act.4 ヤバイバーよ永遠に
「貴様、何者だ! いつからそこに居た!」
行為を中断し、ドルバンがソータに詰め寄る。
「何者か、だって? 俺は……えーっと」
ハッとして見れば、部屋には大きな鏡もあり、そこに写る自分の姿は赤いマスクに赤いマントに赤いスーツで、
「誰だよ俺!?」
「聞いてるのはこちらだ!」
一瞬自分でも誰だかわからなくなる。――何で俺こうなった!? 変な声に返事してたら気付いたらいきなりこれとか!?
「ヤバイバー、だと? 随分とダサい名前で俺達の邪魔をしてくれたな」
流石にカイゼルもその手を止め、立ち上がり、こちらを見ていた。――ヤバイバー。そう、確か俺、そう名乗ってたな!
「そうだ、俺はギリギリ戦士ヤバイバー! 本当に越えてはいけないギリギリの一線を止める為に現れた!」
もうソータとしても一歩も後には退けない状態である。ばばーん、と再びそう名乗りを上げた。――向こうが呆気に取られてる内に何とかして逃げ……いや助ける方法を……!
「悪よ滅びろ! ヤバイバータックル!」
先手必勝、奇襲一番。そう思ったソータは、そのままドルバンに向かって勢いをつけてタックル。これで隙が作れれば、と思った次の瞬間。
「がはぁ!」
ドガッ、ドシン!――タックルを喰らったドルバンは思いっきり吹き飛び、壁に打ち付けられ、そのまま呆気なく気を失った。――って、
「おいいいい! お前吹っ飛び過ぎだろ!?」
その勢いに一番驚いたのはソータだった。ちょっとよろけてくれたら位の気持ちで行ったら本当に倒してしまった。
(まさか……ヤバイバーって、強いのか……!?)
冷静に自分の力を「感じて」みる。――体内から、力が溢れてくる。そんな感触が確かにあった。
そこで思い出される謎の言葉。背徳感を力に変えろと。この想いを解き放てと。――もしも自分が先程までセシルとセリアの姿を見て不本意ながら興奮してしまった事が力となって今表れているのであれば。
「次はお前だ! 降参など今更許さん!」
もしかしたら、カイゼルも倒せるかもしれない。あの時の興奮はその位の気持ちだった。――ソータはビシッ、とカイゼルに指を射し、勝利を宣言。
「そうか。忠告は感謝するが、降参するつもりなど毛頭ない。――ドルバンも消えたことだ、貴様も消して姉妹同時に「頂く」とするか」
「そんな羨まし……いや卑猥な事を許すわけにはいくか! ヤバイバーナックル!」
拳を握りしめ、精一杯のストレートパンチ。力を込めればその手が光り、不思議な力が加わっているのがわかった。
「唸れ雷光!」
だがドルバンと違いカイゼルは一流魔導士。雷の魔法を使い、ヤバイバーナックルに真正面から対抗。――ズバァン!
「ぐわっ!」
結果、勝ったのはカイゼルだった。ソータは勢いのまま吹き飛ばされる。
「フン、ただの雑魚が、粋がりやがって」
「く、くそっ……!」
純粋に痛かった。確かにヤバイバーじゃなかったら命に関わっていたかもしれないのだが、痛い物は痛い。
「くたばれ」
カイゼルが追撃に入ろうとする。ソータも急いで立ち上がる為に拳を握る。
「……ん?」
視界を上げるとそこには淡いレモン色のブラジャー。綺麗で大きな山なりが目の前に並んでいる。
(こ、これは、まさか……!)
丁度目の前にセシルがいたのだ。そして位置が。ああ位置が。――良い匂いがしてくるのは気のせいか本当か。
「う……うおおおおおお!」
それに気付いた時、ソータの興奮が増した。この状況下でも興奮してしまう自分に背徳を感じ、その背徳すらをも再び力に変える。
「俺の両手が……淡いレモン色に、光るっ!」
格好良く言っているがセシルの下着の色だった。――だが本当にその手が大きく光る。先程よりも遥かに強く込められたその力は、
「必殺! ヤバイバーキャノン!」
「っ……お……ぐおおおおお!」
ズバァン!――カイゼルを倒すのにも、十分な力となっていた。光りの波動を手から出し、カイゼルの魔法すら突き破り、クリーンヒットさせる。カイゼルが吹き飛ばされ、ドルバンと同じくその場で動かなくなった。
(やった……やったのか……)
ヤバイバー……ソータの、勝利であった。部屋に一瞬訪れる、静寂。
「あ……あの……!」
「っ!」
そしてソータはセシルに呼ばれて気付く。この部屋で無事なのは自分、セシル、セリアの三人のみとなった。そしてセシルは両手をベッドに縛られてブラウスの前が開けている状態。セリアも気を失っているが、カイゼルによって上着が乱された姿となっている。そしてそして自分は仮面にマントで傍から見たら正体不明。
呼ばれてセシルの方を見た時、その姿を見た時、一つの可能性が過ぎってしまう。――今なら、正体がバレずに、ドルバンとカイゼルの代わりに、二人を好きに出来るのではないかと。
触れたい。触りたい。心の何処かでずっと願っていたチャンスが、目の前に広がっている。
「ぐ……」
ドクン、ドクン、ドクン。――再び早まる鼓動。背徳感、興奮が同時に湧き上がる。
俺は……俺は……俺は……!
