無敵道化
「ねえ、ちょっと待って!」
9位の機体を抜かした直後に、公共通信から女の声。
「二桁の順位になったら罰ゲームになっちゃうの! 番組の企画で! ねえ待って!」
と必死の声掛けをしながら、先ほどまで9位だった機体はこちらに向かって“迎撃”を撃ってきた。
ソウは、機体の背部から“妨害”を排出、飛んできた“迎撃”とぶつかり、大爆発を起こす。
「ぎゃあーっ!」
女の断末魔のような悲鳴と共に、通信は切れた。
「こっちの方が番組も盛り上がるだろ」
加賀美レイの機体の砲撃手・一条ソウは、スコープを覗いたまま呟いた。
その直後、加賀美とソウの乗る機体は緩いカーブを曲がりきれず、外側の壁に軽くぶつかった。
「どうした!?」
ソウは心配して運転者・加賀美に声を掛ける。
「さ……さっきの声のお姉さん、確かグラビアの人だったよな!?」
「……そうだっけ?」
「クソ! 声を掛け逃した!」
「レースに集中してくんない?」
加賀美の機体は“大加速”使用中、外部装甲に薄い魔力のバリアを張る。“迎撃”までは防げないが、壁にぶつかった程度の衝撃は吸収し、機体の破損を防いでくれる。ただ、ぶつかった際の減速は免れない。
これが、通常時の話だ。
バリアの強度を上げれば、当然、話は変わってくる。
「この先、6機くらいが固まってる」
ソウは、魔力感知だけで他機体の位置を把握し、加賀美に告げた。
“大加速”中は、運転者がレーダーを見ている余裕は無い。ソウの覗くスコープにレーダーは表示されない。
「残量2割までは使っていいぜ」
運転者に対し、ソウはこれから使う武装の、使用時間の目安を伝えた。
「りょーかい!」
加賀美はソウの言葉を確認すると、武装を発動した。
<特殊武装・“無敵道化”>。
機体の外部装甲全体に強靱な魔力のバリアを張り、“迎撃”をはじめとする魔法攻撃の殆どを無効化する。
運転者が任意のタイミングで発動・解除できるが、使用中は膨大な魔力を消費するため、機体の魔力残量に注意を払う必要がある。
張られたバリアで機体は若干の光沢感を帯び、コース天井から漏れる日差しを反射する。
前を進む8位の機体が、“妨害”を背部から3個ばらまいた。
1つが起爆すると他の2つも誘爆し、爆発と煙でコース内が覆われる。
しかし加賀美の機体はいま、無敵状態。
爆発のど真ん中を突っ切る。
「“大加速”!」
無敵中の“大加速”併用。図らずも加速した加賀美の機体が8位の機体にぶつかり、体当たりのような形になる。
無敵中の加賀美の機体は、激突をものともしない。8位の機体を弾き飛ばして、先へ進む。
7位と6位は、広い直線コースで“迎撃”を撃ち合っている。壁で反射する魔力弾を、どの機体が被弾してもおかしくない危険な状態。
そこを加賀美の機体は、ど真ん中を“大加速”しながら進む。
まるで大名や権力者が、平民を脇へ押しのけ我が物顔で歩くように。
被弾を恐れながらコース端を低速で走る7位と6位のど真ん中を、加賀美の機体は全速力で抜かしていった。
「あと3機、固まってる」
ソウが呟く。
カーブの脇で煙を上げている機体の横を、通り過ぎた。被弾した機体のようだ。5周目も終盤にさしかかる頃。ここで修理となるとキツいだろうな、とソウは想像する。
だが、その機体は煙を上げながらも再び動き出し始めた。
しかも、こちらに向かって元気に“迎撃”を撃つ。
カーブの壁を反射する“迎撃”が、加賀美の機体に激突。
しかしその衝撃は魔力のバリアに吸収され、ダメージ無し。「バチッ!」という大きな静電気のような音がしただけで、衝突による振動すら起こらない。
「あと3機で2位!」
加賀美が得意げに声を張る。
3位と4位は、静かなデッドヒートを繰り広げていた。
これまでの機体達よりも走行が安定しており、操縦技術だけで追い抜くのは、中堅のプロドライバーでも難しい。
