サンダー
太刀宮陽太。
レーサー事務所「Monsters」所属チーム・Rokumaのメンバーの一人。
D-3開幕前エキシビジョンレースで2位の成績を収める。
友人からの誘いを受け、違法賭博“闇レース”に参戦。
――偶然でも、“あの”赤居祐善に勝てたんだ。今日もイケるかと思ったが……
太刀宮は、“闇レース”でも好成績を残してきた。1位を2回取り、修理調整はおろかレース前後の整備も許されない“闇レース”において、機体の大幅な破損をすることなく4レースを走り抜いた。
そして、ここまで大破せず「生き残った」機体を相手に“雷王”我田荒神が走る、目玉イベントの第5レース。
――このレース、上位2人が速すぎる!
第5レース後半戦。現在、太刀宮は3位。しかし、彼より上位の2人は、もうゴール目前まで迫っていた。
2位が“雷王”、そして、1位はD-1出場チームのレーサー、ビリー緑剛。
「今日は砲撃手も配信も無しで、良かったぜ」
太刀宮は、機体を走らせながら独り言を呟いた。
相棒と事務所からは“闇レース”参加に反対され、配信機器の持ち出しも許可が下りなかった。それでも力試しをしたかった太刀宮は、事務所に内緒で個人参加を決意した。
「D-1レーサーは、さすがに格が違う。オレが恥をかくところだった」
D-1レーサーが相手だろうと勝てる、と意気込んで臨んだ第5レース。しかし、太刀宮は既に1位を取ることを諦めていた。
太刀宮は、魔力レーダーを見る。
レーダーには、各レーサーが現在どこを走っているかが、コースマップ内に光る点で表示されている。上位2人は、ヘアピンカーブを猛スピードで進んでいく。
――2人とも、ドリフトを完璧に使いこなしてるな。
機体を滑らせながらコーナリングをする“ドリフト”は、反重力エンジンでも可能だ。しかし、難易度が非常に高く、安定したドリフトを発動できるレーサーはD-2以上でも少ない。太刀宮も、ドリフトは練習場でしか成功したことがない。
そのドリフトを、“雷王”とD-1レーサー・ビリーは全てのコーナーでキメている。
――ビリーと倍率が違いすぎるのに不満しか無かったが……この差を見せつけられたら、納得するしかない!
魔力レーダーを見る。太刀宮の後方で、一気に追い上げてくるマーカーを見つけた。
――“大加速”か。せめて3位になろうって魂胆か?
太刀宮は自動照準で後方に2発の“迎撃”を発射。
バックミラーを見ると、2つの魔力弾は狭いコース内を何度も反射し、追い上げる4位に襲いかかっている。
1発がフロントに命中。フロントガラスにヒビが入った機体は、減速してバックミラーの視界から消えた。
「はぁ~、こんな狭いコースで整備無しだもんなぁ。ここまで生き残れただけでもラッキーなんだよなぁ」
話し相手がいない太刀宮は、また独り言を漏らす。
「悪く思うなよ、4位クン」
太刀宮は内心、安堵していた。
噂の“雷王”とのレースも、ここまでくれば自機は大破無く終われそうだ。勝てなかったのは残念だが、相手が“雷王”とD-1レーサーなら、自分の格は落ちない。
「っていうか、これひょっとして“雷王”ってやつ、負ける? “闇レース”の配信とか見たことないけど、ひょっとしてオレ、“雷王”が負ける歴史的瞬間に遭遇しようとしてる?」
ゴキゲンな太刀宮は、ブツブツ呟きながら、暗闇の中、細道のコースを注意深く走っていた。
「あぁ、あぁ……諸君」
突如、公共通信のスピーカーから声が聞こえた。
太刀宮は、この声をレース前に聞いた覚えがあった。
“雷王”我田荒神だ。
「このままゴールできると思ったか? 残念だったな、“闇レース”を最後まで走りきった奴は、俺以外に存在しなかった」
――今から、攻撃してくるのか!?
太刀宮は、魔力レーダーを見る。
“雷王”の機体はコースを進み続けている。停まって他機体に攻撃を加えるような素振りは無い。
1位は、相変わらず“雷王”の前を走っている。
「そして、このレースも例外ではない」
――何をするつもりだ?
太刀宮は、緊張する。
そして、記憶を巡らせる。
コース上の離れた相手に攻撃する方法は、あるか?
――……いや、無理だ。こんな遠隔の敵を攻撃する方法なんて、無い!
「くたばれ。“雷撃”」
魔力レーダーに映る、“雷王”を除く全機体のマーカーの上で、強い魔力反応を示す明滅。
直後に、凄まじい衝撃が太刀宮を襲った。
――え?
機体の制御が一気に利かなくなる。
その後で。
轟音が、彼の耳をつんざいた。
――音が遅れて……この感じ、覚えがある。
制御を失った機体が、コース端の魔力壁に激突。
エアバッグの作動で身じろぎもできなくなった太刀宮。
――“雷”だ。
特殊武装<雷撃>(公式レースでは前年より使用禁止)。
レーダーでロックオンした敵車すべてに、魔力で雷を落とす。
その威力は“迎撃”を遙かに凌駕し、直撃を喰らった機体は例外なく大破・リタイアとなる。
――なんだよ、これ……
太刀宮は動かなくなった機体の中で、呆然としていた。
かろうじて動いている魔力レーダーに表示されたマーカーは、まだコース上を走っている“雷王”我田荒神の機体のみ。
レーダーは、機体の反重力エンジンを動かす魔力を検知して、マーカーを表示する。
マーカーが消えたということは、すなわち、反重力エンジンが止まったことを意味する。
――雷なんて、避けようがないだろ……
<“闇レース” 第5回 レース結果>
1位:“雷王”我田荒神
リタイア(機体破損):ビリー緑剛
リタイア(機体破損):太刀宮陽太
リタイア(機体破損):ジョドロク・ビドリー
リタイア(機体破損):ロイ・エリク
リタイア(時間切れ):加賀美レイ




