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1章 エピローグ 長靴

 ――雨が降っている。

 窓の向こうで幕を下ろしたかのように雨が降り続けている。


「いやぁ、アホっすね」


 ベッドの脇、見舞客用のパイプ椅子に座って、お見舞いに、とクラスメイトが持ってきてくれた鳩サブレを食べる譲原を軽く睨んでからため息を吐いた。


「さすがに死んだと思ったわ」


 死ぬつもりだった――と言った方が正しいのかもしれない。

 切腹の真似事をするのは苦しそうだったから一思いに心臓に雪花を突き刺したのだけども、どういう訳か俺は生きていた。死に損なって、市立病院に入院していた。


「まあ雪花は対魔物用の妖刀なんで、人間は斬れないんですけどね。人を斬る為の妖刀は別にあります」


 そういうことか、と納得する。

 譲原薫に切り刻まれたあの日、俺が死ななかったのもその雪花の効力のお蔭なのだろう。


「よかったっすね、人間で。悪魔みたいな顔つきですけど」

「お前にだけは言われたくないんだけど」

「あ、失礼ですね。このウルトラハイパー美少女に向かってそんな口を聞くんですか!?」

「え? 美少女はどこ?」


 拳を振り上げた譲原だったが、その拳が俺の頭に降ってくることはなかった。

 譲原が不意に口許を綻ばせる。悔しいけどもその顔はちょっとだけ可愛かった。


「鳩サブレのお礼に、あなたの罪悪感を少しだけ軽くしてあげますよ」

「あん?」


 鳩サブレに牛乳に、プリンとゼリーまで平らげた譲原に苦笑を浮かべる。


「あなたのお祖父さんは、あなたがそう願ったから亡くなったんじゃあないと思いますよ」

「どうしてそう思うんだよ? というか俺、その話したっけ?」


 記憶になかった。まさか読心術!? と譲原ならあり得なくもない、と身構えたが、どうやら違うらしい。


「一か月近く寝言でずっとうなされていましたからね。嫌でも聞こえましたよ」

「でも、祖父ちゃんは俺が――」

「だから違いますって。だってあなたが直接殺したんじゃあないんですよね? そう思ってしまっただけなんですよね?」

「そう、だけど……」

「だったら殺せる訳がないじゃないですか」

「だって悪魔なら」

「悪魔は死神じゃないんすよ。そんなデスノートみたいなことができる訳ないじゃないですか。それだけで殺せるのなら、あなたも私も殺されていましたよ。あなたのお祖父さんはあくまでも偶然、そのタイミングで寿命を迎えただけです」


 だとしても。そう思って、本当に死んでしまったのは紛れもない事実だ。

 謝ることもできずに、感謝することもできずに、親孝行ならぬ祖父孝行をすることもできずに。


 でも、それでも――、


「ありがとう」


 肩に圧し掛かっていた罪の意識が、少しだけ軽くなった気がした。

 俺のその反応を見るなり、譲原は椅子から立って、病室を後にしようと引き戸に手を掛ける。


「アホな人は嫌いなんで、もう二度と私の前には現れないで下さいよ」


 気怠そうに後ろ手でひらひらと手を振って、彼女は――譲原薫は病院の廊下に消えていった。


「うおおお!? 怪人金属バットがテンコーセーの病室から出てきたよ!?」


 師岡に会うのは久しぶりだった。

 わざわざお見舞いにきてくれるとは思ってもいなかったので、懐かしさも相まって涙腺が崩壊寸前だ。



「え? ちょっとなんで泣きそうなの? 引くわぁ」

「引くなよ!」


 ツッコんだ俺の顔を覗き込んでくる師岡。思わず抱き寄せそうになったがぐっと堪えた。


「……なんか違う」

「ありのままの俺だぜ」

「なんかアホっぽい」


 ジト目で譲原のようなことを言ってくる。

 アホにアホと言われたショックは、思いのほか大きかった。


 しかし悪魔補正がなくなってから授業もテストも受けていないから、師岡よりもアホになっている可能性もなきにしも非ずではあるのだが。


「まあでも、その方がいいかも」

「だろ?」

「親近感がね!」

「同類かぁ……」


 頬を掻いて窓の外を見る。そんな俺の顔の前に紙袋が現れた。

 その少し上には師岡の花のような笑顔がある。


「なにこれ? 食い物?」


 病院食があまり美味しくないので食料は大歓迎だった。


「ううん、長靴」

「ながぐつ」

「そう、長靴。匂坂くんっていつも雨を忌々しそうに見てるからさ、長靴」

「ごめん、ちょっと待ってね。意味がわからないんだけど」


 師岡はスマホをカバンから取り出して、そして軽く弄ってから俺の眼前にそれを掲げた。ディスプレイに映っていたのは、師岡の全身写真だった。ピースサインを突き出している。


 緑色の雨合羽に、例の雨傘、そして緑色の長靴という小学校低学年どころか幼稚園児のようなコーディネートである。


「お揃いだよ」

「え」

「あとは合羽を買えば最強だよ!」


 ガッツポーズをしている師岡が、窓に反射して映っていた。

 あの蛙の傘を差して、長靴を履いて登校か。想像しただけで顔が熱を帯びてくるが――、


「サンキューな」


 何だか少しだけ。ほんの少しだけ、次の雨の日が楽しみだった。


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