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ギリギリ戦士ヤバイバー  作者: workret
Stage1 ヤバイバー誕生!
1/4

act.1 幼馴染よ幸せになってくれ

 背徳感。

 誰しも一度は感じた事があるのではないだろうか。


 人としてあるべき道に背く。

 後ろめたさを感じる。


 だが時に、それは人にどうしようもない程の快感を与えてしまう。

 許されないとわかっていても、その世界にのめり込んでしまう。


 もしもその感情をギリギリの所でコントロール出来て、

 もしもその感情を力に変える事が出来たら、


 人類は、新しい一歩を踏み出せるのかもしれない。



 港町テレニスアイラ。大国ハインハウルス王国の中でも、規模の大きい商業都市である。

 当然各施設も規模が大きく、充実した設備が整っている。

「ソーちゃん、これお願い!」

「あいよ」

 各傭兵、傭兵団に仕事を仲介する冒険者ギルドもまた然り。王都程ではないものの各システム、職員も充実しており、

「ソーちゃん、おまけ頼むぜー」

「五月蠅えお前等がソーちゃんって呼ぶな」

 「ソーちゃん」ことソータは、この冒険者ギルドで鑑定員として働いていた。持ち込まれた資材、素材、該当する人物等の査定を行う職種である。

 働き始めて数年。元々才能もあったのか、仕事でヘマをする事もなく、日々順調に仕事をこなしていた。

「もう皆さん、ソーちゃんをからかわないで下さい。あまり変な事を言うと、私からもマイナス査定を加えますよ」

「ごめんよセシルちゃん、あんな風にセシルちゃんに呼ばれるのが羨ましくて」

「セシルちゃんに呼ばれるなら俺もソーちゃんになりたかった」

「俺なんてソーちゃんの服でもいい」

「僕なんて靴でもいいです!」

「お、俺なんて、ソーちゃんのソーちゃんで構いません!」

「五月蠅えって言ってるだろ気が散るわ! しかもソーちゃんのソーちゃんって何だよ!? お前本当にそれでいいのか!?」

 人柄もよく、友人も多い。こんな事を(一応)冗談で言い合える人材である。

「ったく。――ほい査定完了っと。セシル」

「はーい。――お待たせしました。査定の結果を踏まえまして、今回は……」

 ソータを「ソーちゃん」と呼ぶ彼女はセシル。ギルド受付嬢にして、ソータの幼馴染。元気で誰にでも優しく美人、ギルドでも人気の受付嬢であった。

 二人の間柄は上記の通り幼馴染。でもそれを羨ましがる人間は多くても、妬む人間は少なかった。何故なら、本当に幼馴染のまま、関係が止まっていたからである。二人共年齢は二十一。お互いに恋愛感情があれば、流石に何かしら発生しているだろう。

 実を言えばソータは昔から恋心を寄せていた。でもセシルにその様子は無く、そんなセシルに伝える勇気も伝えて今の関係が壊れる勇気もソータには無く。年齢を重ねるにつれ、セシルが見た目も魅力的になる一方で、少しずつ自分の気持ちを抑えるのに一苦労だけをする日々だった。

 でも、その日々ももう直ぐ終わろうとしていた。何故なら、

「セシル」

「あ……カイゼルさん!」

 セシルが、もう直ぐ結婚するからだった。長身の男がセシルを訪ねてカウンターへ。

「セシル、話があるんだろ? 行ってこいよ」

「でも、まだ仕事が」

「ちょっと抜けるだけなら俺が見ておくから」

「えっと……ありがとうソーちゃん、じゃ、少しだけ」

 そう言うとセシルは嬉しそうにカウンターを外れ、カイゼルの元へ。道中、カイゼルとソータの目が合う。ありがとう、と言わんばかりにカイゼルはソータに軽く頭を下げる。ソータも返事と言わんばかりに頭を軽く下げた。

 カイゼルはこの街でも有名で優秀な魔導士であり、セシルの恋人だった。最初二人の関係を聞いた時はショックを隠すので必死だった。何せカイゼルに勝てる所が何一つない。魔導士として優秀な他に、長身、イケメン、金持ち。

「……俺ももう少し、何か才能があればな」

 二人の後ろ姿を見て、そんな一言が漏れた。でも、心は落ち着いていた。もう最初にあった嫉妬心も無かった。純粋に、祝福する気持ちで一杯だったのだ。

「こんにちは、ソータさん」

 と、セシルの居ないカウンターの様子を一応見守っていると、ソータを呼ぶ声が。

「セリア。どうした、遠征だって聞いたぞ」

「うん。今帰ってきた所」

 セリアはセシルの妹で、十七歳。剣術の才能があり、三ヵ月前傭兵としてデビューを飾った。姉と揃っての美少女である。

「そっか、お帰り、無事で良かった。大丈夫だったか?」

「優秀な先輩達がいたから大丈夫ですって。いい経験を積ませて貰いました」

「ならいい。俺もセシルも戦闘の才能は無かったから、余計心配でさ」

 当然セシルの妹なら、ソータとも幼馴染である。妹の様な存在で面倒を見てきた。

「お姉ちゃんは?」

「ちょっと席外してる。結婚するってなると色々忙しいんだろうな。いやいや、幸せ者が羨ましい」

「大丈夫です。ソータさんには、私がいますって」

「ははは、慰めありがとうな。でも冗談でもあんまりそういう事言っちゃ駄目だぞ。セリアは可愛いんだからな」

 最近は大分大人になって来ており、その彼女に今の様に言われると時折ドキリとさせられる事もある。その度にいかん、と自分を戒めていた。――セリアは妹だ。俺にとっての大事な妹じゃないか。

