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僕らは丸秘異世界部

作者: 何ヶ河何可

 9月某日。新学期も明けて数週間が経った頃。

 俺は秋初めの太陽に見られながら気だるく学校へと歩いていた。

「うわ、清宮いるじゃん、サイアクなんだけどー」

 後ろの女子が話してるのが聞こえてくる。

 おそらくは友達とやらに話しかけたのだろう。

 俺には登校中話しかけてくるようなやつはおろか、学校で雑談するようなやつすらいないのですぐに分かる。

「うっわ、マジじゃん、なんで朝からあいつの顔見なきゃなんねーの。マジきっしょいわー」

 後ろで別の女子が相槌を打つ。

 特に耳をそば立てて聞いていたつもりはないが、声量を気にせず話しているので自然と聞こえてしまう。

 と言うかそこそこでかい音量だ。周りへの迷惑とか考えないのだろうか。

 もしくは考えても俺なら迷惑かけても良いと思っているのか。

 はたまた俺を人として認識していないのかもしれない。

 でもまあそんなの日常茶飯事だ。

 人に言えない秘密の話を俺の前でされたり、クラスで集めて渡す提出物を俺抜きで提出されたり、一人一回はやらなきゃいけないことを俺はやらずに済んだり。順番なんか飛ばされるか回ってこないことがしょっちゅうだ。

 なので今更そんな些細なことで悲しみに暮れたりしない。むしろ内容によっては他人の会話を盗聴するスパイ気分でちょっとワクワクする。

 だが、当然のことながら今聞いてる悪口は少しもワクワクしない。

 他人の悪口とか、聞いててつまらない話題ナンバーワンだ。誰が喜ぶんだよ知らないやつのする悪評。もっと面白い話をしてくれ。

 俺は心の中で後ろの女子に筋違いな悪態を突きつつ、校門前で挨拶活動に励む清宮先生に目を向ける。

 清宮先生。下の名前は達人だったっけか。俺の通う麦畑高校に今年赴任してきた、保健体育担当の男の先生だ。なんでもサッカーが得意らしく、女子サッカー部の顧問をやっている。身長は低く、160前後と言ったところ。そして、これがおそらく侮蔑され始めた要因だと思うのだが、彼は常にニヤけた顔をしている。本人は普通にしているのに、通常状態で垂れ目に口角がちょっと上がった半笑いを浮かべているため、着任式終了時点で担当科目や顧問する部活も相まって既に変態先生の烙印を押されてしまっていた。

 俺の中で今1番可哀想な人ランキング1位である。

 本人は自分に向けられる忌避の視線を知ってか知らずか、生徒と会話を試みようとするシーンが多々見られる。

 がしかし、大半の生徒から偏見の目で見られているのであまり成功している様子は見かけない。

 因みに俺はどう思ってるかと言うと、体育の時に仲良い人同士とか、はないちもんめ方式でチーム決めやバディ決めをさせてこない、ぼっちに優しい先生として認識している。

 俺の経験上、こんな先生は実在したのかってレベルでぼっちに対応済みだ。

 そんな、俺からしたら聖人の清宮先生が後ろで卑下されている。

 先生も大変だな、どんだけ嫌われていても職務として挨拶をしなければならないなんて。この距離なら絶対に聞こえてるだろうに。

 清宮先生とはもう挨拶できる程度には近い。

 けれど、後ろの女子達はまだ悪口を言い合っている。名前を出さなきゃバレないとでも思っているのだろう。全く、ため息が出そうだ。

「おはよう」

「おはようございます」

 清宮先生の朝の挨拶に、聞こえるかギリギリの声量と会釈で返す。

 会釈という文化は最高だ。たとえ声が届かなくても挨拶を返したことになる。

「おはよう」

 清宮先生は続けて後ろの女生徒達に挨拶をするが返ってこない。俺と同様頭を軽く下げた可能性もあるが、自分らに向かって挨拶してる相手の前で相手の悪口を言える奴らにそんな礼儀があるとは思えない。

 うっわー、マジで引くわー。今の見た?俺は見えてないんだけど、あいつら清宮先生の誹謗中傷しながら清宮先生の挨拶スルーしてったぞ。マジないわー。人として無いわー。

 こういうのを知ると真面目に人間関係ってなんなんだろうかと考えてしまう。

 軽く人間不信に陥りそうだ。信じるような間柄の人間はいないけど。

 校門を過ぎて昇降口に歩を進める。

 その後も、彼女らは挨拶されたことをネタにまだ罵倒を続けている。

 別に下げようともしない音量で何言ってんだか。いい加減止めてやれよ。

 そう呆れていると、屋上の柵に緑色のビニール紐が一本結んであるのが目に入った。

 あれ?今日朝会議あったっけ?昨日確認し忘れたのかな?

