VS “棘の鉄槌” 再び
加賀美レイによる決死の爆走は、功を奏していた。
4周目の終盤から、前の機体が見え始めていたからだ。
「ここから先の機体達は、たいして離れていません」
雪野アズサは、機体に接続したライフルを手に、砲撃手席横の窓を開けた。
「私が合図をするまでは、“大加速”も“無敵道化”も使わないように」
「はあ……」
「返事!」
「は、はい!」
窓を開けて身を乗り出した雪野は早速、銃口から小さな“迎撃”を撃ち出した。
発射されたその魔力弾の特徴は、小さい以上に、速い。
目に映らないほどの速さで、11位の機体に命中。バランスを崩した敵機は、ふらふらとコースの真ん中から離れた。
その隙を突いて、加賀美の機体はコースの真ん中を突っ切り、11位に浮上する。
それからも、快進撃は続いた。
前にいる機体達に、次々と“迎撃”を命中させ、足止めをする。
雪野アズサの快進撃、と、観客の目には映った。
実際は、加賀美レイの決死の爆走が、今も続いているにも関わらず、だ。
「いいですよ!」
雪野は、歯を食いしばりながらハンドルを握るレイを賞賛し、励ます。
「“大加速”無しでも、ちゃんと追い上げできてるじゃないですか!」
6位まで上がったところで、長い直線コースに入った。
5位の機体とは、かなり離れている。
「“大加速”を使っていいですよ」
窓を閉めながら、雪野が言った。
「え、魔力の残量は?」
レイは魔力残量のメーターを確認する。残り15%。これ以上“大加速”を使えば、“迎撃”を撃つ魔力がほとんど無くなってしまう。
「大丈夫です」
だが、雪野は構わず魔力使用を勧める。
「あなたがミスしなければ、私はあと5発で十分です」
“大加速”により、5位に一気に迫る。
雪野は再び窓から身を乗り出し、狙いを定めた。
彼女が撃った相手は、5位の機体ではなく、そのすぐ前にいた4位の機体。
反重力エンジン付近を攻撃された4位は煙を上げながら減速し、5位の進路を塞ぐ。
もたつく2機の脇をすり抜け、加賀美の機体が前に出る。
「残り3機ですよ! しっかり!」
雪野は、また窓から体を引っ込める。
「“大加速”、もう一回どうぞ!」
5周目後半。残り魔力11%。
“大加速”。
加速の勢いで、撃ち落とすまでもなく3位の機体の前に出た。
「ウ……ウホ! させるかウホ!」
公共通信から、特徴の強すぎる声が聞こえてきた。
「俺はパワーとスピードのゴリ押しで勝ってきたゴリラ! スピード勝負で負けるつもりはないウホ!」
「うるさいゴリラですね……」
耳が痛くなるくらいの大音量の声に、舌打ちする雪野。
「こっちも“大加速”……ウホ!?」
ゴリラの驚く声。
雪野がゴリラの機体にライフルを向け、撃ったのは“迎撃”ではなかった。
彼女が敵機のコクピットに向かって撃ったのは、大量の黒インク入りの弾。
「ウホ!? 前が見えな……」
既に“大加速”を開始していたゴリラの機体は、行き先を見失った。
<黒インク>
ペンやプリンター等に使用する、黒インク。
ライフルの発射装置を使用して撃つため、発射に魔力を要さない。
コクピットに撃たれた機体は、ウインカー等で排除しない限り、前が見えなくなる。
「スピード自慢は、視界を遮るに限ります」
「ウホーッ!!」
ゴリラの雄叫びか断末魔か、よくわからない叫び声と共に、通信は切れた。
ライフルを機体と接続し直し、2位の機体を狙う。
こちらは、反重力エンジンを狙った“迎撃”による狙撃。
命中した2位の機体が落ちていく上を、加賀美の機体が抜かしていく。
前にいるのは、もはや1位のみ。
レースはもう、最後の直線に入っていた。1位の機体よりも、レイの機体の方が少し速い。もう一度“大加速”を使えば、抜かすことが可能。
――魔力は残り6%。あとは、1位の魔力残量がどうか……
「まーたテメェか、加賀美レイ」
公共通信から聞こえた声に、レイは背筋が凍った。
ピットで声を聞いたことがあるから、わかる。
