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26 時は金なり

26 時は金なり


 レストランなどの飲食業では、客が早く食べてくれなくては、席が空かないので、売り上げが伸びない。そこで、あるレストランは、看板に「料理が出されて15分以内に食べること。これを超した人は5分を超すごとに1000円の超過料金をいただきます」と黒板に書いた。このレストランは横暴だとネットで叩かれ、しばらくして廃業に追い込まれた。

 半年後に同じようなことをするラーメン屋が出現した。この店の看板には「料理を出して10分よりも早く退席された方は、1分ごとに50円返金致します。ちなみに15分を超えた方は1分ごとに50円の割り増し料金をいただきます。タイパ向上にご協力ください」と書かれてあった。この店は繁盛し、客の回転が上った。店の看板には、『公益財団法人 タイパ推進速視聴術協会』のロゴの入ったシールが貼ってあった。

 サービス業は対人商売なので、車の購入者においても営業マンが費やした交渉時間によって料金が変動する制度が導入された。即断即決した人は安く、長く話し合いを持った人には料金が上乗せされた。1時間につき1000円だ。そこで、車の交渉する人たちはみんな早口になっていった。このように変なところまで、タイパが浸透していったのだ。ちなみに、このカーディーラーの店にも、『公益財団法人 タイパ推進速視聴術協会』のロゴの入ったシールが貼ってある。


 プロ野球の試合時間が長いので野球ファンが離れていっていることが、球団経営者の間で問題となり、時間短縮の方法が検討された。試合終了の目標時間を2時間と仮に設定して、時間管理のプロとされる『公益財団法人 タイパ推進速視聴術協会』に案をまとめてもらうように依頼された。

 大リーグのようにピッチクロックの導入が検討されたが、これを導入した大リーグでも2時間内に試合は収まっていないので、抜本的な解決方法にはならないという意見が大勢を占めた。3回会議が催されて、最終的には三つの案が日本プロ野球コミッショナーに提出された。

第一案は、これまでの3アウト制を2アウト制に改める。

第二案は、これまでの9回制を7回制に改める。

第三案は、いかなることがあろうと2時間が来たら、即刻試合を終了する。

出てきた案のあまりの大胆さに、野球関係者は驚愕した。このいずれの案が実行されたとしても、野球ファンは激怒し、もしかすると暴動が起こるかもしれない。本来野球に興味がないミタゾノさんは、腰を抜かしたコミッショナーに「頭が固いですね」と言って笑った。ミタゾノさんには野球への愛がない。当面、試合のスタイルはこれまで通りにすることが野球機構で決まった。


