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とある夜の会話


そうして翠たちは天使もとでの労働を数ヶ月続けた。不満や苛立ちを抱えながらも、それを口にすることはなく、グッとこらえながらの数ヶ月だった。


隣人が天使に暴力を振るわれようと、村の老人が労働の過酷さに命を落とそうと、何も言わず、あらがうことなく、耐え続けた。それだけが翠たちが生き延びる唯一の方法だった。


もちろん、このまま黙って従っているつもりはなかった。翠たちの住む家屋の奥にはまだ2本の刀と銃が隠されている。だが、まだ打開策は無かった。今がその時じゃないことは翠たちも分かっていた。




そして現在に至る。


家に帰った翠達は労働を終え、疲れ果てていた翠たちは疲れた体に鞭を打ち、食事を作った。食事は一杯のご飯とお味噌汁。時たま漬物を付けることもあるが、今日はなしだ。


5人が一同に集まる。ようやく身も心も休まる時間だ。


「「いただきます。」」


居間に集まった一同が一斉に食事を始める。


温かい出来立てのご飯とお味噌汁。1日の疲れが吹き飛ぶような美味しさだ。仕事の過酷さに全く見合わない食事の量に目をつぶれば、この上ない美味だ。


食事を進めながら、なんの気無しに結衣がこう話し始める。


「京都の西の抵抗軍、やっぱり勝てなかったみたいよ。」


今、全国の人々の大半は天使の支配下に置かれている。だが極少数ではあるが、天使に抗う者もいた。その一つが京都の西の抵抗軍だった。


ゲンジが少し残念そうに答える。


「抵抗軍も、天使には勝てなかったか…」


しかし、人類に天使に対する有効打はなかった。戦いの結末は明白だった。


「抵抗軍は数百人もいたみたいだけど、ごく数体の天使にやられたらしいわ。」


京都西の抵抗軍の規模はかなりのものだった。練度の高い兵も少なくなかったという。それでも天使たちには及ばなかったらしい。


数体の天使にやられたということを聞いた翠は、少し残念そうだった。


「数体……中位天使だったのか…それとも下位天使だったのか…もし下位天使だったとしたらやっぱり下位天使にも攻撃は通じなかったのか…?」


それに同意するようにチキがいう。


「この辺にいる中位天使はそんなに数が多くないみたいだし…下位天使にも攻撃が効かなかった。そう考えるのが自然だね…。」


人間と天使、相当の人数差があったにもかかわらず、全滅したということは、やはり下位天使にも攻撃は効かなかったのだろう。人間が天使たちに抗う術はないのか。


「クソッ…!それじゃあいつまでたっても奴らの言いなりになるしかないのかよッ!…これじゃあ、ずっと若菜を迎えに行けないじゃないか……!」


悔しさを吐き出す翠。その声は見回りに来る天使に見つからないよう、それほど大きな声ではなかったが、悔しさがにじみ出ていた。


朝日とキチも、抱いている思いは同じだ。


「若菜ちゃん、無事かな…」


「僕らは若菜ちゃんを助けに行かなきゃ行けない。でも、今のままじゃ勝ち目がなさすぎるね…。」


そんな3人の言葉を黙って聞く結衣とゲンジ。2人は肯定も否定もしない。


 正直、若菜が無事な可能性は低いと考えていたからだ。



さらっていったのは、一人残らず殺してきた天使たちだ。そんな奴らにさらわれて、無事という方が考えづらい事だ。3人もそれは分かっているだろう。だが同時に、3人が諦められない気持ちも痛いほどわかる。


残酷な言葉の代わりに、結衣が3人にこう告げる。


「朝日も翠もチキも、若菜ちゃんを助けたい気持ちはよく分かるわ。でも、一番大事なのは自分の命よ。だから、何があっても無謀なことはしないで。私たちはもう、誰も死んじゃだめよ。」


