選手交代
ニナに誘われるまま、運転席の隣に座ったソウ。
機体の中は狭く、ニナの小さな左肩が幾度か、ソウの右腕に当たる。ニナの髪から発せられる甘い香りが、ソウの鼻をつく。
まだ発進していないのに、この状況だ。レース中は、どれだけくっつきながら運転することになるんだ? と、ソウは少し心配になった。
「あの……ハンドル、動かしづらくないです? 隣にオレがいると」
「え?」
ソウの質問に、ニナは素っ頓狂な声で応えた。
「別に、腕は自由に動かせるよ。心配ないでしょ?」
「いや、腕だけ動かせても……」
「あ、あと、狙撃手用の装備は無いからね。“大加速”のスイッチも運転手側にあるから、キミはレース中は何もしなくていいよ」
「それは整備の時に気付きました。完全に一人用の機体なんだなぁって」
「いーや、隣に人を乗せる設計だよ! いつか、狙撃手用の装備も付けるんだから!」
「だったらコクピットが狭すぎ……」
「さあ、いくぞー!」
ニナは、威勢良くエンジンを始動した。
通常、Dレーシングの機体は2人乗りだ。
それぞれ運転手と狙撃手の役割があり、狙撃手はその名の通り、魔力を使った敵車の攻撃や妨害を担当する。
が、ニナにハッキリと「何もしなくていい」と言われてしまっては仕方ない。ソウは、なるべくニナの運転の邪魔にならないよう、コクピットの隅に肩を寄せて過ごすことにした。
ピットインした機体は、順位を落としてのレース復帰となる。機体の安全確認のため、被弾や故障が無くともレース中一回はピットインするルールのため、普通はこれがハンデとはなり得ない。
しかし、今回のニナに関しては話が別だ。他の機体と比べて、5分以上整備で遅れている。ピットイン時は1位だった順位が、今は11位だ。巻き返しを目指して、機体は速度を上げる。
機体は順調に加速を続け、あっという間に時速150kmに達した。
速い。加速だけならD-1の機体にも引けを取らないぞ、と、ソウは感心を覚えた。
レース復帰直後は、溶岩の海の上を進むエリアだ。ニナの機体は、溶岩が絶対に届かない、とんでもなく上空を走る。普通なら1位を諦めるレベルの遠回りなのだが、この機体の性能だとむしろ、他の機体を抜けそうな勢いだ。
溶岩エリアを抜ける頃には、順位が11位から10位へ上がっていた。
「どーだ! これが私の機体の性能だ! こら、そんな隅っこでちっちゃくなって遊んでる場合じゃないぞ!」
ニナは、自慢げに鼻息を荒くしながら運転する。
だがソウは、ニナの言葉に反応している暇は無かった。
魔力の動きを、肌で感じたからだ。
ニナは、全く気付いていない。
「危ない!」
ソウはニナの手ごとハンドルを掴み、機体を左へ動かした。
「ひゃあっ!?」
突然のソウの乱入に、ニナは混乱する。
「ちょっと、えっ!?」
驚いたニナの右側を、緑色の光る塊が通過していく。
迎撃。それも、D-3のエキシビジョンにしては、なかなかの速度だ。
遅れて、レーダーに迎撃の発射アラートが表示された。
「すみません。被弾はマズいかと思って、つい……」
「い、いいよ。それより今の……レーダーより先に気付いたの?」
ニナは、減速して機体の体勢を立て直しながら、ぽかんとした表情でソウを見る。
「レーダーに頼ってたんじゃ、魔法攻撃は避けれませんよ。自分の魔力感知力を鍛えないと」
「そ、そうなんだ……」
「ほら、また次の機体が見えてきましたよ」
「わわっ!?」
目の前を複数の壁が動くエリアだ。壁に翻弄されて、9位の機体が減速している。抜き去るチャンスだ。
「よーし、このエリアは得意だぞ!」
ニナは、壁が動いて空いているスペースめがけて走る。
9位の機体の真後ろから、抜き去る形だ。
ソウは、また魔力の動きに気付いた。今回もニナはまだ気付いていない。
「すぐ上に避けて!」
「ひゃいっ!?」
ソウの声にビクッとしながら、ニナはハンドルを上に切る。
9位の機体の背部から、黒い塊が射出されるのが下方に見えた。
塊は、中規模の爆発を起こし、9位とニナの機体は振動で揺れる。
「わあっ!?」
「前、壁が来てますよ! 気を付けて!」
「ああーっ! ぶつかる、ぶつかる!」
ニナはあたふたとハンドルを捌き、なんとか動く壁エリアを突破した。
「こ、怖い……」
「でも、もう2機抜きましたよ。残り3周あれば、もっと上も狙えますよ」
「そ、そうだね……」
しかし、そううまくはいかず。
4周目の途中まで走り続けても、未だ順位は9位。
8位の背中は見えるが、様々な魔法の妨害を受けて、自慢の速度を発揮できずにいた。
「ご、ごめん……」
ニナは、ハンドルを握る手が震えていた。
「なんで謝るんです?」
ソウは、レースの行方よりもニナの体調を心配して、彼女の顔を覗き込む。
「怖くて、思い切って抜きにいけないんだ。せっかく直して貰ったのに……ごめん」
「だから、謝る必要ないですよ」
「でも、こんなに怖がってたら勝てないよ」
「仕方ないですよ。初めてのレースなんでしょ?」
「違うんだ!」
ニナは、前を見て一生懸命運転しているが、その瞳は潤んでいる。
「せっかくキミが直してくれた機体を壊してしまうのが、怖いの! レースが初めてとか、そういう問題じゃなくて……こんな気持ちじゃ、一生勝てな……」
言葉の途中で、ニナの上半身がよろめいた。
「大丈夫ですか!?」
ソウは咄嗟にブレーキを踏み、横からハンドルを操作して、安全な位置へ向かう。
「ご、ごめん。実戦だと緊張して……練習より疲れやすいね」
ニナの顔が青白い。
体力の限界なのに、無理をして運転していたようだ。
「……リタイア、しますか?」
「……そう、かな」
ソウの問いかけに答えるニナの瞳から、涙が零れた。
「あーあ、ゴール……したかったなぁ」
「……ゴールするだけですよ」
ソウは小柄なニナの体を持ち上げて、自分の膝に座らせた。
「順位は、期待しないでくださいね」
「え……えっ?」
突然の出来事に、ニナは困ったような、恥ずかしそうな顔をする。
「機体の制御は、全身でするんです。隣の人と肩がぶつかってたら、思うように走れません」
ソウは、ニナの体の上からシートベルトを着けた。
「しっかり、掴まっててください」
「ま……待って! こんなシートベルトの着け方じゃ、被弾したとき危な……」
「ご心配なく」
ソウは、エンジンを始動させた。
「被弾なんて、一度もしませんから」
<D-3開幕前エキシビジョン 現在順位(括弧内は所属チーム)>
1位:赤居祐善(Tasnitecアカガメレーサーズ)
2位:太刀宮陽太(Rokuma)
3位:ローデス(Dan-Live)
4位:Liina (オンダ)
5位:ひげレーサー(オフィシャル髭レーサーズ)
6位:ゴリラ(動物園)
7位:にゃーた(Dan-Live)
8位:seven(Dan-Live)
9位:望見ニナ・一条ソウ
10位:ピエロダッシュ太郎 (サーカスレーサーズ)
11位:じい(高齢者レーサーズ)
12位:加賀美レイ




