賭博レース場
「お、お願い……“闇レース”だけは……」
病室へ押しかけてきた3人の男達を前に、ニナは怯えて唇を震わせる。
「あ? 約束も守れねぇ女が、何ワガママ言ってんだよ」
3人の先頭に立ち、ニナを見下ろす男が言う。かなり乱暴な口ぶりだ。顎に大きな切り傷があるのも、普通の大人とは違うことを感じさせる。
「何も、理不尽なことは言っちゃいねぇ。レースに出て、勝ちゃあ賞金が手に入る。その賞金で借金を返せって話だ」
「で、でも、そのレースは……」
「あぁ? じゃあ、他のレースに出れるのか? Dリーグ以外は、参加費がいるってのに?」
「そ、そのDリーグで、勝つから……」
「遅ぇんだよ!」
「ひ……ひぅっ」
怒鳴られたニナは、肩をすぼめて縮こまってしまった。涙目で震えている。
「賞金が入るのは最速で、D-3が終わった来月だろ? そもそも、てめぇのポンコツカートで入賞できるわけねぇだろうが」
「そ、そんなこと……」
「今すぐ“闇レース”に出るか、それとも体を売るか。好きな方を選べ」
「う、うぅ……」
「いいぜ」
話を聞いていたソウが、口を挟んだ。
「えっ!?」
「あ? なんだてめぇ」
ニナと顎傷の男が反応する。顎傷の男の背後に控えている2人の大男も、ソウを睨んだ。
「その子の機体に乗るレーサーはオレだ。オレがその“闇レース”に出て、賞金を稼げばいいんだろ?」
“闇レース”の詳細を、ソウは知らない。だが、それに類する怪しげなレースの存在は、10年前の現役時代から聞いたことはあった。
いわゆる、“違法賭博”のレースが、昔から“闇のレース”などと暗喩をされていた。
「だ、ダメだよ! “闇レース”は危険な――」
「おいバカ女! 黙ってろ!」
「ひっ……」
ニナを怒鳴りつけ、顎傷の男はソウをにやついた顔で見下ろす。
「おい、兄ちゃん。見たところ病人みてぇだが、レースに手加減は無ぇぜ?」
「心配してくれてありがたいが、寝不足で寝てただけだ。今は元気いっぱいだよ」
ソウは、物怖じせず顎傷の男を睨み返す。
「一番速い奴と走らせてくれよ。そいつに勝った賞金が、一番高いんだろ?」
「調子に乗るなよ。うちのボスは、てめぇじゃ絶対に勝てねぇ」
「じゃ、そいつに勝ったら賞金だけじゃなくて、謝罪してくれるか?」
「あ?」
顎傷の男が、眉を潜めてソウを威圧した。
「オレの雇い主に暴言吐いたことをだよ。自分が何言ったかの記憶も無いのか?」
ソウは動じなかった。
「……勝手にしろ。その条件なら、俺が謝罪する機会は一生無いだろうがな」
話はトントン拍子に進んだ。
病院を出たあとはニナのガレージへ向かい、男達が用意した車に機体を乗せた。男達は車の運転に加えて、ニナが機体に搭乗する手伝いまで請け負った。
「あんなナリしてても、レースとなると紳士な対応してくれますね」
ニナと一緒に機体に乗り、機体ごと車で運ばれる最中のこと。ソウが、ニナに話しかけた。
コクピットから、顎傷の男が着るアロハシャツの背中が見える。だが、話し声は全て厚いコクピットドアに阻まれ、外には聞こえない。
「“闇レース”に出る“生け贄”だからだよ……」
ニナは、青白い顔で唇を震わせた。
「“闇レース”はマトモなレースじゃなくて、“見世物”なの。あの人達のボスが、レーサー達を蹂躙するショーなの」
「『マトモなレースじゃない』ってことは、『マトモじゃないけど、レースではある』ってことですか?」
「……途中までは、普通のレース。賭博レースだけどね……賭博は違法だけど、レース自体は配信もされてる」
「賭博以外はマトモそうですね」
「でも、レースを勝ち上がると、最後はボス……“雷王”とのレースになってしまう」
「“雷王”?」
「“雷王”は……速いとか、そういうレベルじゃないの。絶対に勝てない。だから賞金は貰えないし、それどころか機体を……」
「でも、レースではあるんですね?」
「び、病院にいるとき、大声で助けを呼べばよかったんだ!」
ニナは、瞳を涙で潤ませながら叫んだ。
「病院の中なら助けが来てくれたかもしれない。でも、私、怖くて声が出せなくて……もう、今は逃げられないよ……」
最初は大きかった叫び声が、徐々に勢いをなくし、小さな掠れた声になっていく。
「病院で叫んでも、助けは来ませんでしたよ」
ソウは言う。
「え……?」
「病室で顎傷野郎が大声出しても、誰も病室にやってこなかった。あの声のデカさなら、近くの病室やナースステーションにも聞こえてたはずなのに。……つまりこいつらのバックにいる組織は、病院が目を瞑るほどの影響力があるってこと。オレ達が叫んでも、無視されてたでしょうね」
「そ、そんな……」
「それに、仮にあの場を逃げられたとしても、問題を先延ばしにしただけ。大事なリーグ戦の前なんだから、借金なんてさっさと返しちゃいましょう」
「か、簡単に言うけどさ……」
「で、もう一度、確認で聞きますけど」
「“雷王”って奴と戦う時も、“レース”ではあるんですね?」
「う、うん……」
「なら、大丈夫ですよ」
不安げなニナに、ソウは笑顔で返した。
「何されようが、オレは避けます」
話し終わる頃、車は、地下の違法賭博“闇レース”会場へと到着した。
<“闇レース” 第5回(現在レース中)順位表(括弧内は賭け倍率)>
1位:ビリー緑剛(10.06倍)
2位:“雷王”我田荒神(1.01倍)
3位:太刀宮陽太(20.42倍)
4位:ジョドロク・ビドリー(22.43倍)
5位:ロイ・エリク(21.56倍)
6位:加賀美レイ(27.62倍)




