サンダー攻略法
我田と雪野がゴール後、機体を降りると、観客席はまさに“お祭り状態”だった。
「“雷王”が負けるなんて聞いてねぇぞ! 掛け金返せ!」
「もうおしまいだ! 俺はお前に三百万も賭けちまったんだぞ!?」
我田の姿を見つけて、詰め寄る観客達。
我田は、大きな体躯で観客を押しのけながら、1位の機体へ向かう。
“闇レース”で初めて“雷王”我田を破った男は、ゆっくりとコクピットから降りてきたところだった。
「おい! お前!」
我田は、低い声を荒げながら、一条ソウに迫る。
傍にいた車椅子の女が怯える素振りを見せたが、気にせず我田は、一条に訊いた。
「お前は……“神威”なのか?」
一条は、口をつぐむ。その意図は、我田には理解できなかった。
「……いや、いい。お前が何者だろうと、重要なのは俺に勝ったことだ」
我田は、悔しさに歯を噛みしめる。
「教えろ。なぜお前に“雷撃”は通じなかった?」
この男の機体が“雷撃”で破壊できてさえいれば、負ける事は無かった。
そう考えるからこそ、我田は知りたかった。自分を負かしたのは、“雷撃”を凌いだのは……圧倒的な操作技術なのか? それとも、狡猾な策略なのか?
「当たってない」
一条は、冷淡に答えた。
「回避したのか? どうやって? 俺の“雷撃”は機体に直接、雷を落とすんだぞ?」
「だぁー、クソ!」
我田と一条のいるところへ、加賀美レイがズカズカと歩いてきた。
「せっっっかく、機体が再始動したってのに! また“時間切れ”のリタイアになっちまった!」
「……何?」
加賀美の言葉に、我田は首を傾げた。
「お前は、俺の“雷撃”を喰らって、墜落したはずだ。なぜ、また動けた?」
「サンダー? 何の話?」
加賀美も首を傾げるが、すぐに何かに気付いたようで、「ああ!」と言って手を打った。
「俺の“赤い追跡者”、“雷撃”で撃ち落とされたのか!」
「ん? けど、俺の機体に雷なんて、落ちてないぞ? なんで?」
「加賀美の機体、途中から煙上げてたけど、どうしたんだ?」
疑問を解決できず腕を組んだ加賀美に向かい、一条は尋ねた。遠くに置かれた、外部装甲の隙間からまだ少し煙を漏らしている、加賀美の機体を指差しながら。
「ああ、あれね。赤い追跡者を撃った直後に、砲身が爆発したんだ。連戦のせいで、機体が整備不良だったんかねぇ」
加賀美が返答する。
「ありゃ参った、死ぬかと思ったよ」
「その時点で機体を停めたのか」
「ああ。エンジンに引火したら死ぬと思ってな。速攻でエンジン切って不時着よ」
「待て。話が見えねぇ」
我田が二人の会話に口を挟む。
「それで、なんで“雷撃”がお前らには当たってないんだ?」
「なんだ。自分で使ってるのに、知らないのか? “雷撃”の仕様」
「仕様?」
我田は聞き返す。
「コース内の敵機に、雷を落とす。それが“雷撃”だ」
「それは“概要”だろ。今言ったのは、何を敵機とみなして雷を落とすか? っていう、“仕様”の話だ」
「何を、敵機とみなすか?」
「ああ」
武装の仕組みは、レーサーには専門外だ。そう思って、我田は“雷撃”の仕様にまで気を回したことが無かった。
邪魔者は、全て一掃してくれる。それが“雷撃”なのだ、と解釈していた。
「直前のレースを見て、“雷撃”の仕様はすぐわかった。その時も、加賀美の視点では雷が落ちてなかったからな」
そう言って、一条は加賀美の肩に軽く手を置く。
「会場でレーダーも見れたから、落ちてない理由もすぐにわかった。加賀美の位置は『レーダーに表示されていなかった』」
「そ、そうだったの? 俺の機体、レーダーにいなかったの?」
と、加賀美。
「レース中、ずっと修理しててエンジン切ってたから……そもそも俺が見れなかったんだよな、レーダー」
「ま、まさか……」
我田は、ここで一条の言わんとしていることに気付いた。
「“雷撃”は、『レーダーに表示された機体にしか雷を落とさない』のか?」
