!レーカ・モガイジャー・ジンニン・ギマネッタ!!!!我らが最上なる神、蒼様の祝福を!!!!!』


「それでは今日も一日、がんばりましょう!!」


『今日も一日、がんばりましょう!!』


 その言葉と共に、早朝の集会が終わり、皆、そそくさと仕事場に向かっていく。これが毎朝繰り返される。


 翠は少し憂鬱な顔をしながら、結衣や朝日たちと共に、仕事場へと向かう。


(何でこんな惨い奴らに誓わなきゃいけないんだ。何で…何で、若菜を攫った奴らに従わなきゃいけないんだ…。)


(……。若菜…。若菜は無事なのか…?)


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