ニードルズ
「俺はレースチーム『ニードルズ』のリーダー、棘野順二だ」
さも当たり前のように換気口の蓋を外し、ガレージに侵入してきた男は普通に喋り始めた。
「D-3リーグでは、お前らと同じブロックだ。よろしく」
棘野を名乗るその男は、理由は不明だがスキンヘッド。
理由不明のスキンヘッドが、理由不明で自宅の換気口から現れたことに、ニナは戦慄していた。
「こ、こわい……」
「単刀直入に言わせて貰う。お前ら、俺達と手を……ちょっと待て」
棘野は、ソウが座ったままスマホをいじっているのを見て言葉に詰まった。
「お、おい。何してる? 俺の話、聞いてるか?」
「今、通報してるから。待ってろ」
ソウは冷たく言い放った。
「いや、ちょっと待って!? 俺の話を聞け! 待て! 敵じゃないんだ、俺は!」
「あー、今ね、不審な男が友人宅に。ええ。名前は『棘野』と名乗って――」
「待てぇ! 通報しないで! ねえ、通報しないで!」
「なんだよ。せっかくライバルチームを逮捕で一つ潰せると思ったのに」
土下座して頼む棘野に根負けし、一旦通報を取りやめたソウ。
「いや、慈悲の心なさ過ぎない? 提案をしに来たんだよ、俺」
「不法侵入者に慈悲の心で接する必要が、どこにあるんだ?」
「いや、それはこの通り、謝ってございまして……」
「ど、どうやって入ってきたの?」
ニナは、恐る恐る棘野に尋ねた。
「お、おんなじ感じで泥棒さんが入ってきたら、怖いから……」
「あ、あのですね、それは後でご説明しますので、まずは俺の提案、聞いて貰えません?」
「単刀直入に言う。お前らじゃ、あの赤居祐善を擁する『アカガメレーサーズ』には勝てねぇ」
棘野は、誰に「その『提案』とやらを話せ」と言われる前に、話し出した。
「一条ソウ、あんたは速いって噂になってるが、Dリーグは独りじゃ勝てねぇ。だから、俺達と組もうぜって話だよ」
聞き覚えのある話だ、とニナは思った。
リーグ戦は、上位2チームが上のリーグに勝ち上がれる。2チームが結託して協力し合い、強いチームを潰し、2チームとも勝ち上がる。
ルール上は当然、結託は禁止されている。しかし、バレないように結託しているチームはゴロゴロいる、という噂を、ニナは聞いたことがあった。
「一緒に、アカガメを潰そうぜ」
ソウは、一旦テーブルの上に置いたスマホに、手を伸ばす。
「ちょっと待って! 通報はやめて! 無言で通報しようとしないで!」
慌てふためく棘野。
「提案が、くだらなさすぎる」
ソウは、苦々しげに言った。
「聞いたことある。『ニードルズ』ってのは、『アカガメレーサーズ』と一緒にD-2リーグから落っこちてきたチームだ」
ソウは続ける。
「赤居がケガで抜けてた『アカガメ』と違って、単純に力不足。自分たちの力不足を、人の力で埋め合わせようとするなよ」
棘野の眉がヒクッと動いた。
「あれ? まさか、あんたら、俺らより強いと思ってる?」
「少なくとも、あんたらと組むような程度の低いチームは、上位リーグに上がっても恥かくだけだと思ってるよ」
ソウが目一杯の挑発を飛ばすのを見て、ニナはハラハラしてきた。
ソウは普段はいい人だが、必要な時や意地の悪い人間と相対した時には、容赦なく挑発の言葉をぶつける。一触即発の状態になることが多く、ニナは、相手の怒りがいつ爆発するか不安で仕方ない。
「なら、教えてやるよ」
棘野は、ニナ達に背中を向けた。
「『速い』だけのレーサーは、リーグじゃ勝てない。『強い』レーサーが勝つんだ、ってことをな」
「ああ、言っとくが、通報しても無駄だぜ。ウチのバックについてる企業は、『強い』。警察から、無罪釈放して貰うように交渉できる程度には、な」
かっこいい風な台詞を残し、そそくさと換気口へ戻っていく棘野。
「あ、ちょっと待って!」
ニナが慌てて声を掛けるが、構わず棘野は換気口から、どこかへ去っていってしまった。
「どうやって入ってきたのか、教えてよ……」
その晩、いつどこから泥棒が侵入してくるか不安で仕方ないニナは、ソウにも手伝って貰って家中の侵入経路を検討するのに、結構な時間を掛けた。
眠くなって途中で帰った加賀美と違い、最後まで根気強く付き合ってくれたソウ。
ニナはキュンとした……いところだったが、疲れでそれどころではなかった。
お互い疲れで、いい雰囲気にすらなれなかったことを、ニナは数日後にちょっぴり後悔したという。