その機体達に、“打開”戦術で溜めた魔力を使い、“無敵道化”と“大加速”で追い詰めるのが加賀美の機体だ。
「そうはさせんウホ!」
公共通信から、短く謎の言葉が発せられると、4位の機体から変な形の“妨害”が放り投げられた。
<特殊武装“果実型妨害”>。
バナナの皮型の“妨害”。性能は普通と同じ。
「なんだ!?」
「いい。そのまま突っ切れ」
ソウに言われるがまま、加賀美はそのまま直進。“無敵道化”継続中の機体はバナナの爆発のど真ん中を突っ切る。
「魔力量は普通の“妨害”だ」
押しのけるように2機を抜いて、機体はついに3位に躍り出た。
それから十数秒後、2位の機体に追いついた。
さすがに速い。簡単には追い抜けない。
「魔力がもう限界だ! 残り2割切っちまった!」
「ああ。解除しよう」
ここからは1対1。ゴリ押しで勝てる相手でもない。そう判断したソウと加賀美は、“無敵道化”を解除した。魔力残量は18%と、予定より少なくなってしまったが、“無敵道化”以外の武装は使える量が残っている。
2位機体は、幅の広い直線で“妨害”と“迎撃”2発を併用。加賀美達の進路を遮る。
「左を行け!」
ソウは左の壁を反射して襲いかかる“迎撃”に照準を合わせ、“迎撃”を発射。ぶつかった魔力は爆発して消滅。そこを加賀美の機体が通り抜ける。
ソウはさらに、2位の機体に向けて“迎撃”を撃つ。
左右に蛇行しながら走る2位には当たらず、反射した魔力弾はコースの先の方へ飛んでいった。
――なかなか、うまくいかないな。
ソウは再び2位の機体に照準を合わせる。
2位はコーナーにさしかかったところ。ドリフトをすべく機体を滑らせ始めていた。
――そこでドリフトするなら……軌道の先は……ここだ!
ソウはドリフトの軌道を読み、“迎撃”を発射した。
コーナーの壁を反射した魔力弾は、2位の進路先で鉢合わせ。外部装甲をかすめた。
被弾、とは言いがたい。しかし、2位の機体はバランスを崩し、コーナーで大きく減速した。
「今だ!」
加賀美は、コーナーへ大きく外側から突入した。
コーナーの真ん中で減速した2位と並ぶ。
コーナーを終えた直後に、“大加速”。
ついに、2位まで上り詰めた。
「よっしゃあ!」
喜びの雄叫びを上げる加賀美。
「まだ、ゴールしてないぞ」
たしなめるソウ。
――ゴールまで、あと1分ってとこか。
ソウは、魔力残量のメーターを見た。残り8%と表示されている。
――“無敵道化”はもう使えない。けど、あとは順位を守るだけ。追い上げと魔法攻撃は“迎撃”で対処。残る不安は……
そのとき、ソウは気付いた。
後ろの機体達をごぼう抜きしてこちらへ向かってくる、機体の反応がレーダーに表示されていることに。
――これは……機体? いや、それにしては魔力が小さい……
レーダーを見ると、それは反重力エンジンを持つ「機体」と認識されてはいるが、レーサー名が表示されていない。
可能性として考えられるのは、1つは、レースに乱入してきた部外者の機体。
もう1つは、レーダーが“機体と誤認する”、魔法攻撃。
その速度は尋常ではなく、既に加賀美とソウの機体の真後ろにまで迫ってきていた。
ソウはスコープを覗き、それの正体を見た。
――こいつ……反重力エンジンを積んだ、“迎撃”か!
<“D-3リーグ”Fブロック第1レース 現在順位(括弧内は所属チーム)>
1位(ゴール済) 赤居祐善 (アカガメレーサーズ)
2位 加賀美レイ(チーム望見)
3位 ローデス(Dan-Live A-Team)
4位 村道みのり(お茶の間親衛隊)
5位 ゴリラ(動物園)
6位 景谷尊号 (ニードルズ)
7位 佐東陣 (ハバシリBチーム)
8位 うっす(お笑いの走り手達)
9位 戸倉洋二 (千種食器)
10位 なんだかなあ(言葉遊びレーサーズ)
11位 二船佐和 (グラビアレーサーズ)
12位 キング(シャドウズ)




