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7 2台目のテレ

7 2台目のテレビ


 毎週、土・日は極楽が続いていたが、そのうちキミコさんがぼくのテレビを観る時の突発的な笑いが気になると言い始めた。たまにしかリビングルームに来ないチカも「ゴツキモ(ゴツクキモイの略らしい)」と同意した。平日にジロウさんとノーマル速度のテレビを観て、ジロウさんと一緒に笑う声は気になっていなかったのにだ。ぼくはできるだけ小さな声で笑うように努めたが、それでも子供なのだから毎回抑えることができるわけではなかった。ぼくだってふいに大声を出して笑ってしまうことだってあるんだ。笑い声まで口に挟まないでよ。

 気になりだすと勝手なもので、キミコさんはぼくに対して「たまには外で遊んだら」とか「友だちと約束はないの?」とか言って、ぼくを家から追い出そうとする。ぼくはキミコさんにそう言われるのが嫌なので、極力笑わないように努力した。我慢しているぼくから突発的に出てくる笑い声は、前にも増して不快でありかつ不気味らしい。

 ぼくは家族に気兼ねしなくてもいいように、自分の部屋で『スピー』を観ようと思うようになったが、自分の部屋にはテレビがない。ぼくはジロウさんにテレビを作ってと再度頼んだが、そんな時間はないと断られた。相変わらずジロウさんはテレビを観ているばかりなのだから、時間がないとは到底思えないのだが、ビデオデッキの時とは違って、テレビ製作にはまったく関心が向かないようだった。ジロウさんは寝転んでテレビを観ながら、「本当にテレビが欲しいなら、店屋でテレビを買ったらいいじゃないか」と言った。

 一家にテレビが二台あっても許されるのだろうか? テレビが二台あったら、我家は崩壊していくのではないかと心配になったが、テレビが二台も三台もある友だちの家族が崩壊した話は未だ聞いたことがない。待てよ、リカコちゃんのお母さんとお父さんが別れたのは、テレビが二台あったせいなのかな? そんなバカな。

 ジロウさんがテレビを買ってくれるのかと思ったら、自分の小遣いで買うように言われたので、ぼくはおばあちゃんとおじいちゃんからもらったお年玉(おじいちゃんからはおばあちゃんに内緒だと言って、こそっと渡された)を貯めておいたゆうちょ銀行から下ろして、前回の「ハードオフ」にジロウさんと一緒に行って、19インチのテレビを2,800円で買った。これまでリビングルームで観ていた50インチのテレビから比べると19インチのテレビサイズはあまりに小さかったので、傍に5,000円で32インチのテレビがあったので、ぼくは32インチの方がいいと強く主張したのだけれど、ジロウさんにこんなに大きかったら自分の部屋で距離を保って観られないだろうと言われた。ぼくはすぐ近くで観ることができると言ったが、それでは目が悪くなるからと19インチになった。ジロウさんが「32インチを買って帰ったら、きっとキミコさんが怒って、返して来なさいと言うよ」と脅してきた。この一言でぼくの抵抗は終わった。それにぼくがあまりごねたら19インチのテレビだって買ってもらえないかもしれないので、ここはこの程度で引き下がることにした。駆け引きは大事だよね。

 ぼくは一人で19インチのテレビと高速ビデオデッキの『スピー』を自分の部屋に運んでいった。配線をしてくれるようにジロウさんに頼んだのだけど、そのくらい自分一人でできるだろうと突っぱねられたので、仕方がないのでなんとか一人でやった。ぼくは理系の頭ではなく、文系の頭なので、こうした配線や工作は苦手だ。でも、配線は別に理系や文系の違いはないのかもしれない。ただ親に甘えているだけなのだろう。そのくらいわかっています。

