エキシビジョン閉幕
「……つまり、攻撃してきたのも“アカガメ”ってわけですね?」
「うん。……でも、しょうがないよ。レースなんだから」
「公共通信で煽ってきたのも?」
「……」
「バカにされたの、我慢しなくてもいいですよ」
「でも、抜きに行ったらまた……」
「大丈夫。この機体なら、勝てます」
――本当に、勝ってしまった。
望見ニナの機体が1位でゴールラインを越え、レースが終わった。
ニナは、自分に続いて機体から降りてくるソウを、恍惚とした表情で眺めていた。
「全部避けて勝つなんて、まるで……」
「“神威”って、知ってるか?」
停まった機体の近くで喋っている男達が、2人。
一人は、ピットインの時に最初にやって来た、整備士の親方だ。
「カムイ?なんか、聞いたことはあるような……」
「じゃあ、“神”は?」
「え? 聞いたこともないなぁ」
「……そうか。今の奴らは、もう知りもしないのか」
若手の整備士と話す親方は、感慨深い表情でニナの機体を見る。
「昔な、Dレーシングでただ一人、攻撃も妨害も、一切喰らわないレーサーがいたんだ」
「ははは。そんなの、どんだけ運が良ければできるんですか?」
親方の話を、若手は苦笑いしながら聞く。
「運じゃない。機体の操作技術で、意図的に避けていた。他の機体が被弾で減速する中、そいつの機体は当然、あらゆるレースを1位で駆け抜けた」
「……そんなレーサー、もし今いたら――」
「そいつが現役だったのは、10年前だ。当時はDレーシングの知名度が無かったからな。関係者の間だけで噂になっていた。だが一度レースを見れば、その機体捌きは永遠に忘れられない。その神懸かった強さを目にした者は驚き、畏れ、そのレーサーを……」
――“神威”と呼んだ。
ニナは、“神威”に憧れてレーサーを目指した。
“神威”は、10年前に引退した。
――ソウが昔レーサーをやっていたのは、いつ?
ニナの胸中に、疑問が浮かんだ。
――もし10年前だとしたら……まさか、ソウは……
――彼は一体、何者なの?
――やばい。
ニナは、一条ソウの素性を疑問に思うと同時に、別のことを思い出した。
――そういえば彼をチームに入れるとき、「なんでもする」って、言っちゃったあぁぁ!
初対面の男に女が言ってはいけない言葉ランキング1位「なんでもする」。
チームメイト勧誘のためとは言え……まだ素性も知らない男に「なんでもする」約束をしてしまったニナは、事の重大さに今更気付き、緊張で震えていた。
――変なこと、要求されないかな……た、例えば、か……体とか……
「あの」
コクピットから降りてきたソウが、ニナの方を向いた。
「はいっ!?」
不意打ちのように話しかけられたニナは、うわずった声を上げる。
「今後の予定の話なんですけど」
「は……はい」
――なんだ、今後の話か。
――今後の話? まさか、給料を払えなかった場合の話!? 何で払うかって話になろうとしてる!? まさか、体で払……
ニナはレース直後の興奮で、思考が偏りがちになっていた。
「はい! 何でしょうか!?」
「次に会った時でいいですか?」
「へっ?」
ソウの一言でニナは我に返り、彼の顔を見た。
顔色が悪い。青白い。
声も、健康な人間の発声ではない。消えそうなくらい弱々しい。
「今はちょっと、頭が痛くて……」
「だ、大丈夫? 顔色悪いよ? ひょっとしてレース中に、どこか痛めたり……」
ニナの気遣う言葉が終わる前に、ソウの手から松葉杖が落ちた。
彼の体が、ぐらつく。
「あっ! 大丈夫!?」
「一条!」
近くで、叫び声。見ると、ソウの異変に気付いた親方が駆けつけていた。突然の出来事にニナは、反射的に車椅子から降りようとしてしまい、よろける。駆け寄った近くの整備士に肩を支えられ、なんとか車椅子に座り直すニナ。
「い、一条くん……」
親方に肩を支えられ、ぐったりとしているソウを、ニナはただ、眺めているしかなかった。




