VS “アカガメ”
赤居祐善。
Dレーシング機体製造メーカー“Tasnitec”社お抱えのチーム”アカガメレーサーズ”のチームリーダー。
レースの様子をコクピット視点で配信する、いわゆる”レース配信”も積極的におこない、動画配信サイトの“アカガメ”レーサーチャンネルは、登録者100万人を超す人気チャンネルとなっている。
赤居は、“D-3の”エキシビジョンレースに参加することに、大きな不満を抱いていた。
前シーズンまで1つ上のリーグ「D-2」で、もっと以前は最上位の「D-1」でレースしていた赤居にとって、降格した「D-3」のレースに参加すること自体が、屈辱だったからだ。
ささやかな抵抗として、普段は連れているチームの専属整備士や他のレーサーは、一切連れてこなかった。
機体も、普段使っている機体ではなく、型落ちのものを持ってきた。
このハンデを背負ったうえで軽く1位を取り、自分は決してまだ落ちぶれていないことを、確認するつもりでいた。
ところがレース2周目、赤居にとって、さらに腹立たしい出来事が起こった。
初参加の車椅子女のブサイクな機体が、赤居祐善との距離差を詰め、追いついてきたのだ。圧勝しなければならない赤居を、あろうことか抜かそうとしているのだ。
車椅子女の機体がバックミラーに映ったとき、赤居は怒りの限界に達した。
「おい、ユリン。あれ、使うぞ」
赤居は配信の音声をミュートにすると、運転席の隣に座る砲撃手に言った。
「えぇ? 『魔法攻撃使わない縛りで勝つ』って言ってなかった?」
砲撃手のユリンは怪訝そうな声で言う。
「あの車椅子女、調子に乗ってオレらを抜かそうとしてるだろ? 一人じゃ、機体に乗ることもできねぇのによ」
「でもさ、乗れないのはしょうがなくない?」
「ナメてんだよ。身の回りは、誰かに世話してもらえばいい。自分はレースで目立って、チヤホヤされたい。あの機体だって、自分で用意できるわけねぇ。親か誰かに買って貰ったんだろ」
「自作したって言ってたけど」
「そう言えば褒められると思ってんだろ。ムカつくんだよ、ああいう奴」
「ふーん……知らないけど、ま、いっか」
赤居は、配信のミュートを解除した。
「このままでも勝てますが、一回くらい見たいですよね? “あの技”。後ろから追ってきてる女に、一発かましてやりましょう。機体に乗せてあげたんだから、それくらい、いいですよね? 世間の厳しさ、教えてやりましょうよ」
――ユリンの手元が狂って、オレの機体まで被弾したのはムカつくが……まだいい。
5周目終盤。
赤居は、腸が煮えくり返る思いでハンドルを握っていた。
――なんだってまた、あの車椅子女の機体が2位まで上がってやがる!?
ピットで整備を拒否られていたはずだが、結局直して貰ったのか? いつの間にここまで追いついた? このまま逃げ切れるか?
様々な考えが赤居の脳内を巡ったが、結論は最初から決まっていた。
赤居は配信をミュートにして、砲撃手に囁いた。
「ユリン、もう一発だ」
――今度こそ、心から完全にへし折ってやる。
「あー……はいはーい」
ユリンはスコープを覗き、射撃の準備を始める。
「またわざと抜かれるの? ゴール前は危険じゃない?」
「うるせぇな。完全に撃墜しねぇとオレの気が済まな……」
もう一度レーダーを横目で確認した赤居は、目を疑った。
一瞬で、真後ろまで迫ってきている。
しかも、ヘアピンカーブの最中にもかかわらず、ほとんど減速無しの猛スピードで抜きに来ている。
「本当に、さっきの車椅子女の機体か……?」
赤居が呟いた瞬間、目の前に無骨な板張りの機体が姿を現した。
その機体は加速し、赤居の機体とさらなる距離差を作ろうとしている。
もうヘアピンカーブを抜けて、最後の直線に入る。
こちらが巻き添えで被弾する可能性も、無い。
「撃て! ユリン!」
赤居の合図で、砲撃手は引き金を引き、必殺の一撃を放った。
特殊武装<赤い追跡者>。
ロックオンした敵車を追尾する特殊な“迎撃”。コース端では通常の“迎撃”と同様に反射し、狙った相手を追尾し続ける。撃たれた側の対処法は「魔力バリアを張ってダメージを減らす」か、「赤い追跡者の魔力が減衰・消滅するまで回避し続ける」か。
これまでに後者を成功させたレーサーは、レース史上、ただ一人を除いて存在しない。
赤い追跡者の魔力弾は、前を走る敵車の猛スピードをさらに超える速さで、一直線に敵車へ向かっていく。
――さあ、もう一度、無様に墜落しろ!