棘野順二。チーム「ニードルズ」の……
あの“棘の鉄槌”を有する、「ニードルズ」のレーサーだ。
「お前には感謝してるんだぜ? お前がみんなを足止めしてくれたおかげで、簡単に“打開”できた」
棘野は陰険な声で、せせら笑うように言う。
「おかげで、ここまで《《コイツ》》を温存できた」
「マズい……」
レイは、怯えた声で言った。
「《《アレ》》は……」
第1レースで襲ってきた、“棘の鉄槌”を、思い出しながら。
「“迎撃”が、効かないんだ」
「レースをメチャクチャにした、悪役も退治して。今日の英雄は、俺で決まりだな」
1位を走る棘野の機体から、トゲに覆われた禍々《まがまが》しいデザインの“迎撃”が、飛び出した。
「くたばれ」
特殊武装<“棘の鉄槌”>。
小型の反重力エンジンとAIを搭載した、自動追尾型の“迎撃”。
指定した敵機の熱反応を検知して追尾させる。
1位が2位の機体をロックオンするのも、当然可能である。
雪野は、ライフルで“棘の鉄槌”を狙撃した。
トゲだらけの“迎撃”は一旦動きを止めるが、墜落する素振りは見せない。
「“大加速”して!」
窓から身を乗り出したまま、雪野が叫ぶ。
「え、でも――」
「早く!」
言われるがままレイは、“大加速”を使用。
加速した機体は、動きを止めている“棘の鉄槌”とすれ違い、1位にいた棘野の機体を追い抜かして、一旦はトップに立った。
「無駄だぜ! ゴールより“棘の鉄槌”が追いつくのが先だ!」
得意げに棘野が叫ぶ。
それを合図にするように、動き出したトゲトゲの“迎撃”は、レイの機体をみるみるうちに追い詰める。
「ダメだ! 逃げ切れない!」
「撃ち落とします」
「無理だ! 第1レースでも、落とせなかったんだ!」
「それ、《《どこに何発撃った》》時の話ですか?」
雪野は、“大加速”の加速に乗った機体から、身を乗り出した状態で、ライフルを構えた。
狙いを定め、小さな“迎撃”の魔力弾を、何発も発射する。
一発は“棘の鉄槌”の正面に当て、減速させた。
一発は、トゲトゲの隙間から腹部に当て、小さな煙を上げさせた。
最後の一発は腹部を貫き、内側の反重力エンジンに命中した。
大きな煙を上げた“棘の鉄槌”は、その時すぐ傍にいた棘野の機体を巻き込み、大爆発を起こした。
「は……? 嘘だろ?」
まだ事態を飲み込めていない棘野は、間の抜けた声を上げた。その直後に、絶叫が続いた。
「げぼばぁー!!」
「ちぇっ」
雪野は窓を閉めながら、軽く舌打ちした。
「『5発で十分』と宣言したのに、6発撃っちゃいました」
<“D-3リーグ”Fブロック第3レース 最終順位(括弧内は所属チーム)>
1位 加賀美レイ(チーム望見)
2位 ローデス(Dan-Live A-Team)
3位 緑川快 (アカガメレーサーズ)
4位 片岡栄吾 (ハバシリBチーム)
5位 戸倉洋二(千種食器)
6位 山坂まこ(お茶の間親衛隊)
7位 ゴリラ(動物園)
8位 鷹野美宇 (グラビアレーサーズ)
9位 キング(シャドウズ)
10位 あるいはなあ(言葉遊びレーサーズ)
11位 ちゃっす(お笑いの走り手達)
リタイア(機体大破) 棘野順二 (ニードルズ)
<“D-3リーグ”Fブロック 各チーム累計ポイント数&順位>
1位 アカガメレーサーズ 23pt+10pt=33pt
2位 Dan-Live A-Team 16pt+11pt=27pt
3位 チーム望見 12pt+12pt=24pt
4位 動物園 17pt+6pt=23pt
4位 ハバシリBチーム 14pt+9pt=23pt
6位 千種食器 13pt+8pt=21pt
7位 お茶の間親衛隊 13pt+7pt=20pt
8位 シャドウズ 12pt+4pt=16pt
9位 言葉遊びレーサーズ 10pt+3pt=13pt
10位 お笑いの走り手達 9pt+2pt=11pt
11位 グラビアレーサーズ 5pt+5pt=10pt
11位 ニードルズ 10pt+0pt=10pt




