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博士ちゃんの研究室訪問

 ある日、レーサーの一条いちじょうソウは、チームメイトの加賀美かがみレイと共に郊外を歩いていた。


 目的は、チームリーダー・望見のぞみニナの研究室ラボを訪れることだ。


「地図によると、この辺のはずだけど」

 スマホの画面をまじまじと見つめながら、加賀美が言う。

「地図の見間違いじゃないのか?」

 ソウは周辺を見回しながら言う。

 ここは郊外というより、街の外れからさらにもう一歩出た、草原だ。

「いいや、間違いない! だってGPSも使ってんだぜ? きっと、博士ハカセちゃんが送ってきた地図が間違ってんだよ」


 そのときソウは、作業着のポケットに入れたスマホが、振動するのを感じた。ソウはスマホを取り出して画面を見る。

「お、ニナから返信が来てる」


「博士ちゃんから? お前に?」

「さっき送ったんだよ。『もうすぐ着く』って。なになに……? 『出てくから、地図の場所で待ってて』」


 ソウが返信を読み上げた瞬間、目の前の足下にあるマンホールのふたが、ゴトッと音を立てて動いた。


「わあっ!?」

「きゃあ!?」

 驚いた加賀美が声を上げると、マンホールから顔を出しかけた女性が声に驚き、下へ引っ込んでいった。


 もう一度『ゴトト』と音を立てながら、マンホールの中から望見ニナが姿を現した。


「博士ちゃん……そんなとこで、何遊んでんの?」

 遊具で遊んでいる小学生を観察するように、加賀美は生暖かい眼差しでマンホールから出てきたニナを見る。

「あ、遊んでない。ここが出入り口なの」

 そんな加賀美の視線に、ムッとした表情のニナ。

研究室ラボはこの下だから。ついてきて」



 大きめのマンホールと思われた穴から中に入ると、これがちゃんとした出入り口であることがわかった。足はすぐに床に着地して、ニナが手元のスイッチを押すと床が昇降する。下まで降りると、目の前には広い通路が広がっていた。

「地下にあるのか。どうりで外を見渡しても、見つからないわけだ」

 ソウは、細いトンネルのような通路で、ニナの後ろを歩きながら感想を述べる。

「小さなダンジョンみたいだ」

「こ、ここが一番買いやすい土地だったから。大学生だった頃の私でも、バイト代でギリギリ買えた……」


「ちょっと待って!」

 加賀美がニナの発言に仰天する。

「博士ちゃん、『大学生だった』って、もう大学卒業してるの!?」

「え、うん……」

「……飛び級?」

「ち、違うよ。普通に、22で卒業して……」

「22!? 博士ちゃん、17歳くらいにしか見えんが!?」

「そ、そう? ほ、褒めてくれてありがとう」

「いや、普通に二十代には見えねぇ……」


 加賀美の意見を聞きながら、ソウは車椅子を操作して隣を進む、ニナの横顔を見下ろす。

 初めて会ったときよりも明るい表情をしているからか、第一印象よりも幼い顔つきに見える。

 相変わらず目元にくまを作っているが、黒くて大きな瞳に、小柄な体。きめ細かな白い肌は、ソウのこれまで出会った女性の中で一番綺麗と言っても言い過ぎではない。肩まで届くつやのある黒髪は、念入りにとかしたようにまっすぐ整っている。

 そんなニナの造形にはおよそ似つかわしくない、茶色い汚れが沢山ついた白衣。

 白衣の下は、「がんばる!」と大きく書かれたTシャツ。


「そのTシャツ、どこで買ったの?」

 会話が途切れていたので、ソウはとりあえず一番気になったことを尋ねた。

「お、お姉ちゃんのお下がり」

 「キミのお姉ちゃん、どういう人?」という質問が思いついたところで、目の前の大きなスライドドアが自動で開いた。


「ど、どうぞ。着いたよ。私の研究室ラボ


 そこは、ソウが想像したものとはかなり様子が違っていた。

 灰色の壁に設置された棚には、様々な植物が生い茂る植木鉢や、色とりどりの瓶。別の壁際にある大きな本棚には、分厚い本がびっしりと並ぶ。

 パソコンとプリンターが置かれた一部の区画以外は、植物学者の研究室だと言われても違和感がない内装だ。

 天井には天窓があり、暖かな日差しが入ってきている。


「なんというか、思ったよりずっと、あったかい雰囲気だな」

 ソウはそう言いながら、少し安心した気持ちになっていた。


 ――ずっといたら病みそうな部屋を想像したけど、全然違ったな。


「確かに。研究室っていうか、魔女のお部屋みたいだ」

「ま、魔力の研究もするからかな……」

 加賀美の感想に、ニナが応える。

「あ、加賀美くんの機体は奥のガレージだよ。先に見る?」


「じゃあ、機体を見ながら打ち合わせよう」

 ソウが提案した。

「その方が話が早い」


「じゃあ、ガレージに案内するね」

 ニナは車椅子を動かして、大きめの木の扉へ向かう。

 扉をスライドさせて開くと、その奥にガレージが見えた。ソウが立っている位置からでも、二機の機体がガレージに並んでいるのが見える。


「ところでさ」

 加賀美が、あらたまったようにソウに言った。

「なんだ?」

雪野ゆきのは結局、チームに入らなかっただろ? どうするんだ、砲撃手ガンナー


 元・神威カムイ砲撃手ガンナー雪野ゆきのアズサ。

 彼女は 機体に乗って暴走した“雷王”我田がだ荒神こうじんを拘束したあと。

砲撃手ガンナーをしていたのは、我田をマークするためです。これでもう、レースには出ません」

と、ソウに言い放ち、違法賭博レース場を去って行った。


「まあ、とりあえずはオレ達3人で何とかするさ」

 ソウは、断られたことに関しては、特にショックを受けてはいなかった。

 そもそも“闇レース”に出たのはニナの借金のため。雪野や加賀美を勧誘できたこと自体がラッキーな出来事だ。

「ニナの借金はチャラになったし、払いすぎた利息が返ってきたおかげで資金も潤沢。しかも、お前が仲間になった。少なくとも、これで(ディー)リーグに参戦できる要素はすべて揃った」


「ま、俺らには、一条ソウというスーパーレーサーがいるからな」

 加賀美は腕を後ろに回し、気楽そうに言う。

「俺くらいの下手な砲撃手ガンナーでも、ソウなら問題無く勝てる」




「何言ってんだ?」

 そんな加賀美の気楽な気持ちを、ソウはアッサリと砕いた。

「最初のレースは、お前が運転手ドライバーで出るんだよ」




「は!?」

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