闇レースのお誘い
一条ソウが目覚めると、見覚えのない部屋のベッドにいた。
辺りを見回す。
病室だ。
左手側は窓になっていて、外の景色が見える。
だが、見覚えのある景色ではない。
ベッドの周囲はカーテンがあるが、半分開いている。その隙間から見える他のベッドには、患者がいる様子は無い。喋っている人もおらず、とても静か。
――何が起きたんだった?
ソウは、記憶を辿る。
D-3のエキシビジョンが終わって、機体から降りたところまでは覚えている。
だが、そのあとの記憶が無い。
――さて、どうしようか。
ソウが思考を巡らせていると、カーテンの隙間から、車椅子の女性が顔を覗かせた。
望見ニナ。
相変わらず目元に隈があるが、レース場の時よりは元気そうに見える。レースの疲労から回復したからだろうか。
「あっ!」
彼女はソウの顔を見るとぱあっと表情が明るくなった。
「おっ、起きてる!」
「何があったんでしたっけ?」
ソウは、単刀直入に質問した。
「レースが終わってから、記憶が無くて」
「えっと、レースの疲労で倒れたんだよ」
ニナは、下を向いて肩を落とす。
「今回は、命に別状は無いみたい」
「《《今回は》》?」
ニナの言い方に、ソウは疑問を返す。
「わ、私の機体のせいなんだ!」
ニナは、慌てて顔を上げた。
「昨日から負担を減らす調整をしてるから、次のレースではこんなことは無いように……いや、でも、乗りたくないなら無理に乗れとは言わないからっ……!」
「ちょっと待って、順番に説明してくださいよ」
ソウは、焦って喋るニナを制する。
「10年ぶりのレースだから、疲労くらいありますよ。『私の機体のせい』って、どういう意味です?」
「……普通、こんなに疲労することはないんだ」
ニナは、あらたまって話を始めた。
「こんな、丸二日も気を失うほどの疲労は……」
「丸二日も寝てたの、オレ!?」
ニナの話す事実に、ソウは驚愕した。寝ていたのは半日くらいだろうと、勝手に想像していたからだ。
「そ、そうなの! 理由は私の機体にあって、走るときに運転者から吸収する魔力が、普通の機体より大きめになってたの!」
“機体による魔力の吸収”は、どの機体にも起こる現象だ。
シートから運転者の魔力を吸収し、機体の性能を上げる。魔力で反重力エンジンを動かすDレーシングの機体では基本的な動作だ。
「安全テストにはギリギリ合格するラインだったんだけど、一条さんは元々、魔力吸収に弱い体なのか……だからいま、砲撃手席の人からも魔力を吸収することで、運転者の負担を減らす改造をしてるところなんだけど……いかんせん、資金がですね……」
「……パーツを買う金が、無いと?」
恥ずかしそうにはにかむニナに、ソウは尋ねた。
「そ、そうですね……アルバイトで稼ぐまでは、負担軽減は難しいかと……」
ニナが答える。
しかし、自分が魔力吸収に弱いなんて、初めて聞いたな、とソウは思った。
――昔はそんなことを言われたことはないが……足をケガして、体の魔力構成が変わったのかな?
「望見ニナ!」
突然、病室の扉がバン! と開く音がして、バタバタと複数の足音が聞こえた。
静かな病室に、急に喧噪が訪れる。
「えっ!?」
ニナは扉の方を振り向くと、みるみるうちに顔が青ざめていった。
扉の方はカーテンで見えないソウには、何が起こっているのかわからない。
「てめぇ! こんなところにいやがったのか!」
男の乱暴な雰囲気の声。
「ど……どうしてここが……」
怯えて震えるニナの、消え入るような声。
「ようやく見つけたぞ! 機体開発費の借金、今日こそ返してもらう! “闇レース”に出ることでなぁ!」