 テレビの徹夜の討論番組で、速視聴術がテーマになった。

「ぐだぐだ話してないで結論を言え。時間の無駄遣いだろう」

「熟議だ。熟議」

「時は金なりだ。無駄な話は止めろ」

「話し合いを否定することは、民主主義の根幹を揺るがすことだろう」

「くだらない話し合いを繰り返すことが民主主義じゃないだろう」

「おれにも話をさせろ」

「あんたの話は長いだろう。ぐだぐだと同じことばっかり喋ってるじゃないか」

「おれはゆっくりとかみ砕いて説明しているんだ。あんたがバカだから、丁寧に説明しないとわからないだろう」

「バカとはなんだ」

「バカだからバカと言っているんだ」

「こんなくだらない話をしているくらいなら家に帰って寝た方がましだ」

「おまえがいなくなった方がせいせいする。帰れ、帰れ」

「まあまあ、落ち着いて議論しましょうよ」

「どうせ、視聴者はこの番組も録画して、後から倍速で観るんだろう」

「こんな番組、あとから観る価値もないぞ」

「何を言ってんだ。そんなことを言うならここに座るな」

「それは横暴だろう。言論の自由だ」

「まあ、今日はタイパの話なんだから」

「そもそもタイパって、いったい何だ」

「こんなじじいが出演しているから訳がわからなくなるだろう」

「タイパって、所詮経済効率のことだよ」

「それなら、タイパを上げて日本の経済は復活したのか?」

「これからだろう」

「タイパのために、この番組が中止されるかもしれないって噂があるけど本当か?」

「そんなことができるのは、専制国家だけだろう」

「話が大きくなってきましたね」

「話を大きくしないと、この番組の時間がもたないだろう」

「そろそろ起きている奴だけで、結論に持って行こうぜ」

「いったい何が問題だったんだ。いつものように結論なんてなしだ。」

「結論なんてあるわけないだろう。人生にも歴史にも、社会にも、そしてこの番組にも結論なんてなしだ」


 速視聴術のトレーニングが一番役に立ったのは、ゲーマーやeスポーツの選手だったのではなかろうか。ミタゾノさんは、協会にかれら専用のプログラムを作って、プロのゲーマーを育て次々に世界大会に出場させて、賞金をかっさらっていった。選手には眼や耳のトレーニングだけではなく、指先はもとより全身の運動も加えた。科学的なメンタルトレーニングも実施した。プロのゲーマーの年収は、広告料も含めて数十億円に上る。


 当然のことだが、国民の大多数が倍速動画を観るようになったからと言って、産業革命のような変革が日本社会にもたらされたわけではない。そもそも動画を観るような仕事など、この日本にはほとんどない。あるのは、饅頭などの食品や機械部品などの欠陥品を眼で見てチェックする仕事くらいだ。この仕事に限っては、これまでよりも1.2倍速い速度でベルトコンベヤーが流されるようになった。確かにこうした会社からは協会へ研修の依頼が増え、研修を受けた人間の中には3.1倍速の動画を観ることができるようになった猛者もいる。でも、このわずかに秀でた能力を活かそうにも、流れ作業の上流や下流で3.1倍の速度に合わせることができない人がほとんどなので、却って工程が停滞してしまうことになる。システムというものは、部外者が考えるほど単純ではない。

 欠陥品のチェックを1.2倍速くできたところで、この仕事に従事している従業員の労働時間が8時間から7時間に1時間短縮されたわけではない。給料も前とは変わっていない。工場の勇気ある労働者が社長に賃上げを交渉したが、すでにAIを使った高精度のチェックロボットを導入することが決まっているから、いつ辞めてもらっても結構だ、という冷たい返事が返ってきた。現代の労働者はAIに勝るスピード能力を身につけなければならない。それはいったい何倍速なのだろう。この分野において、人間の勝ち目はなさそうだ。

 単純労働ではなく、高度な情報処理能力に生かせないかと考えられたが、期待されたほどそうした仕事はなかった。そうした仕事はやっぱり頭の良い奴らの専売特許だった。頭のできがよくない者は、難しい内容の動画を理解することはできない。ノーマルスピードで観て理解できないものを、倍速で観てもわかるはずがない。だから、知的な作業を倍速で出来る人間は、元から頭の良い人間なのだ。こうした優秀な人間だけが、3倍の速度で難しいチャートを読み解くことができる。速視聴術の普及は、優秀な人間が更に優秀になっていくだけで、できの悪い人間とは格差が開くばかりだ。

 タイパを推進したのに、全然労働時間が短くならないのは何故だろう。タイパの効率が上がっていないのだろうか? いや、一部の人間にはタイパの成果が現れている。だが、タイパによって空いた時間に更なる仕事を入れられて、勤務時間の短縮は起こる気配がなかった。会社はあくなき生産性の向上を目指している。タイパで時間が空いたからといって、その時間を休みにするわけにはいかなかった。優秀な人間にはなおさらフルに働いてもらいたいのだ。

 成果主義と言いながら、前提として労働時間は決まっている。一日24時間が固定されているのだから、その3分の1の8時間が労働時間として固定されていても、なんら不思議ではないのかもしれない。神様が一日の労働時間を決めたので、動かすことができないのだろうか? それとも、「小人閑居して不善をなす」は真実なので、暇にさせてもらえないのだろうか? これじゃあ、いつまでたっても、労働時間は短くならないではないか。こうなったら、労働に喜びを見出すしかないだろう。

 そもそも、どうして高速動画を使ってたくさんの情報を手に入れなくてはならないのだ。我々には外部記憶装置のコンピュータがあるではないか。検索すればすべてそこから必要な情報がピックアップされて出てくる。わざわざ高速動画を観ることで頭を痛める必要はないだろう。脳があるから使わない損だとでも思い込んでいるのではないだろうか。たとえそれが無駄なことがわかっていても、脳を空にはしておけないんだ。もしかすると、これも脳の要求なのだろうか? 脳は休息を欲していないのだろうか?


           つづく

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