 ぼくは、平日に自室で一人でテレビを観ることが可能になったのだから、平日にノーマル速度で自分の好きなテレビ番組を観ればそれですべてが解決したことになる。だから、土日に10倍速で録画したものを観なくてもよくなったはずなのだが、平日は親孝行のために、これまでと同様に、ソファの上でジロウさんと一緒に寝転がってテレビを観て過ごすことにした。テレビが二台になったことで、家が不幸になってはいけないからだ。でも本当は、ただジロウさんやキミコさんと同じ空間にいたかっただけかもしれない。やっぱり子供だね、と笑わば笑え。やっぱりぼくは子供なのだ。少し甘えっ子かもしれないけれど。

 観たいテレビ番組は、土日に10倍速で思う存分、誰に気兼ねすることもなく、自分の部屋で楽しむことができるようになったから、今まで以上に極楽だ。

 ぼくが自室で高速再生してビデオを観始めたら、すぐに隣室のチカがノックもせずにバーンと入って来て「音がうるさい」と一言怒鳴って出て行った。ぼくはリビングルームにいた時のように片耳のイヤフォンをする羽目になった。別に片耳イヤホンが嫌いなわけじゃないが、せっかく自分の部屋でテレビを観ることができるようになったんだから、イヤフォンを外して解放感に浸りたいと思うのも自然なことじゃないか。でも、一瞬でもそれを味わったのだから、もうぼくの気はすんだことにしよう。ぼくには片耳イヤフォンで、自分の世界に閉じ籠るのが運命のようだ。運命を受け入れることにしよう。少し大げさかな・・・。

 翌週の土曜日に、チカが部屋にやってきて「変な笑い声やめてくれる」と文句を言ってきた。自覚はなかったが、自室に入った解放感で、ぼくは高速ビデオを観て、部屋の外に漏れるくらい大きな声で笑っているらしい。「笑うくらいぼくの自由だろ」と反抗的に言ったら、チカが黙ってぼくの頭を右腕でヘッドロックをして力一杯締めてきた。ぐりぐりと締めつけてくるので、ぼくがたまらず「ギブアップ、ギブアップ」と叫ぶと、技を解いてくれた。この間、ほんの2、3秒だった。ぼくはこれで笑い声を封印しなければならなくなった。自室に籠っても、ぼくはジロウさんやキミコさんはともかく、依然としてチカには気を遣わなければならない。

 笑い方を封印されたら、性格が卑屈になってしまわないだろうか。それが心配だ。子供なのだからもっと大らかに振る舞わせて欲しいのだけれど、そんなことを言ったら、『スピー』がチカかキミコさんに取り上げられるかもしれないので、黙っておくしかなかった。

 いつ頃からだろうか、ぼくは平日にチカから頼まれて、興味もないラブコメディを録画して、寝る前に10倍速で観て、その内容を朝にチカに教えてやることになった。観るのは10分程度だからどうっていうことはないのだけど、それでもチカから一言の礼も言われたことがないのは、少し腹が立つ。それどころか、「朝は時間がないのだから、もっと手短に話して頂戴」と言われ、ぼくはできるだけ手短に内容を要約するようになった。二人のやり取りに、ジロウさんとキミコさんはにやりと笑うだけだった。ぼくがチカに苛められても助けてくれたことは一度もない。ぼくが兄貴だから仕方がないのだろうか? そんな時代じゃないと思うのだけど・・・。

 チカは学校で同級生とテレビドラマの話をするために、内容を知る必要があるらしい。チカの友だちは、勉強に忙しいので母親に番組を観てもらって、朝に内容を教えてもらっているとのことだった。直接この番組を観ている友だちは誰一人いないとチカは読んでいる。ぼくは間のコマーシャルの内容までチカに教えてやっているし、たまには番組の途中に流れたテロップの地震速報の内容まで話してやった。そんな時、チカは「グッジョブ」と言って親指を立て、喜んで学校に出かけていった。ぼくが高速再生で他人の役に立てているのは、いまのところこのチカの一件だけである。

 このようにチカに貢献しているのだから、ぼくの突発的な笑い声にも腹を立てないで大目に見て欲しいと思うのだが、それとこれとは話が別だとチカは言う。あまり抗議をすると、あのヘッドロックが出てくるので、ぼくは黙るしかないんだ。暴力反対!


      つづく

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