その言葉に翠が答える。


「分かってる。死んだら誰も助けられない。俺たちは誰も死なずに、若菜を助けるんだ。」


その言葉を聞いて、待ったをかけたのはチキだった。


「そんなこと言って、翠も朝日もあの日、ゲンジさんが止めなきゃ、船に向かってたんだろう?」




「なっ!?あんなこともう2度としねえって!?」


「2人とも、時どき危なっかしいところがあるからなあ〜。」


そういいながらニヤニヤと笑うチキ。チキのいう通り、翠も朝日も、少しの無謀さを持っているのだろう。図星を突かれた翠と朝日がしおらしくしている。


しおらしくしている翠にゲンジが不意にこう言う。


「翠、あの時はすまなかったな。」


「あの時…?ああ、蒼様が現れた日の前の日の…」


ゲンジが言っているのは、あの教会での口論のことだろう。あの時、ゲンジは翠の主張を否定し、翠の母が死んだことは蒼様の与えた試練だといった。だが、そのゲンジの主張が理にかなっていないことは明らかだった。


「もう今更、気にしてないですよ。」


翠はそう答える。だが、ゲンジは、あの時のことまだ後悔しているようだった。


「いいや。俺は許されないことをした。俺がしたのは翠の母さんに対する冒とくだ。」


「俺は…矛盾していると分かっていながら、翠の母さんの死に…無理やり、試練という意味を与えようとした。すべての死に意味があるなんて…そんな都合のいい話が、あるわけないのにな。」


 ゲンジが途切れ途切れに紡いだ言葉は、まるで、ゲンジ自身に言い聞かせるようだった。彼が過去の彼自身を責めるように、一言一言、紡がれていた。


「でも…あの時ゲンジさんが止めてくれなかったら、俺も朝日も今日まで生きてなかったですよ。」


「せめてもの償いさ…。いや、償いとさえ呼べるものじゃないな。…それに、蒼教に入っていたのだって、祈りさえすれば誰もが救われると思っていたからだ…。…ははっ、こんなことになるなら、始めから蒼教になんて入らなかったのにな……」


「ゲンジさん…」


ゲンジもきっと、この苦しい生活を打破することを願っていたのだろう。だから蒼様に祈っていた。だが、その結果は彼らの望まぬものだったが。


しかし、その話を聞いてチキがこう切り出す。


「…でも、みんな、気付いてるよね。今年の田んぼ、去年より上手くいっているよね。」


その言葉に皆が目を見開く。


「……!」


そして、朝日がこう言う。


「確かに去年より気温も高く感じるし、雨の加減も悪くない…。去年までが嘘みたいに稲の調子がいい…。」


朝日とチキのいう通りだった。去年より気温が高く、順調に作物が育っていた。去年まではもっと気温の上りが鈍く、稲が十分に育っていなかった。


その事実に、翠は背筋を冷やしながらもう一つの事実をつなぎ合わせる。


「偶然かも知れないけど、蒼様は飢えを解決しようって言っていた。蒼様の言っていた通りになっているな…」


 そう、あの日、蒼様は人々の願いに対して、飢えを解決すると宣言した。その方法が人を減らすと言う意味不明な手法だったからこそ、忘れ去っていたが、確かに蒼様は飢えを解決すると言ったのだ。


「それだけじゃないよ。配給の量だって去年の僕らの収穫より明らかに多い。亡くなった人たちの分を含めても、こんなに収穫はなかったはず…」



「確かにそうだ…去年はこんなにご飯も食べられなかったはずだ。」


 そう、去年の収穫はもっと少なかった。こうしてご飯を食べられているだけ去年と比べれば随分ましだ。



「もちろん、殺しを繰り返す天使たちの味方をするつもりはないけど、この状況、偶然と片付けるには、去年と比べても上手く行きすぎてる…普通、一年でこんなに良くならないはずだ。」


「これが全部、天使のお陰ってことか?」


「分からないことを決めつけるのは良くない…けど、僕は事実が知りたい…!」


「…チキらしいな。」


 翠は一言そうとだけ、答える。チキのこう言うときの真っ直ぐな瞳を、翠は嫌いではない。この、真摯な姿勢は、翠も見習わなければいけないことかも知れない。


 翠はしばらく考えた後、こう続ける。それは力のこもった声だった。


「そうだな…だけど…」


「だけど、奴らは飢えずに助かった人と同じくらい人を殺してる…!たとえ奴らのおかげで俺たちが潤っているとしても!奴らの言いなりになんてなれない…!!」


「ええ。その通りね。」


結衣がそう賛同した時だった。


その時外から大きな声が聞こえた。


バンッバンッ!!


翠たちの家の戸を叩く音だ。


(まさか……天使…!?)

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