最速の男、砲撃手デビュー
今回のコースは、ダンジョンと言えど地上と高度がほとんど変わらない。
天井には人間大の穴がいくつも空いており、そこから眩しい日差しがダンジョン内に届く。
そして、何より特徴的なのは、ダンジョン内に存在する、広い湖。
海のように鮮やかな青い水面が、天井から差し込む日差しを反射して輝く。
D-3リーグ初戦に参加する機体12機は、全てスタートラインに並び、レース開始の合図を待っていた。
「機体って、塩水かかると腐食したっけ?」
美しい水面を眺めながら、運転者の加賀美レイが尋ねた。
「放っとくと装甲が錆びる。レース後に洗車すれば問題ないさ」
整備士経験もある一条ソウは、質問に即座に回答した。
ソウは、今日は砲撃手として機体に乗り込む。砲撃手は運転者と違い、機体に魔力を吸われることは無い。翌日のレースに疲労が残る心配も不要だ。
とはいえ射撃に関してソウは、実戦経験無し。今回が、デビュー戦だ。
「打ち合わせ通りのスタートで、いいんだよな」
加賀美が、別の質問をソウにぶつける。
「ああ」
ソウは、短く答える。
「1位が取れなくても、いいんだよな」
加賀美は、緊張で落ち着かないようだ。
ソワソワしているのが、ソウが端から見ても容易にわかった。
「大丈夫だよ。初戦は、誰に勝たせたらマズいとかもわからん。だから、魔法攻撃する相手を選ぶ必要もない」
ソウは、プレッシャーを与えないよう、多少言葉を選びつつ喋る。
「自由にやればいいんだよ」
機体の公共通信スピーカーから、レース開始を知らせるブザー音が鳴り響いた。
「おわっ!」
加賀美が、その音量に驚いて声を出す。
「おっし、集中!」
そして、機体のエンジンを始動した。
リーグ戦のレースに、丁寧なアナウンスは存在しない。
レース開始を示すブザーと、カウントダウン。
そしてスタートを示す信号機の色だけが、レーサー達を戦いへ導く。
カウントダウンが、始まった。
ソウは、武者震いと多少の緊張を覚えながら、コクピットから周囲を見回す。
機体は横6列、縦2列に並んでいる。
前後は位置をズラして並んでいるため、スタートダッシュをキメても前の機体にぶつかることはない。
――さて、どの機体が、どう動くか。
カウントに合わせて信号が点滅する。
赤の信号が、青に変わる。
全機、一斉にスタートした。
まず、一気に加速したのは“アカガメレーサーズ”の赤居祐善。
その加速は他の機体の追随を許さず、瞬く間にコースの先へ消えていった。
――ロケットスタートか。純粋に、走りで戦うつもりみたいだな。
ソウは、赤居の機体を観察しながら考える。
操縦技術<爆発初速>。
スタート時、機体を爆発的に加速させ、リードを奪う。
どの機体でもできるわけではない。レース中に拾う魔力の残滓やスリップストリームに頼らず、機体自身と、機体が吸う運転者の魔力のみで加速する必要があるため、機体性能と運転者の魔力量が一定の水準を超えていることが前提となる。
12,000mpという常人の約4倍を誇る赤居祐善の魔力量により、赤居の機体は圧倒的なロケットスタートを可能としている。
「うへぇ、速いなぁ」
加賀美は、赤居のロケットスタートを他人事のように眺めていた。
加賀美とソウの機体の初期順位。
潔く、最下位の12位。
戦術<打開>。
上位機体が走行や“迎撃”、“加速”をした跡に残る、魔力の残滓を拾い集め、レース後半に一気に使用することで上位へ食い込む戦術。
前の機体が落とした魔力を拾う必要があるため、1周目で高順位を取ることには全く意味が無い。
ゆっくりとスタートし、ようやく加速が乗ってきた加賀美の機体の脇を、前から飛んできた“迎撃”がすれ違った。
「わあっ!?」
加賀美は、“迎撃”が通り過ぎた後に、慌ててハンドルを切る。
「落ち着け。もうすれ違った後だぞ」
「何、今の!? 流れ弾!?」
「いや、オレらを狙ってるね」
ソウは、各機体の位置を示すレーダーと、コクピットから見える景色を見比べた。
最初のコーナーを曲がった先に、11位の機体が、これまたゆっくりと走っていることが、レーダーからわかる。
「壁に反射させて、オレらを狙ってきた。同業者だ」
同業者、つまり、同じ“打開”戦術の使用者。
当然、魔力の取り合いが生じる。
「大丈夫か? あいつらに、コースの魔力、全部拾われないかな?」
加賀美が心配そうに言う。
「どうせ、コース内の魔力全部を拾えるほどの機体性能は無いさ。無理に抜かす必要は無いよ」
ソウに焦りはない。
「ただ、今のアイサツを見るに、友好的じゃないな。あいつの攻撃には、気を付けていくぞ」
そう言いながら、ソウはスコープを構える。
必要に応じて、11位の機体の攻撃を迎撃するためだ。
「魔法攻撃は、後半戦まで温存したい。せっかく拾った魔力を、ここで使ったら勿体ないからな」
「おう!」
加賀美は頬を緩め、ハンドルを握りしめた。
「俺のドライビングテクニック、見せてやるよ!」
<“D-3リーグ”Fブロック第1レース 現在順位(括弧内は所属チーム)>
1位 赤居祐善 (アカガメレーサーズ)
2位 ローデス(Dan-Live A-Team)
3位 村道みのり(お茶の間親衛隊)
4位 佐東陣 (ハバシリBチーム)
5位 キング(シャドウズ)
6位 戸倉洋二 (千種食器)
7位 ゴリラ(動物園)
8位 なんだかなあ(言葉遊びレーサーズ)
9位 二船佐和 (グラビアレーサーズ)
10位 うっす(お笑いの走り手達)
11位 景谷尊号 (ニードルズ)
12位 加賀美レイ(チーム望見)