「――ぅおおおおおお!」
そしてソータは力強く雄叫びを上げると、
「あ……」
……セシルを縛っていた縄を解いた。セシルが急いでブラウスの前を閉じ、素肌を隠す。――ソータは、その興奮に、力に、抗ったのだ。
「君は、幸せになる権利がある」
そして最後の理性を振り絞り、セシルに言葉を投げかける。
「今日の不幸を乗り越えてくれ。君も、妹も。負けるな。胸を張って生きてくれ」
「っ!」
「さらばだ!」
そしてソータ……ヤバイバーは、窓から颯爽と飛び降り、その姿を消したのであった。
『――君に託して良かった。この力を、追い詰められた弱者達の為に、使いこなしてくれ』
「!?」
最後に、そんな声が心に響いたのだった。
それから解放されたセシルの通報により、事件が発覚。ドルバンとカイゼルは衛兵に掴まり、今回以外にも裏で悪事を行っていた事が徐々に発覚し始めていた。
そしてソータはブレイボー家の屋敷を窓から脱出した後、ヤバイバーの変身が解け、興奮だけが貯まりに貯まったままで、その足で――夜の店へと向かって、発散した。以前指名したセシルに少し似た子をまた指名して、発散した。
結果、最後に残ったのは自己嫌悪だった。――俺は何であんな事になって、あんな風になったんだろう。
「お早う、ソーちゃん」
そして事件から数日たったこの日、
「お早う。――もう復帰するのか? もっと休んだ方がいいんじゃないのか?」
「大丈夫、もうすっかり気持ちの整理もついたから」
セシルが、ギルドに復帰した。――カイゼルとの結婚も当然白紙になった。結果元々人気受付嬢だったのもあり、ギルドがそれならば落ち着いたらぜひ戻って来て欲しいとオファーして、快諾した形となった。
「セリアも今日はウォーミングアップで体を動かして、明日から仕事になるって」
「そっか。姉妹揃って元気だな。……でも、良かった」
それだけは本当に言えた。思ってる以上に、姉妹が大丈夫そうだったのが、唯一の救いだった。――あの日みた二人の姿は、頭の奥底に封印しておこう。……消すのは無理そうだし。
「ソーちゃん、私達を助けてくれた人の事、聞いた?」
「う……お、おう、噂程度には」
自分が興奮した結果とは口が裂けても言えない。
「あのヤバイバーって人、何だかソーちゃんに似てた」
「ぶっ」
だがセシルはヤバイバーに対して、そんな感想を抱いてしまった様で。
「そんなわけないだろ、俺だったら別に変装しないで助けに行くわ」
「そうなんだけどね。でも、何処か似てた。最後に言ってくれた言葉とか。――だから、ありがとう、ソーちゃん」
「待て、だから俺じゃないのに俺にお礼を言ってどうする」
「言いたかったから、ソーちゃんに。ソーちゃんに言えば、いつか伝わる。そんな気がしたから」
「俺は鑑定士で伝道師じゃないわい」
でも、穏やかな笑顔でそう伝えるセシルの顔は、とても魅力的で。――ギリギリ、守れて良かったと、そう思えた。
それ以来、テレニスアイラでは、本当にギリギリになると助けに来てくれる事がある、謎の仮面ヒーローの存在が噂される様になった。
「もっと早く助けてくれればいいのに」「何でギリギリまで出てきてくれないんだよ」――そんな声も上がった様だが、それでもその仮面の男は、関わった事件全てで最後の、本当に最後の一線だけは、越えさせなかったとか。
彼の名は――ギリギリ仮面、ヤバイバー。