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最後の朝⑩

「冗談…だよな?……俺の家が、…におう…?そんなバカな。」



朝日が指さしたのは、翠の家だった。指さした朝日の指は震えていた。


翠の顔からすっと血の気が引いていく。俺の家がくさい……?翠の父の話だと、翠の家には若菜がいるはずだ。じゃあ、若菜は………?


 朝日は声を押し殺しながら、翠に告げる。


「………………多分、凄く……………危険。」


「……………………………………………………………若菜は………。」



「……………………………………。」


翠の言葉に朝日は答えない。そして、うつむいたまま悲しげな顔を浮かべる。


その朝日の反応に、翠が震える声で言う。


「若菜……………、行かないと。助けに、行かないと。」


行かなければならない。失う訳にはいかない。茂みから飛び出そうとする翠。


「ダメッ!!!!」


朝日が翠の手をつかみ、引き止めようとする。


「……………………………………朝日……。」


分かっている。ここで行けば、どうなるか。


「でも、だとしても…ここで止まったら……。」


「お願い……。ダメなの。多分…間違いなく……、死んじゃう…。」


「だとしたら、なおさら…若菜が…!」


 朝日の訴えも翠の訴えもどちらも、必死の言葉だった。ここで引いては自分の大切なものを失うかも知れない。相手の言葉の意味も理解できたとしても、ここで食い下がるわけには行かない。


 朝日が翠の手を強く掴む。翠はその手を引き離すべきか一瞬躊躇う。


 翠が引き止められ、突っ込むのをためらっていたその時だった。


 扉の開く音。




 翠の家の扉が空いた。


(誰だッ!?)


翠は、家の扉が空いたことに気付く。


 飛び出すのを一度やめて、再び茂みに潜む。そして、その正体を確かめようと様子をうかがう。


出てきたのは法衣の青年。顔は良く見えないが、翼がついている。天使だ。


(天使…!俺の家から出てきたっ…!!)


翠と朝日はその天使に気付かれないようにじっくりと観察した。その天使はどうも、普通の天使とは違うようだ。


先ほど京都の町で路地から見た天使と比べると、法衣の意匠が細やかで、ところどころに金色の模様が刻まれている。普通の天使より、偉い天使なのだろうか。立ち振る舞いも、どこか高貴なものを感じる。それに、多くの天使が青い流れる線の意匠が刻まれている中、その天使の意匠は赤色だ。


(天使がなんで俺たちの家に…………?)


天使が翠の家にいる理由が分からない。天使たちは人を殺しまわっていた。だから、そのために天使が家に入ったのかも知れないが、あの天使は恐らく特別だ。それに、その天使は家の前で立ち止まり、何かを待っているようだ。


その天使は何かに気付いたのか、突然こう言った。


「遅かったよ。」


翠の家の中にもう一人いるようだ。翠の家の中にいる者が、答える。


「お待たせしましたね。」


その声は穏やかな老人の声。翠はその声にどこか聞き覚えがある気がした。


「それで、やっぱり見つからなかった?」


「ええ。しかし、こちらだけでも十分な収穫でしょう。」


「まあ、それもそうだね。」


そして、老人が家から出てきた。


その姿を見た翠は、思わず声を漏らしてしまった。咄嗟にできるだけ小さな声に抑えたが、それでも驚きは隠せなかった。


「え………………。教主、様……………………………!?」


見間違いようがない。間違いなく教主様だ。蒼教の教主の法衣、老年にも関わらず、衰えを感じさせない立ち姿勢。包み込むような優しい声。間違いようがない、正真正銘、教主様だ。


(いや…………………でも、なんで、天使と、教主様が……………いや、そんな馬鹿な………)


翠はひたすら混乱していた。なぜ教主様と天使が一緒に居るのか理解できない。天使と教主様は無関係なはずだ。それにまさかあの教主様が、殺人鬼の天使たちと仲間のはずがない。あの教主様が、蒼教を信仰しない翠さえ受け入れてくれた教主様が、天使たちと仲間のはずがない。


 しかし、翠の脳裏に一つの嫌な事実がよぎる。


(そうだ…。教主様は、蒼教の、教主……。)


 そして、それだけでは終わらなかった。翠は教主様が手元にかかえている物に気付く。


(…………………あ、…………………若菜ッ!!!!)


