“打開”の予感
スタートラインには、6機の機体が横一列に並んだ。
「本当にいいんですか? 降りて待っててもいいんですよ」
ソウは、ニナに再度、確認をした。
「お、降りるわけないだろっ!」
ニナは、強気な態度を見せる。
「わ、私の借金のためにレースをするのに、私が乗らないなんて、あるわけないよ!」
だが、必死の強がりであることは、ソウから見て明らかだった。
「ちょっと! まだオーケー出してないでしょ!」
公共通信のスピーカーから突然、男の声が聞こえた。
「まだスタートラインに運ばないで、加賀美さん!」
ソウ達ではなく、他のレーサーへ向けられた言葉のようだ。
ソウはバックミラーを覗く。ソウ達の機体の背後に、進み出てくる機体の姿があった。カラフルな金属板を全体に貼り付けたような、何とも不格好な機体だ。
「さっきのレースは、序盤で故障しちまって! ずっと直してたんだ!」
スピーカーから今度は、レーサーと思われる男の声が発せられる。
「今は調子がいい、やらせてくれ!」
「7機目はカメラが設置できないんだ、次のレースにしろ!」
「けど、次は“雷王”が出ないんだろ? 俺は“雷王”と走りたくてここに来たんだ!」
「うるせぇ、我慢しろ! 毎回ビリのくせに、機体だけはしぶとく生き残りやがって!」
「そんな言い方なくない!? さっきのレースも、機体降りてる時にモンスターに襲われたり、工具取りに数キロ走ったりで大変だったんだぜ!?」
「知るかよ! レーサーやめてマラソン選手にでもなったらどうだ!」
「断る! 俺はレーサーとして大成するんだ!」
係員と思われる男とレーサーが、延々と言い争っている。
「き、機体に乗ってなかったから、“雷撃”の時に見逃して貰えたんだね」
話を聞いて、ニナが感想を漏らす。
「せっかく助かったのに、またレースしたいの……?」
「走らせてやれ」
二人の会話に割り込んで、“雷王”我田荒神の低い声がスピーカーから聞こえる。
「カメラは無しでいい。上位に来れば、機体の姿は嫌でも俺のカメラに映る。興業レースは犠牲者が多い方がいい」
「そ、それはそうですが……」
「早くレースを始めろ。俺の怒りが、限界を超える前に」
「か、加賀美さん! どこでもいいからスタート位置を決めろ!」
係員は、慌てて加賀美というレーサーに指示を出す。
「よっしゃ、任せろ!」
加賀美は、ソウ達の真後ろに機体の位置を調整した。ここからスタートするつもりのようだ。
「レーサーの皆様、大変お待たせしました。第6レースを開始します。本レースは、先ほど機体の不調でリタイアした加賀美レイも加え、7機でレースをおこないます。各機、発車の準備をしてください」
スピーカーからアナウンスが聞こえる。このあたりは公式レースと同じらしい。
――ようやくレースか。
ソウはエンジンを始動し、ハンドルを握る。
――“雷撃”は間違いなく攻略できる。他の懸念材料は……
「あ、言い忘れてた!」
スタート合図の直前、ニナが慌てて言い添える。
「き、機体が運転者から吸う魔力の一部を、助手席の人が肩代わりする機能をつけたんだ。ほんのちょっとだけど……だから、疲労は前よりちょっとだけ楽かも!」
「えっ? 望見さんの方は大丈夫ですか? 魔力を吸われて――」
「だ、大丈夫! 気にせず運転して!」
レース開始のカウントダウンが始まった。
スタートライン脇の赤信号が点滅を始める。
――いや、そう言われても気になるんだが!?
