25 高速テレビ番組
25 高速テレビ番組
視聴者から強い要望があったからと言って、関西のテレビ局が実験的に金曜日の深夜の番組を2.0倍速で放送し始めた。一部の若者たちからは、SNS上で非常に映像や音声がきれいになったと熱狂的に支持された。かれらの中にはこの2.0倍速の番組を『Spee』に録画して、もっと高速で観ていることを自慢する者もいたが、かれらは20倍速の雰囲気を味わっていただけだ。内容までわかる人間は誰一人としていなかった。
大半の人は2.0倍速のテレビ番組を観ることを好んでいなかったが、速視聴術全盛の時代、そうした人たちは表立って事を荒げることもなく、おとなしく2.0倍速を観た。それでも、一握りの老人が不平を述べたが、ほとんどの老人は寝ている時間帯だった。
この番組は『公益財団法人 タイパ推進速視聴術協会』の推奨もあり、ワイドショーにも取り上げられて、深夜番組にもかかわらず、それなりの視聴率を稼いだ。観ないと、学校や会社で話題について行けずに、時代遅れだと思われたからだ。この番組自体は、視聴者の悩み事をお笑いタレントが出向いて行って解決する、バカバカしくもなかなか面白いものである。この番組の以前からのファンにとっては、タレントの動きが速くなることによって、滑稽さも倍加されたようだった。
この番組の視聴率が上がったので、他の民放局も追従するようになり、ついには、NHKまでが2.0倍速で『チコちゃんに叱られる』を放送するようになった。テレビの世界は2.0倍速が席捲するようになっていったのだ。
テレビが2.0倍速で番組を流すようになると、30分番組が15分、1時間番組が30分で終わることになる。こうして、これまでの番組の本数では足りなくなり、テレビ局はこれまで以上の番組を制作しければならなくなった。しかたがないので、当座は夕方6時までの番組はニュースを除いて再放送番組で時間帯を埋めることにした。夕方6時以降は従来の2倍の番組を揃えることになった。だが、放送局に2倍の番組を制作するほどのマンパワーや資金がなかった。外注が増えて、番組の質が低下していくのが誰の眼にも明らかだった。
当世、若者たちのテレビ離れが進行し、広告収入が激減する中、テレビ局が2倍の番組を制作することは自分の首を絞めることにつながった。制作サイドも限られた時間で2倍の作品を作らなくてはならない。これこそ粗製乱造という奴だ。しょうもない作品をたくさん観ても、タイパは上がらないと思うのだけど・・・。
経営上の理由からか、NHKが真っ先に番組をノーマルスピードに戻し、その結果、NHKの視聴者の多数を占める老人たちからは歓迎され、その他の年代層からも表立った批判は起こらなかった。民放は夜11時過ぎの深夜枠に限って、2.0倍速の番組を放送し続けた。
テレビでは、倍速で喋る俳優のものまねをするタレントが現れ、早口で喋ったり早く体を動かしたりして人気が沸騰した。この芸人に触発されたのか、日常的に倍速で会話をし体を動かすことが子供たちの間で流行って行った。3倍速の動きや話し言葉ならば、何を話したりしているのか聴き取れたので、まだそれなりに面白かったが、それ以上の速度のものまねになると、ただあたふたと体を動かし「ピチャピチャパチャパチャ」と意味のない音を発しているようにしか思えなかった。実際、誰も3倍以上の速さで話すことなどできないのだ。ただそのような振りをしているにすぎない。ものまねタレントは本当に高速で話しているように見えるくらい芸として昇華されていて面白い。だが、素人のやる事は芸になっていなくて、ただのドタバタで雑音だ。時として不愉快さ催すので、あまり人前でやることではない。意思疎通のできない高速会話の流行によって、学校では喧嘩やいじめがそちこちで起こってきた。最近は、高速で会話をすることを禁止する学校も現れたそうだ。
あるアパートの映画おたくにかかってきた電話。
「最近やたらと倍速で映画を観ているようだけど、そもそもおまえ、以前からそんなに映画好きだったっけ?」
「そう言われれば、そうだよな。おれ、映画館に行って映画を観たのは、もう何年前のことだろう。その時だって、友だちに誘われてしかたなく行ったんだよな。それから映画を観たのは、テレビで放送されているのを一年前くらい観たくらいかな。タイトルも忘れてしまったけど。いつ頃からおれはこんなに映画を観るようになったんだ。たしか、タイパ教室の初日に、隣になった奴に、「今週は映画を何本観ましたか」と訊かれたからだ。それからだよ。おれが倍速で必死になって映画を観るようになったのは」