「そういうこと」
一条は、理解し始めた我田を見て、若干の嬉しさに口元を緩める。
「魔力レーダーっていうのは、反重力エンジンを動かす時や強力な武装が放つ、『大きな魔力を感知してコースマップに表示させる装置』だ。歩いてる人間やモンスター程度が発する、小さな魔力は検知しない。だから機体や魔法攻撃以外の位置はレーダーに表示されない」
「そうか……いや、だが説明がつかねぇ! お前はずっと走っていた!」
そう言って、我田は加賀美を指差す。
「そっちの男のように、遅れを取るはずだ! エンジンを止めたら!」
「止めるのは、一瞬だけでいい」
一条は、当たり前のことだ、という様子で言った。
「雷が落ちる直前の一瞬だけ、エンジンを止めて魔力を消す。それでレーダーは機体を見失う。機体に雷は落ちない」
「そ、そんなことが……」
「エンジンを止めてたのは、0.2秒くらいだよ。だから、遅れを取るほどの減速はしなかった」
走行中にエンジンを止める。
我田は、このアイデアを聞き「なるほど」と思った。
この方法に気付けば、これまで倒してきたレーサー達も“雷撃”を回避し得たのか、と。
だがこれは、実際にやったことが無い者の、浅はかな感想と言わざるを得ない。
時速200km近い速度で走る中、機体のエンジンを止める。
その際の危険性は、通常の自動車の運転時と変わらない。
エンジンを止めている間は、アクセルのみならずブレーキもハンドル操作の制御も失う、想像を絶する危険な状態になる。
普通のレーサーであれば、直線を走行中で、エンジンを止めたのが一瞬だけであったとしても、衝突大破する可能性が極めて高い。
文字通りの、自殺行為。
それを回避の技術として運用し、さらにはほとんど減速せずに走行を続行することなど、一条ソウのような常軌を逸した操縦能力の持ち主にしか為し得ない。
この尋常でない操縦技術は昔、伝説のレーサー“神威”が実践した際。
<消失>。
そう、名付けられた。
「ただ、あんたが負けたのは“雷撃”が不発に終わったからじゃない」
一条は、一言釘を刺しておく、と言わんばかりに、我田を睨んだ。
「敗因は、あんたが臆病だったからだよ」
「……何が言いたい?」
我田は問い返す。
一条の言葉に、若干の心当たりを感じながら。
「あんたは、堅実に走った。“雷撃”という必殺技の仕様にこそ気付かなかったものの、威力に溺れるわけでもなく、ちゃんと自身の速さを大事にしていた。オレの昇日の曲線も、決定的な差にはならなかった」
そう言って、一条は、指を差した。
我田の大きな体の、その後ろに控えている、砲撃手の女に。
「それだけ優秀な砲撃手を隣に乗せといて、最後の最後に失敗を恐れてチャチな仕掛けに頼ったことが、あんたの負けを決めたんだ」
確かに、我田は日和った。
砲撃手・雪野の実力を知りながらも、外れた時のリスクを恐れるあまり、“逃げ”の選択をした。
選択の瞬間は、「より確実に」と自身を説得した。だが、心の奥底では気付いていた。
不意打ちとはいえ緩慢な動きの“動く壁”より、雪野のライフルから放たれる高速射撃の方が、回避は明らかに困難。
臆病風に吹かれ、砲撃手への信頼を忘れたこと。
それが真の敗因だと、本当は言われなくとも、我田は痛感していた。
「正直、最後が“動く壁”じゃなく“迎撃”だったら、オレが1位でゴールできる可能性は五分五分だった。少なくとも、無傷でのゴールは無理だった」
「えっ!? い、一条くんでも、完全に回避はできなかったの!?」
一条の言葉に、傍にいた車椅子の女が目を丸くする。
「そりゃそうさ。雪野は、普通の砲撃手じゃない」
一条は、車椅子の女の方を振り向いて、応える。
横目では、雪野を見たままで。
「だろ? “神威”の元・砲撃手、雪野アズサ」
ずっと無表情だった雪野は、少し不機嫌そうに眉を曲げた。




