4 倍速ビデオ
4 倍速ビデオ
ぼくはビデオに録画する量が増えて、土・日に一週間分をまとめて観るのがきつくなってきた。そりゃあ、そうだ。ぼくは同じ時間帯に番組を2つも3つも録画するようになって、土・日のぼくの時間をフルに使っても観切れない量なっているんだから。ぼくは番組の冒頭だけを観るだけで、それ以上観るのを止めるものも増えてきた。そうすることで、なんとか録画した番組を全部消化することができた。
だけど、学校で友だちとテレビの話題になった時、冒頭だけ観て途中でやめた番組の話になり、その番組はとっても面白かったようだ。あろうことかみんなその番組を観ていて、ぼくは友だちの話に付いていけなかった。それでぼくは、途中で番組を観るのをやめてはいけないと思い直し、それからは興味がなくてもなんとか最後まで観るようにした。しかし、それではどうしても時間が足りない。すでにぼくは早起きまでしてテレビを観ているんだ。土・日と言っても、全部の時間がぼくの自由になるわけではないのだ。
そこでぼくは金曜日の夜から徹夜をして、録画しておいた全番組を観ることに挑戦してみることにした。早速金曜日に徹夜を試みることにして、夕食の時にキミコさんに「ぼく今日徹夜するよ」と宣言した。いつものように、ジロウさんと一緒にテレビを観ながら、ジロウさんが寝るのを待ったが、知らないうちにぼくの方が先に寝てしまった。
朝、キミコさんにソファの上で起こされた。キミコさんによると、11時前にぼくは寝てしまったようだ。ぼくは徹夜には向いていないことがわかったので、金曜日の夜は夕食を食べて風呂に入ったら8時頃には寝て、朝4時に起きることにした。でも、たいがい4時に起きても家族全員が寝ているので、ぼくはもう一眠りしてしまうことが多かった。
そんな土・日が何回か続いたある日、ふとしたきっかけで、ビデオには倍速があることに気づいた。ジロウさんが番組の途中のコマーシャルを飛ばそうとして早回しにしたんだ。早回しにしても、早口であったけれど十分に音声が聴き取れるではないか。もちろん映像もくっきり観える。ぼくは飛び上らんばかりに喜んだ。これこそが決定的な打開策なのだ。もしかすると、これでぼくは早寝早起きをしなくてもすむかもしれない。
それから、ぼくはビデオにバラエティ番組を録画して倍速で観ることにしたが、ここでもはっきりと映像が観ることができ、音声もしっかりと聴きとることができた。ぼくは倍速を使えば、同じ時間で2倍の量の録画が観れることがわかり、舞い上がるほど嬉しかった。これで楽勝だ。
ぼくは意気揚々として、録画した番組を倍速で観始めた。2時間経って気づいたのだが、どうしたわけかぼくが期待していたほどたくさんの番組を観ることができていなかった。いつもの分量とたいして違いはないのだ。
何かおかしいと思って、ぼくは倍速の再生時間を壁に掛かった時計で測ることにした。時計の針が10時を指すまで待って、1時間物のバラエティ番組を倍速で再生した。最後のコマーシャルで1時間物の番組が終って時計を見ると、時計の針は10時50分を指していた。驚くべきことに、倍速はたった10分しか速くない。再生の途中で壁掛け時計をちらちらと見ていたが、目標の30分にどんどん近づき、その時間を過ぎても、番組の倍速再生はまったく終わる気配がなかった。
ぼくは何かの間違いではないかと思い、先週録画しておいた「ちびまる子ちゃん」と「サザエさん」の頭出しをして、11時を待った。11時丁度になったのでスタートして倍速で観始めたが、「ちびまる子ちゃん」が終わったのが11時25分で、「サザエさん」が終わったのが11時50分だった。これではどうみても2倍の速度ではない。30分物で5分、1時間物で10分短縮されただけだ。
ぼくが色々と考えをめぐらしていると、キミコさんが「食事よ」とみんなを呼んだ。壁掛け時計を見ると12時を指していたので、時計が狂っているわけではないことがわかった。