若菜だ。教主様に抱えられて、気絶している。あれが若菜自身の意思で教主様に抱えられているわけではないことは明らかだ。ここからでは息があるのかは分からないが……


(若菜ッ!!!!!!………………………そんな!!嘘だ!!!)


翠には目の前の現実がどうしても信じられなかった。若菜がさらわれようとしている。そして、その犯人が教主様だなんて。その上教主様が殺人鬼の仲間………?何かの勘違いであってくれ、そう願わずにはいられなかった。


だがその願いをむなしく打ち砕く、決定的な証拠を見せつけられることになる。


教主様とともにいる天使が、教主様に告げる。


「では、行くぞ。」


「ええ。」


そしてその次の瞬間、天使が翼を羽ばたかせ空へと飛び立つ。


それと同時に、教主様の背中の法衣が破られた。翼が生えた。教主様の背中から、翼が生えた。


そして、教主様が、翼をはためかせ、飛び立った。


「う…そ……………だ。」


2人の天使が京都の空へと飛び立った。悠々と京都の空を舞う2体の天使。


うち一人は蒼教の教主だった。








ただただぼう然とする翠。だが、少しすると我に返り、立ち上がった。


それを見た朝日が慌てて声を上げる。


「…翠君!?」


「行かなきゃ。若菜を迎えに。」


翠の目は覚悟に満ちていた。


それは、翠だけではなかった。


「私も、行く。」


朝日も、覚悟を決めていた。


「分かった。」


 翠もその決意を止めようとはしなかった。


2人の決意は同じだった。教主様が何者なのか、確かめなければならない。若菜を助け出さなければならない。分が悪いことは理解している。みじんも勝ち目はないかも知れない。それでも、行かなければならない。






2人は茂みから飛び出し天使たちの飛んでいった方向へ歩き出す。



銀の船へ向けて。焼け落ちた、京都の御所に向けて。






その時、2人に声を掛ける者がいた。


「お前らっ!!無事だったのか!!!!」


朝日と翠が振り返る。そこに居たのは翠達の教会の準教主、ゲンジだった。


「ゲンジ………さん。」


ゲンジは必死そうな顔で駆け寄ってくる。ゲンジは昨日、翠が言い争った相手だ。翠と朝日が、少し警戒を強める。





しかし、ゲンジが発した言葉は意外なものだった。


「2人とも!!あっちに馬を用意してある!!速く逃げるぞ!!!」


「………え!?」


「ここにもいつ天使が来るか分からない!早く行くぞ!!」


…一体、どういう風の吹き回しなのだろうか。昨日まで、ゲンジとは散々言い争っていたというのに、なぜ、助けようとするのだろう。翠には理解できなかった。


翠は少し困惑したが、答えは決まっていた。


「すみません。若菜がさらわれたんです。俺は若菜を助けに行かなきゃいけないので。」


「………………助けに…!?どこに行く気なんだ…?」


「………………………………あの、船のところへ。」


「……………………………翠君、本気で言ってるのか……………!?………………………死ぬぞ!?間違いなく!」


「…止めないで、ください。」


「……………………………いいや、止めさせてくれ。死ぬと分かっている人を止めない訳にはいかないんだ……!」


意外な言葉だった。昨日口論していたゲンジとはまるで別人だ。少なくとも、昨日ゲンジの姿からは想像もできない。


「…………………どうして、止めるんですか。朝日はともかく、俺は蒼教の信者でもなんでもないのに……………」


その言葉を聞いたゲンジは、少しうつむいた。しばらくして、ゲンジは膝を地につけた。そして頭を下げて地に伏し、こう言った。


「俺が……間違っていた。昨日は、すまなかった。……許してくれとは言わない…。だけど、頼むから、頼むから、行かないで…くれ。…頼むから……………………」


ゲンジの声は、震えていた。


「お願いだ…。俺が、間違ってたんだ…。蒼様を盲信した、俺が間違っていた………。だから、だから。行かないで、くれ……。」


唐突なゲンジの行動に困惑する2人。だが、その行動は、熱くなりすぎていた2人を、少しだけ冷静にさせた。



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