信号が青に変わり、レースの開始を告げた。
“雷王”我田を含め、5機が勢いよくコース奥へ突進していく。
ソウ達の機体、そして、その後ろにいる加賀美の機体は、少し遅れて続く。
ソウは、自身の疲労感に気を配りながら、アクセルをゆっくりと踏み込んでいく。
今回の課題の1つは、機体の魔力吸収のリスク対処だ。アクセルを踏み込んだ分だけ、機体がソウとニナから吸収する魔力が増える。ニナも心配だが、そもそも自分がゴール前でへたばってはいけない。
――完璧なペース配分は難しい。序盤は抑え気味に走って、確実に体が保つスピードを模索していくしかないな。
ソウは、魔力レーダーで前を走る機体達の点を観察しながら、離されない程度の速度で走る。
――罠や仕掛けがあれば、こいつらのマーカーが不穏な動きをするはずだ。
今回は周回しないタイプのコースで、スタートとゴールの位置が異なる。そして、ソウ達が実際のコースを確認できたのは、前のレースでモニター越しに見た、終盤5分程度。
つまり、コースのほとんどをソウは知らない。
――機体が壊れるのを期待するような観客が見るレースだ。罠や妨害がどれだけあっても、おかしくない。
ソウには、どんな罠でも視覚と魔力感知で回避する自信がある。
だが事前にわかっていれば、危険を回避だけでなく利用できる場合もある。
――!? 前の機体が急に減速したな。
ソウはハンドルを切り、前の機体を回り込んで抜かした。
――被弾? だが“迎撃”や“妨害”の魔力は無かった。
前方は、開けた空間になっている。
さっきの機体が減速した理由を、ソウは理解した。
――前方が、壁!?
レーダーが示しているはずのコースは、真っ暗な壁で塞がれていた。
ソウより前の機体達は、コース通りに進行している。この壁は最初からあったのではなく、途中で閉まったのだ。
ソウは急いでハンドルを切り、急旋回する。
「ひゃあっ!」
機体が大きく揺れて、ニナが小さな悲鳴を上げる。
――完全に塞いだらレースにならない。別の道はどこだ?
ソウは、辺りを見回す。
――あった! あそこから行けってことか。
右下隅に、小さな穴が開いている。ソウは機体をさらに旋回させ、穴へ向かう。
「松葉杖の小僧。あれだけ威勢の良いことを言っておいて、最初は“様子見”か?」
公共通信から、“雷王”我田の声。
ソウは聞き流しながら、小さな穴をくぐってコースの別ルートに入る。
後続の機体も、ガンガンと穴のフチに外部装甲をぶつけながら入ってくる。
「お前の考えが甘いことを、教えてやろう」
別ルートはレーダーにマップが表示されず、ソウ達の機体のマーカーはマップの外を移動している。
――あくまで興業だ。勝負にならないほど遠回りではないだろうが……
考えていると、ソウは沢山の、小さな魔力の動きを感じた。
レーダーは反応しないくらいの、小さな魔力。だが、無数に感じる。
――これは、まさか……?
近づいてきた魔力が、ソウ達の機体めがけて飛び出してきた。
四つ足を持ち、大型犬程度のサイズ。しかし、体表を鱗に覆われた、異形の怪物。
――モンスターか……!
ダンジョンの攻略に伴い、そのほとんどが討伐された“モンスター”。だが、一部は鹵獲され、実験やペットに利用されている。
「ウチで飼ってるペット達だ。外部装甲を食い千切るくらいには、獰猛だぞ? カッハッハ!」
スピーカーの向こうで、我田が嘲笑する。
「き、機体が食べられちゃうぅっ!」
何匹も飛び出してきた異形の怪物達を見て、ニナは怯えた声を上げる。
「罠としては、悪くないですね」
ソウは、悠長にコメントをしながら、飛びついてくるモンスター達を引きつけつつ、スイスイと回避する。
「さ、最悪だよっ! コースも遠回りだろうしっ!」
「大丈夫」
不安げなニナと対照的に、ソウはこのハプニングを好機と捉えた。
「こいつらがいれば、“打開”できます」
<“闇レース” 第6回 現在順位(括弧内は賭け倍率)>
1位 “雷王”我田荒神(1.01倍)
2位 ボブ・リック(21.56倍)
3位 村道みのり(20.42倍)
4位 坂泰治(22.43倍)
5位 一条ソウ(15.62倍)
6位 加賀美レイ(27.62倍)
7位 トンファー葛西(22.43倍)