ぼくが観ていたビデオは、倍速と謳いながら2倍速でないことは明らかだ。ぼくは昼ご飯に焼きそばを食べながら、ジロウさんにこのことを相談してみた。ジロウさんは「へえ、そうなのか」と、かれもビデオの倍速が2倍速ではないことを、この時初めて知ったようだった。ぼくは「もしかしたらうちのビデオデッキ、壊れているんじゃないのかな」と尋ねると、ジロウさんは「再生できているんだから、壊れてはいないと思うけどな」と応えた。ぼくは「さっき測ってみたら、1時間の番組を倍速で再生したら50分もかかったんだよ。倍速と言いながらずっと遅いんじゃない? 倍速なら30分でしょう」と言ったら、ジロウさんが「おっ、自分で実験してみたのか。それは偉いな」と珍しく褒めてくれた。キミコさんが「それじゃあ、1時間が50分になったのなら、それはいったい何倍速くなったのでしょう」と訊いてきた。ぼくがまごまごして、「エエト」と言葉に出して考え出すと、チカがすかさず「1.2倍」と暗算で答えた。キミコさんがスマホの電卓で計算して「正解」と大きな声で言った。ぼくは前もって計算しておかなかったことを悔やんだ。
それでもぼくは気を取り直して、「1.2倍ということは、たった0.2倍しか速くなっていないんじゃない。2倍じゃないんだから、やっぱり壊れているんだよ」とぼくは少し口を尖らせて言った。するとチカが「倍速再生と書かれているだけで、二倍速とは書かれていないんだから、1.1倍でも1.25倍でも、1.78倍でも倍速であって、そこに嘘はないんじゃない」と得意げに言った。ぼくはチカの賢い言葉によって沈黙を強いられた。可愛げのない妹だ。
それでもぼくは勇気を振り絞って、ジロウさんの方を向いて、「そうは言っても、元々は2倍じゃないのかな」と言った。するとジロウさんがぼくに向かって、「あとで調べてみるよ」と優しく応えてくれた。キミコさんが「早く食べて頂戴。まだなのはあなただけよ」とぼくに言うので、周りを見回すと、他の連中はすっかり食べ終わっていた。ぼくはまだ半分も残っている。みんな話をしながら、いつの間に食べてしまったのだろう。早く食べると消化に悪いことを知らないのだろうか? そんなことを言ったらまたチカにやり込められるので、ぼくは黙って、冷えてしまった焼きそばを急いで食べることにした。焼きそばには野菜がたくさん残っていた。好きならっきょうは知らないうちに食べてしまっていた。
夕食の時に、ジロウさんが「ビデオデッキのことを調べてみたけど、市販されているビデオデッキで声の出る倍速再生はたいてい1.2倍か1.3倍で、一番速い機種でも1.6倍だったよ」と教えてくれた。「もっと速い機種はないの?」とぼくが訊くと、そんなのは市販されていないそうだ。
ぼくは1.2倍の再生速度で観るしかないことがわかった。今のビデオデッキが壊れていないので、1.6倍のビデオを買ってもらうわけにもいかない。
土・日曜日、ぼくは暇があれば1.2倍の速度で録画した番組を観た。この頃はノーマルな速度で再生することはなくなった。1.2倍で観ても、何の不都合もない。平日にソファの上でジロウさんと一緒に観るノーマル速度のテレビが、少しかったるく感じられるようになった。たった0.2倍の差なのに・・・。
ぼくがいつも通り1.2倍の速度でビデオを観ていると、キミコさんが「そんなの面白いの?」と訊いてきたので、ぼくは「面白いよ」と応えた。キミコさんは洗濯物を抱えてベランダに行った。最近の土・日は、チカはもちろんのことジロウさんもキミコさんもぼくと一緒に並んでビデオを観ることがなくなった。3人は1.2倍速の番組に興味がないんだ。
土・日、ぼくは一人でテレビを独占して、1.2倍速で観ている。もちろんかれらが観たい番組がある時は、そちらが優先される。
チカがビデオを観ているぼくの傍を通る時に「笑い声がきもい」とぼくに聞こえよがしに言った。キミコさんは「少し笑い声が大きいんじゃない」と言った。言いたいものには言わせておけと、ぼくはそう思って反論しなかった。
つづく