レース直前、強者の思い
Dレーシング国内最大グランプリ“Dリーグ”。
その開幕戦となるのが、全国8カ所、8グループに分かれておこなわれる“D-3リーグ”の第1レースだ。
この8つのグループの中で、異常なまでに注目を浴びているグループがあった。
それは、Fグループ。
注目の理由は、2つある。
1つは、強豪チーム“アカガメレーサーズ”の存在。
前シーズン、D-2リーグから陥落したことで一部では「アカガメは終わった」と噂された。しかし陥落の要因は、D-2の他チームから警戒され、魔法攻撃を集中されたことによる順位の低迷、そして何より、リーダーにしてエース・赤居祐善のケガによる欠場だった。
赤居が復帰した現在、問われた評論家が全員「アカガメのD-2昇格はほぼ確実」と太鼓判を打つほど、その実力は盤石だ。
もう一つは、その赤居祐善をエキシビジョンで破った謎のレーサー、一条ソウ。
表沙汰にはなっていないが、“闇レース”において“雷王”我田荒神を破ったことで、一部の界隈ではアカガメを超える関心が寄せられている。
彼が「チーム望見」の一員としてD-3リーグ“Fブロック”へ参戦することが判明した時、多くのレーサーとレースファンが、ある一つの疑問を持った。
一条ソウの速さは、本物なのか?
その答えを知り得るレース。
それが、一条ソウと、“全力の”赤居祐善の対決だ。
「ようやくこの日が来たな、祐善」
会場に一番乗りした“アカガメレーサーズ”の面々は、広々としたピットで、早くも機体の整備を始めていた。
その最中、機体内で装備の調整をしている赤居祐善に声を掛けたのが、チームでナンバー2の実力者、緑川快だ。
「エキシビジョンの雪辱、晴らせるといいな」
「ちょっと快、その話題はダメよ」
緑川をたしなめたのは、赤居の隣で機器の調整を進めていた砲撃手・桃葉ユリンだ。
「こう見えて、結構気にしてるんだから」
「構わねぇよ、ユリン」
赤居は、挑発的に口元を歪めて笑う。
「本当の実力は、嫌でも結果に出る。何戦も続く、Dリーグでな」
赤居の機体は、エキシビジョンとは異なっている。
エキシビジョンで乗っていたのは、型落ちの“ポンコツ”だった。
今日の機体は最新の装備を搭載した、赤居の“本命の機体”。
エキシビジョンとは、速さも装備も段違いの高性能。
「運良くとはいえ赤居を破った男・一条ソウと再び相まみえたとき、完膚なきまでに叩きのめすため」と、チーム“アカガメレーサーズ”の専属整備士達が全力を結集して用意したのが、今日の機体だ。
「その機体を、まさか初戦で見ることになるとはな」
陰険そうな男の声が、ピットに響いた。赤居達が、声の方に注目する。
そこにいたのは、赤居達“アカガメレーサーズ”と同じく、前シーズンにD-2から陥落したチーム“ニードルズ”の面々だ。
彼らのトレードマークは、一様に揃えたスキンヘッドの髪型。赤居達からは10メートルくらい離れた位置にいるので、どれが誰だか区別がつかない。
声の主は、そのリーダー・棘野順二だ。と言っても、声から判断できるだけで、棘野がスキンヘッドの群れのどの辺りに立っているのか、赤居にはよくわからなかった。
「いきなり虎の子の赤居が出るほど、“アカガメ”は追い詰められてんのか。他のレーサーは、ビビってションベン漏らして逃げたのか?」
棘野は、棘のある言葉で赤居達を煽る。
「野郎……」
緑川が、眉毛を怒りで捻じ曲げながら棘野を睨む。
「ちげーよ。初戦で教えてやろうっていう、親切な心遣いだ」
赤居は、挑発を物ともせず言い返した。
「どのチームがぶっちぎりの1位で、どのチームが情けねぇ2位争いを頑張るしかねぇのか、ってことをさ」
「あ?」
棘野が、ドスの利いた声で唸る。赤居は、構わず言葉を続ける。
「特に、こないだまでD-2にいたからって、自分達が強いとカン違いしてるハゲどもにな」
赤居と棘野達が睨み合っていると、次第に周囲がざわつきだした。
他のチームも続々と会場に到着し、ピットで調整を始めているからだ。
「……てめぇは、ウチのナンバー2が倒す。俺様が出るまでもねぇ」
棘野が言う。見た目的には、どのスキンヘッドが言ったのか赤居達にはわからない。
「良かったな。『一番手は出てなかったから』っていう、負けた時の言い訳ができて」