「……冗談じゃないんだけどな」

「うん? 今何て言った?」

「何でもありませーん」

 そしてその想いが強過ぎて、セリアの想いには未だ気付けていなかったり。

「で、どうした? 何か査定するモンでもあんのか?」

「あ、そうでした。見て貰いたい物があって」

 そう言うと、セリアはソータに布の端切れを手渡す。裂けていて分かり辛かったが、何かのマークの様な、家紋の様な、そんな物が入っていた。

「これ、さっきの話にあった遠征中に盗賊のアジトで見つけたの。もし何かの公式な品なら、盗賊が持っているにはおかしいと思って。何処かで見た事がある気がするんだけど、思い出せなくて」

「ふむ……」

 盗賊、言わばならず者。そんな人種が、家紋を持つ様な家の品を持っている。盗んだのならまだわかるが、これが裏でこの家紋の団体が関連しているとなると、話が大事になってくる。

「わかった。明日にでも、何処の何のマークだか鑑定してみる。で、必要なら上に報告しておくから」

 鑑定員として、この辺りは技術として知識として会得している。

「ありがとう。宜しくお願いします」

 その時は、ソータも、そして手渡したセリア本人ですらも、そこまで深くは考えてはいなかったのだが。



「ソーちゃん、途中まで一緒に帰ろう?」

「おう」

 夕刻。ギルドは閉館の時刻となり、職員であるソータ、セシルも帰宅となる。当たり前の様に帰宅に誘われ、当たり前の様に一緒に帰るが、

「もう直ぐ、滅多なことじゃこういう事もなくなるんだな」

「そう……だね」

 セシルは結婚後、ギルドを寿退社する事が決まっていた。そうなれば、二人で仕事する事は勿論無くなるし、会う機会も話す機会も今よりもぐっと減るであろう。

 その事を指摘したら、セシルが少しだけ寂しそうな顔になる。――ソータは苦笑。

「何でお前が寂しそうな顔なんてすんだよ」

「だって」

「めでたい出来事のヒロインだろうが。そんな顔すんな」

 セシル・セレナ姉妹は容姿才能には恵まれていたが、幼少期から今に至るまでそれなりに苦労を重ねている。両親が若くして事故死、親戚が借金を残して失踪、その返却を迫られ、周囲の手助けこそあったものの、必死に生きてきた人生であった。

 借金は昨年ついに完済。そしてカイゼルと出会い、今に至る。

「そんな憂鬱な顔してっと、カイゼルに嫌われるぞ。ただでさえお嫁さんになるまでエッチな事はしない、なんてこのご時世で言ってる女なんだから」

「ソーちゃん! セクハラ!」

 ちなみにこれは事実で、セシルは本当に未だ手を出させないでいた。

「ははっ、悪い悪い。……なあ、セシル」

「うん?」

「お前は幸せになるんだよ。お前には幸せになる権利があるんだよ。だから、胸張って生きろ」

「ソーちゃん……」

 それはソータの本気の想いだった。幸せになって欲しい。俺はちょっと位不幸になってもいい。こいつには、もう幸せになって欲しいんだよ、俺は。

「ありがとう、ソーちゃん。ソーちゃんが、幼馴染で、本当に良かった」

「そっか」

 それは、ソータにとって嬉しい褒め言葉で、少しだけチクりとくる言葉。――まあでも、この痛みとももう直ぐおさらばだ。

「じゃあソーちゃん、私こっちだから」

 その後、少し二人で歩くといつもとは違う分岐点でセシルがそう切り出す。

「? どっか行くのか?」

「挨拶に行かなきゃいけない所があるの。昔からカイゼルさんがお世話になってる家があって」

「そっか。じゃ、また明日な」

「うん、また明日」

 そうやって軽く笑顔で手を振って、セシルは歩いていった。その後ろ姿を見送ると、

「……ふぅ」

 何となく、溜め息が出た。何の溜め息かはわかる様でわからないが。――そのまま一人、街を歩く。

「……行こうかな、あそこ」

 セシルにカイゼルと付き合ってると告白された日、ソータはショックで夜の性的な店へと駆け込んだ。セシルに少しだけ似た女性を指名して、抱いた。抱いている最中は快感にただ溺れたが、家に帰ってベッドに寝転ぶと、行った理由に自己嫌悪が止まらなくなり、もう二度と行かないと決めた。……決めた、のだが。