「それでいったい何本くらい観てんだよ」
「確か昨日は5本かな。平日は最低5本は観ているな」
「どんな映画を観たんだよ。タイトルを覚えているか」
「ええと。ちょっと待てよ。タイトルは思い出せないな。一本は「愛」がついていたんじゃあないかな」
「内容は?」
「恋愛物だろう。いろんな映画が頭の中でごっちゃになっていてわからないよ」
「その映画、面白かったのか? 感激したのか? 涙を流したのか?」
「うーん、どうだったかな。ちょっと待ってくれ、メモを見てみるから」
「おまえ、いちいちメモを見ないと昨日観た映画がわからないのか? せめて感激したことくらい、覚えていないのか?」
「ああ、昨日の三作目は感動したと書いてあるな。涙が出たそうだ。88点だって」
「何だ、その88点って」
「感動指数だよ。88点は高いぞ」
「その高かった映画も、メモを見なければすぐに思い出せないのかよ」
「いいじゃないか。メモを見れば思い出すんだから」
「それで、おまえ、毎日映画を観て、映画を好きになったのか?」
「いや、それほど好きになっちゃあいないけどさ」
「それなら、もう映画を観るのをやめた方がいいんじゃないのか。時間の無駄だろう」
「いや、おれタイパ協会に入っているから。映画の本数でタイパが高いのを証明しないといけないから。他に何か数値でタイパの高さを表せることってあるか?」
「おまえ、スミレさんが最近デートに誘ってもらえないって、おれに愚痴っていたぜ。映画を観る暇があるなら、デートにでも誘ってやれよ」
「デートをしたからって、タイパの高さを証明できるか?」
「そんなことできるわけないだろう。一旦そのタイパを忘れた方がいいんじゃないか」
「タイパを忘れろって? それこそ今までおれが使った時間が無駄になるじゃないか」
「おまえ、変な物の憑りつかれているんだよ。気分転換にスミレさんを誘ってコンサートにでも行って来いよ」
「そう言えば、このところずっと、コンサートのビデオしか観ていなくて、生のコンサートに行っていないな」
「それじゃあ、丁度いいじゃないか。コンサートに誘ってやれよ」
「でも、生のコンサートじゃあ、高速で観れないからな」
「コンサートを高速で観たって面白くもなんともないだろう。部屋に閉じこもっていずに、気分転換に外に出てみろって」
「でも、もうすぐ五段の受験なんだ。五段からは日常生活のタイパも評価されるんだ。タイパの高さを証明しないといけないんだ」
「そんなの適当に答えておけよ。なんとでもなるだろう。おまえの行動を監視しているわけじゃあないんだから」
「おっ、そろそろいいかな。こういう雑談が一番タイパに悪いことになっているんだ。これって時間の無駄だろう。他人にこの時間は何をしていたと訊かれたら、何と言うんだい。雑談としか答えられないだろう。雑談が気分転換の効果があることは証明されているけれど、5分を過ぎたら急に無駄な時間になっていくんだよな。もう10分も話しているじゃないか。じゃあ、電話切るぞ。またな。おまえの話は後でゆっくり聴くからさ」
「ちょっと、ちょっと待て。後から聴くっていったいどういうことなんだ。まさか、おまえ、おれたちのこの会話、録音しているんじゃないだろうな」
「あったりまえじゃないか。後で倍速で話を聴いた方がタイパがいいだろう」
「それじゃあ、いままではいい加減におれの話を聴いていたというのか」
「そんな器用なことおれにできると思うか。聞き流そうとしても、ついつい話にのめり込んで行ってしまうんだ。修行が足りないよな。
会社の会議では、タイパを上げるために会議を録画をして、後から倍速で視聴する決まりになっているんだけど、後で視聴するから本番の会議の参加に身が入らなくてさ。みんないい加減に聴いているんだ。そこは後で録画を観れば、一目瞭然さ」
「それじゃあ、会議の体をなしていないだろう。もう、本末転倒じゃないか」
「みんな薄々わかっているんだけど、でも元々重要な会議じゃないしさ」
「それなら、そんな会議はやめた方が一番タイパがいいんじゃないのか」
「おまえ、会社で本当に会議をなくならせることができると思うか? 現実問題、無理だろう。だから、録画ですませているんだ。2分の1の時間で終わるものな」
「おまえ、おれとの電話も意味のない物と思っているんじゃないだろうな」
「そんなこと、正直に言えるわけないだろう」
「どういう意味だよ」
つづく