赤居は、どのスキンヘッドが棘野かわからないながらも煽り続ける。
チームのどの選手がレースに出場するかは、前日に事前に登録をする。当日、他チームの動向に合わせて出場選手を決めるのを防ぐためだ。
「悪いけど、あんたらは眼中に無いんだ」
赤居の舌戦を見て勢いづいた緑川が、負けずに挑発する。
「ウチのエースが本気の機体で出るのは、エキシビジョンで運良く勝った“一条”って奴に教えるためだよ。『本当に速いのは、赤居祐善だ』ってね」
「ハッ!」
負けじと煽り返す棘野。まるで、この舌戦の勝敗がレースに影響する、と言わんばかりの勢いだ。
「無名のレーサーにもリベンジしなきゃならねぇとは、“アカガメ”も落ちたもんだな!」
――こいつら、完全にビビってるな。
赤居は、棘野の煽りを聞きながら冷静に考えた。
――機体の調整もそっちのけで、精神攻撃しかけようとしてるのでバレバレだ。
「あっ!」
赤居の隣に座っているユリンが、パッと明るくなった電光掲示板を見て、声を上げた。
「今日の出場選手、一覧出たわよ!」
その声を合図にするように、緑川も棘野達“ニードルズ”も、一斉に電光掲示板に注目する。
赤居も、掲示板を見た。
他のチームなど興味無い。
一条ソウが所属する“チーム望見”から出場するのは、誰なのか。
それだけが、赤居の興味を引いた。
加賀美レイ(チーム望見)
「なんだ、一条は出ないのか」
棘野の安心したような、ガッカリしたような声が聞こえた。彼も、エキシビジョン1位の一条には少なからず関心があったらしい。
「オイオイ、赤居を敬遠したのか、一条?」
緑川は明らかにガッカリとした、不満げな声を上げた。
「そんなわけないでしょ。運が悪かっただけ」
ユリンが言った。
「残念だけど、汚名返上はまた今度ね。気落ちせずにいきましょ」
「ああ。誰が相手だろうと、やることは同じだ」
赤居は、落ち着いた声で言った。
――よ……よかったあああああああああ。
そして赤居は心の中で、心底安心していた。
――一条ソウに勝って雪辱を晴らす? 汚名返上? ムリムリムリムリ! 勝てるわけないって、あんな速い奴!
「けど、せっかく一条と戦うために機体用意したのに……」
それでも落胆が隠せない様子の緑川の声が、赤居の耳に入る。
――いやいやいや、機体性能とか、そういうので何とかなるレベルじゃねぇっつーの! チームの連中が「一番いい機体にしろ」ってうるせぇから仕方なくそうしたけど、実際に一条と走ってたら赤っ恥だったぜ!
「なんだ、一条は出てないウホか」
赤居の機体を横切って歩きながら、掲示板を見たレーサーが呟いた。
チーム“動物園”所属・ゴリラ。呟きでも声がデカい。見た目はほぼゴリラ。
「せっかくオイラが出るウホなのに、雪辱が晴らせないウホ」
――いや何言ってんの、あのバカゴリラ!? エキシビジョン出たのに気付いてないのか? 追尾攻撃あんなにホイホイ避ける奴、D-1にもいねぇって! つーかチームの奴ら、「汚名返上」とか「リベンジ」とか言うのもうやめてくんないかな? 二度とアイツと走りたくねーんだよ、こっちは!
「おい、棘野! 悪いが宣言させてもらう! 俺は1位を取る!」
最も恐れていた“一条ソウとのレース”を回避できた赤居は、テンションが上がるあまり棘野に追加の挑発をかました。
「反省会の予定でも立てとけ!」
ゴキゲンな赤居は威勢のいい挑発を終えると、何やら必死に言い返している棘野を無視して、ポケットからスマホを取り出した。
「さーて、そろそろ配信でも始めるかな」
<“D-3リーグ”Fブロック第1レース 出場選手一覧(括弧内は所属チーム)>
No.1 赤居祐善 (アカガメレーサーズ)
No.2 景谷尊号 (ニードルズ)
No.3 ローデス(Dan-Live A-Team)
No.4 なんだかなあ(言葉遊びレーサーズ)
No.5 佐東陣(ハバシリBチーム)
No.6 うっす(お笑いの走り手達)
No.7 戸倉洋二(千種食器)
No.8 二船佐和 (グラビアレーサーズ)
No.9 ゴリラ(動物園)
No.10 村道みのり(お茶の間親衛隊)
No.11 キング(シャドウズ)
No.12 加賀美レイ(チーム望見)