「もうそろそろ、俺のハートも強くなってるだろ」

 あそこまでの自己嫌悪はもうしまい。少し位、この想いが発散しておければ。――ソータはお世話になる事を決めた。家に向かいかけていた足を、繁華街への向けて歩き出す。金はあったよな、なんて思っていると。

「……ん?」

 偶然視界に入った路地裏に、二人の人影。――視力は良かった。遠くからでも誰かがわかる。

「あれ……カイゼルと、ブレイボー家の執事……?」

 一人はセシルの恋人のカイゼル。もう一人はブレイボー家といい、この辺りでは結構な力を持つ貴族の執事だった。なのでソータはギルド鑑定員として名前と顔を覚えていたのだ。……って、

「あ……あの家紋……ブレイボーの……!」

 不意にセレナが持ち込んで来た布のマークを思い出す。あの時は破れており鑑定し切れなかったが、今ブレイボー本人を見て思い出した。脳内の記憶で照らし合わせれば、あれはブレイボー家の家紋だったのだ。

「つーか……何してんだあんな所で……」

 街で有名な魔導士と、街での権力者の執事が、路地裏で密談。そして照らしあわされてしまった盗賊が持っていた家紋。――嫌な、予感がした。

 これが見た光景の中にカイゼルが居なければ、放っておいたかもしれない。でもカイゼルは大事な幼馴染の恋人。セシルが大切に想ってる人。何かあれば、セシルが悲しむ。

「……よし」

 剣術魔術などの戦闘の才能はないが、運動神経は意外とある方だった。足には多少の自信あり。

 気が付けば、ゆっくりとソータの足は、繁華街への道を進まずに、路地裏の方へと向かって行くのであった。



「ようこそいらっしゃいました。ご主人様がお待ちです、ご案内致します」

 立派な門を通り、これまた立派な屋敷の中へ。セシルは緊張しながらもその歩を進めた。

 ここはブレイボー家の屋敷。カイゼルが日ごろお世話になっており、そのカイゼルと結婚する為に挨拶に来た。カイゼルに少し遅れる、話は通してあるから先に行っていてくれと言われてセシルが来た所。

 屋敷の二階に上がり、ひと際大きな部屋に通されると、そこに一人の中年の男。男は案内してきた使用人に合図を出すと、使用人は頭を下げ、部屋を後に。

「ようこそ、我が屋敷へ。私はドルバン=ブレイボー。この家、ブレイボーの当主を務めている」

「セシルです。初めまして、宜しくお願いします」

「噂に違わぬ綺麗なお嬢さんだ。――楽にしたまえ」

 既にテーブルの上には飲み物が用意してあった。促され、腰を落ち着ける。

 あらためてドルバンという男を見る。年齢は四十代、体格の良い若々しさが伺えた。

「実は今日は、敢えて君に先に一人で来て貰った形になっているんだ」

「そうなんですか?」

「ああ。騙してしまって申し訳ないね。でも、どうしても君に話しておかない事があるんだよ」

 そう言うと、ドルバンは数枚の書類を取り出し、セシルの前に置く。

「これは……?」

「借金の借用書だ。カイゼルのね」

「!?」

 ガバッ、と急いで手に取り、中身を見る。確かに借用書であり、そこにはカイゼルの名前と、

「そんな……こんな金額……!」

 かなりの額が記されていた。はいそうですか、で中々返せる金額ではない。

「やはり、君にも話していなかったんだね」

「どういう……事なんですか?」

「実はカイゼル、先日請け負った大きな任務でミスを犯してね。依頼者に大きな損害をもたらしてしまったんだ。誰にでもミスはある、と言ってあげたい所だが、ミスのしどころが悪かった。――君や私に心配をかけたくなかったんだろう。一人でどうにかしようと走り、結果こうなった様だ」

 その口ぶりからするに。

「ドルバンさんも……知らされてなかったんですか……?」

「ああ。噂を耳にして調べた結果、これだけが手に入った」

 ふぅ、とドルバンは置いてあったカップを手に取り、喉を潤す。

「言い方は悪いが、私は金はある。肩代わりするのはやぶさかではない。だがそれじゃ駄目なんだ」

「どういう事ですか……?」

「依頼者に被害をもたらしてもスポンサーが処理してくれる。そんな傭兵に、誰が仕事を依頼するかね?」

「!」

 それは失敗の可能性を示しており、自力でどうにも出来ないという甘さ。イメージは悪い。

「つまり、このままだと、カイゼルは傭兵としての未来を失ってしまうんだ」

「そんな……!」

 カイゼルは傭兵としての自分に誇りを持っていた。その姿を見るのが好きだった。それなのに。

「どうにか……どうにか、ならないんですか……? 何か、方法は」

「その相談の為に、君を今日呼んだんだ。――セシル、私と契約をしないか」

「契約……?」

「ああ。――今夜一晩、私に抱かれないか」

 それは、衝撃の提案であった。

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