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最後の朝11


一台の荷馬車が京都の外れの山道をかける。


ゲンジに連れられ、乗り込んだ荷馬車。荷馬車は可能な限り京都から離れるため、全速力で山道を駆けている。荷台はかなり揺れるが、天使につかまるぐらいなら、この方がよっぽどましだ。



 翠と朝日はゲンジにつき逃げ延びることにした。あのまま行っても勝ち目がないことは分かりきっていた。完全にただただ無為に死ぬだけであることはあまりにも明白だった。


 ゲンジの必死の乞いに翠たちは少しだけ冷静になり、逃げることを選択した。


 だが、決して若菜を諦めたわけではない。


 だからといってどうしたらいいのか。その案は翠には一つも思い浮かばなかったが。


 今はただ、逃げるしかない。


荷馬車に乗っているのは翠達含めて6人。あとは、最低限の食料や武器が乗っている。ゲンジたちが集めてくれたものだろう。


「チキ!無事だったんだな!!」


その荷馬車にはチキがいた。チキもゲンジに連れられ、この馬車に乗り込んだそうだ。


「朝日も翠も、無事だったんだね……!…………その……翠……若菜ちゃんなんだけど…」


「ああ…。」


チキの語気が小さくなる。


「はぐれてしまったんだ。……避難してるとき、人混みに流されて……」


「…………大丈夫、…知ってるよ。」


「え…?翠、何か知っているのかい…?」


「ああ…」


翠はチキに2人が見てきたことを告げた。若菜が翠達の家からさらわれていたこと、その犯人が教主様だったこと、そして、教主様から翼が生えたこと。


「さらわれた……!?そんな……。僕が、僕がちゃんと若菜ちゃんとはぐれずにいてあげられてたら………!」


チキは悔しげな顔で、頭を下げる。


「チキは悪くないよ………。チキがいたら、多分チキまで………。チキだけでも無事で、本当に良かった。」


「…………………。」


荷馬車の上には、重たげな沈黙が流れる。翠の言っていることはどうしようもなく、真実だった。だから、誰も言葉が出ない。



 しばらく無言の時が続いたが、その沈黙を破るよう、乗っていた男の1人が翠にこう尋ねる。


「なあ翠、本当なのか…?教主様が若菜を誘拐をして…それに、天使だったなんて。」


その男はすらりとした体の背の高い男性だった。髪はきっちり整えられており、清潔感のある風貌だ。


 そして彼も、蒼教の信者だ。


翠は少しためらうが、彼のことは知っている。少なくとも翠の知る限り、彼は悪い人ではない。


 和也さんという人だ。昨日翠を叱ってきたようなたちの悪い信者ではない。むしろ翠たちのようなはみ出し者にも寛容な人だ。


 はっきりと見てきたことを言う。


「はい。信じてもらえないかも知れませんけど、あれは間違いなく教主様でした。教主様は、……蒼様のしもべだったんだと思います。」


こんなことを言って信じる者がいるだろうか。昨日までとなりにいた教主様が天使だったのだ。そして、あれだけ心の広かった教主様が、若菜を誘拐した。こんなこと、翠なら信じない。


「…信じるさ。蒼教の大教主様が蒼様のしもべだった。考えてみればもっともなことだ。まあ、大教主様が人さらいなんて、信じたかねえがな…。」


和也さんは信じてくれるらしい。確かに、蒼教の最も偉い人が神の手先だった。さほど驚くことでも無いのかも知れない。それでも、あの優しかった教主様が、天使だなんて…


「正直…僕も、信じたくありません…。もし、教主様が蒼様の味方だったとしたら、この大虐殺に加担したことになる…。」


「ああ…あの教主様が、こんなことをするなんて信じたくねえ…。」


翠達の脳裏には必死の叫びが、どろどろと流れる血が、燃える御所がよぎる。あれは全て神と天使の仕業。奴らの味方だということは、奴らの行いを肯定したことに他ならない。


荷馬車の上に、再び重たげな沈黙が流れる。


その沈黙を破るように御者の女性がこう言った。


「まあとにかく、3人が無事で何よりよ。それより、この山を越えた先に、町があったはずよ。その町で、物資を補給できないか確かめてみましょう。」


それにゲンジが答える。


「そうだな、結衣、それで頼む。そこで御者を和也に交代しよう。それでその次は俺だ。」


 御者を務める女性。彼女の名は結衣。和也の妹だった。


この荷馬車には、翠達3人を含め6人が乗っている。翠達とゲンジ。それに和也と結衣、この2人は兄弟だ。


 ゲンジは京都から逃げるにあたり、出来る限りの人を探し回ったらしいが、これしか集まらなかった。皆各々逃げたのか、隠れていたのか、それとも………


結衣と和也は2人とも翠達とは顔見知りだ。同じ蒼教の教会に属している。翠達とそれほど深い仲では無かったが、翠にもかなり寛容で、物腰の柔らかい兄弟だった。ある意味、教会内の知り合いの中ではだいぶ仲のいい方とも言える立ち位置だろうか。


 2人は確か武士階級の家だったはずだ。2人とも身なりは整っており、鍛えられた体をしている。


御者をしているのは妹の結衣。結衣は長い黒髪を後ろで一つ結びにしている女性だ。その結衣が少し不満げに兄の和也にこう言う。


「お兄ちゃん、やっぱり、銃の在庫はもっと確保しておくべきだったのよ。刀は天使には当たらないわよ?」


「だれが天使と戦うなんて、思うんだよ!!というより、天使に通じんのか!?アレ!?」


よく分からないが、武家は武家で、もめることがあるらしい。とにかく、今この荷馬車には2丁の銃と、3本の刀が乗っていた。天使に通じるかはともかく、非常時のために和也と結衣が持ってきたらしい。


「まあ、戦わないで済むのが一番だけどね……。」


山道を荷馬車が駆けていく。



「もうすぐ、村よ。あっちの村には天使がいなければいいのだけど…。」


荷馬車を走らせる結衣がそう言う。まだ、深い森の中、町は見えないが、結衣によるともうすぐらしい。








その時、荷馬車の前方から声が聞こえた。男の声だ。


「おい。そこの馬車、止まれ。」


突然の声。森の中、普通殆ど人はいないはず。低く感情のない声に一行は嫌な予感を覚える。


その声に従い結衣が馬車を止める。いや、止めざるをえなかった。


(……………最悪。)


「俺の領地になんの用だ。」


彼らの行く道を塞ぐ男。彼は法衣を着ていた。背中に翼がついていた。


天使だ。

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