退場
「すみません」
ピットに戻ってきて開口一番、砲撃手の雪野アズサは一条ソウに言った。
「『Dan-Live』チームも落とすつもりでしたが、できませんでした。想定外の復帰力です」
「さすが。点数調整までやってくれるなんて」
ソウは、それに賞賛で応じる。
「今後も心強いな」
「今後? 今後なんてありませんよ」
穏やかだった雪野の、目の色が変わった。
「え?」
「最初からずっと言ってるでしょ!? 私は、レーサーになるつもりは無いんです!」
「いや、だって今日も乗ってくれたし」
「レースをめちゃくちゃにして、レーサー引退する予定だったんです! なんか、勢いで1位取っちゃいましたけど……チームには入りません!」
「そういうことだったのか」
会話を聞いていたのは、レースを終えて機体をソウ達の近くに停めていた、チーム「アカガメレーサーズ」のメンバー達だった。
「ふざけんなよ! お前らのせいで、結果を出せなかったレーサーもいるんだ!」
「アカガメレーサーズ」のレーサー・緑川快は、ソウを睨みながら言った。
「それは俺だウホ!」
別の場所から、ゴリラものしのしと歩いてきた。
「せっかく2位でここまで来れたのに、もう終わりだウホ! チーム内の俺の評価はだだ下がりだゴリ!」
「あなたは、結果を《《出させなかった》》んですけど?」
雪野は、ゴリラを冷ややかな目で見る。
「2位チームだから、順位が落ちるように攻撃したんです」
「そ、それはともかく! 途中でほとんどの機体を足止めする! あんなのは許されないぞ!」
緑川は、なおも責め立てようとする。
「『そういう作戦だ』なんて言い訳は、させないぞ!」
「なあ……お前らに聞きたいんだけどさ」
ソウが言った。
「加賀美と雪野、なんかルール違反、したか?」
「ル……!?」
「いや、二人とも、途中でおかしな行動に出たところは、あるのかもしれないけどさ。ルール違反については、そもそもここで議論することじゃない。協会が公正に判断することだ」
ソウは、ここで緑川達と話し合いをする気は無かった。
「そうじゃない、イメージや印象の問題なら、オレらはただ受け入れるだけだ」
「受け入れる?」
緑川が聞き返す。
「悪評が出ようが、次のレースでオレが集中攻撃を受けようが、こっちは何も文句言わない。言う筋合いが無いからな。全部受け入れて、オレらは上のリーグに進む」
「そ、そういうことなら、次のレースは容赦しないぜ」
緑川は、言い返す言葉が見つからないようで、戸惑いながら返した。
「もっとも、次は我らがエース、赤居祐善が出る! 小細工なしで、ウチのチームが勝つがな!」
「お、おう」
緑川に肩を強く叩かれた赤居は、なぜか弱々しく応えた。
「そうだな……」
「お、お疲れ様」
緑川達が立ち去ったあと、ようやく機体を降りてきた加賀美レイに、望見ニナは車椅子を動かして近づき、声を掛けた。
「1位おめでとう。ありがとうね」
加賀美は、初めて1位を取った後とは思えない、暗い表情で俯いていた。
「ああ」
彼は、喜びもせず、レース前半の行為を詫びるでもなく、ただ、小さく頷いた。
「ごめん」
そして、何に対するかわからない、謝罪の言葉を呟いた。
翌日、第4レースの会場に、加賀美レイは姿を現さなかった。