だが赤い追跡者が衝突するその瞬間、敵車の位置が右にずれ、魔力弾は敵車の横を素通りした。
――外れた!? 運の良い奴だ! だが……
回避されて敵車の遙か前へ進んだ魔力弾はUターンし、もう一度、敵車の方へ進路を変えた。
――それで終わりじゃねぇんだよ!
魔力弾は楕円の軌道を描きながら、コース端で反射。
反射でさらに勢いのついた赤い追跡者は、真横から敵車を襲う。
――くたばれ!
だが、敵車は横からの攻撃を軽々と回避した。
少しだけ、機体の高度を下げる。ただ、それだけで。
「な……!?」
赤居は愕然とした。
普通の“迎撃”ならともかく、追尾型の攻撃が二度も外れる事など、赤居にとっては初めての経験だった。
――このままじゃ、先にゴールされる!
「もっと撃て! ユリン!」
赤居は叫ぶ。
「え!? 赤い追跡者はまだチャージが……」
「迎撃でいい! ありったけ撃て! 負けたいのか!?」
怒鳴られたユリンが半ばヤケクソで何発も迎撃を発射する。
だが、全ての攻撃を、敵車はスイスイと左右に避け、さらにはもう一度コース端で反射した赤い追跡者も軽く回避。
ここで、敵車がさらに猛烈な勢いで加速し、一気にゴールゲートをくぐった。
<大加速>。
Dレーシングの機体が持つ、基本装備の1つ。
エンジンに大量の魔力を流し込み、一時的に限界を超えた出力を与え、数秒間のみ爆発的な加速と最高速を得る。
そのあまりの加速から制御が困難を極めるため、レース中一度も使わないレーサーも少なくない。
赤居は、思わず呟いた。
「嘘だろ……?」
「あー、あー……聞こえますか?」
公共の無線通信から、男の声が聞こえてきた。
知らない男の声だ。
「オレ、昔レーサーやっててさ」
「祐善! ちょっと、ぶつかるわよ!」
ユリンが悲鳴に近い大声を上げる。斜めに反射した迎撃が、赤居の機体に迫っていた。
「追尾型の迎撃なんて、何百発も避けてきた」
衝撃と共に赤居の体が揺れる。ユリンが頭を抱えてかがみ込む。
赤居の機体は体勢を崩し、大減速を喫した。
「こんなノロい追尾、一生当たんねぇよ」
――あぁ、そういや配信のミュート、ずっと解除し忘れてたわ。
呆然とした赤居は、どうでもいいことを頭の中で考えていた。
目の前の現実を受け入れたくなくて、わざとどうでもいいことを考えていた。
赤居の機体が減速している間に3位の敵車が追い抜かし、赤居は3位でのゴールとなった。
「勝てなかったのは、ショックかもだけどさ……エキシビジョンなんだし、元気出してよ」
レースが終わり、機体を降りてからも呆然としている赤居を案じ、ユリンは言葉をかける。
だが、赤居にとってその言葉は、的外れとしか言いようがなかった。
――順位なんて、どうでもいい。
――問題は、あの1位の機体……車椅子女の機体に乗っていた男だ。アレは、スタートの時は乗っていなかった。何者なんだ? 追尾型の攻撃を意図的に何度も避ける奴なんて、3年前にいたD-1でも見たことが無い。
――オレはD-3で、あんなバケモノみたいな奴と戦わなきゃならないのか?
1位の機体から降りる松葉杖の男を、赤居は離れた場所から、恐怖と絶望に満ちた眼差しで、ずっと見ていた。
<D-3開幕前エキシビジョン 最終順位(括弧内は所属チーム)>
1位:望見ニナ・一条ソウ
2位:太刀宮陽太(Rokuma)
3位:赤居祐善(Tasnitecアカガメレーサーズ)
4位:ローデス(Dan-Live)
5位:Liina (オンダ)
6位:ピエロダッシュ太郎 (サーカスレーサーズ)
7位:seven(Dan-Live)
8位:ひげレーサー(オフィシャル髭レーサーズ)
9位:ゴリラ(動物園)
10位:にゃーた(Dan-Live)
11位:じい(高齢者レーサーズ)
12位:加賀美レイ