 俺は急遽、早足で昇降口に行き、靴を履き替えて3階までの階段を上る。周りに奇異の目で見られない程度に。

 朝会議というのは、俺の所属する学校非公認の部活で行われる会議のことだ。その日の当番が朝に集まって会議するから朝会議。各曜日毎に当番は決まっていて、3人で一つの曜日を担当する。朝会議は日によってあったりなかったりするので、ある日は前日の放課後までに屋上の地上から見える位置にテープが結ばれるはずだ。ない日は何も結ばれない。

 先程見た通り、今日は結ばれてあった。そして本日水曜日は俺の当番曜日。

 やばい。完全に遅刻だ。

 階段は2階まで上り切って残すは後一階分。

 現在時刻は8時ちょい過ぎ。

 朝会議の開始は、基本的にホームルーム45分前であるため俺は大幅に遅刻していることになる。

 昨日確認したはずなんだけどな。

 俺は部室に入る時の文言を考えながら、三階の廊下を人気のない方へと進んで行く。

 まもなくして廊下の端っこ、今では文字が掠れてなんの準備室か分からない部屋の前にたどり着く。

 荒れる息を一呼吸入れて落ち着かせてから、俺は木でできた部室の引き戸を開けた。

「すみません。遅れました。今日朝会議あると思ってなくて」

 散らかり気味の室内には、中央に長机を二つくっつけたテーブルとその周辺に椅子が5、6個並んでいて、椅子にはテーブルを挟んでドアと反対側に一人、ドアから見て右に一人が座っていた。

「お、来た来た。おはよう、影太くん。ごめんね、昨日連絡紐結び忘れちゃってたよ」

「あ、おはようございます影太さん!遅いですよ!紐が無かったにしても登校時間ギリギリじゃないですか」

「春輝さん、おはようございます。やっぱ昨日は結んでなかったですよね。さっき見て急いで来ましたよ。間に合って良かったです」

 そう言って俺は入って左側にある椅子、つまり今日会って速攻でいちゃもんをつけてきた女子の向かいに腰掛ける。

「小金井、俺の登校する時間は俺の勝手だろ、文句言わないでくれ。それにまだ10分もあるからギリギリでもない。なんなら早いくらいだ」

「確かに他人の登校時間にあれこれ言うなっていうのは一理ありますけど、こっちだって待ってたんですよ。文句の一つぐらい言わせてください!」

「それはごめんて言ってたろ。ってか、元はと言えばテープが昨日の内に結ばれてなかったのが原因じゃん」

 小金井が二つに結んだ金色の髪を振り乱して怒ってくる。そうご乱心することでもない気がするが…。

 まあ、待たされるというのは思いの外ストレスが溜まるものなのかもしれない。

 後輩二名が若干険悪ムードになりかけていると、俺が向けた矛先から声が発された。

「いやーごめんごめん、テープ結び忘れた俺の責任だよ。二人ともよく朝に気づいて部室まで集まってくれた」

「そうですよ、元々は春輝さんのせいじゃないですか!私たちのまともな連絡手段はこれだけなんですからしっかりして下さい」

「ほんとにごめん、これからは気をつけるよ」

「なんというか、春輝さんらしくないですね。連絡とか欠かさないタイプだと思ってましたけど。疲れてるんじゃないですか?」

 春輝さんは俺とは真反対の学校生活を送る人種だ。その中でも、周りに人が自然と寄ってきてリーダーになることが多い印象だったので、連絡忘れは結構意外だった。

「あぁ、そうかもね。実際自分でもそう感じるし」

 春輝さんの顔に影が刺す。

 どう見てもさっきまでのヘラヘラした表情とは打って変わって疲弊した表情が見て取れる。

 これは何かあったな。

 小金井もそう察したのか、春輝さんを次の言葉を待つようにじっと見つめている。

 数秒置いて、春輝さんが真剣な顔つきになり口を開いた。

「実は、今回の朝会議を開いた理由でもあるんだけど、そろそろモンスターが出そうなんだ」


 モンスター


 それはこの部活に深く関わる単語だ。別に春輝さんがトチ狂ったわけではない。

 突然ではあるが、そろそろ勿体ぶらずに部活について解説を入れておくべきだろう。今知ってもらったように俺の入っている部活は、モンスターという単語が出てくる程度にはかなり特殊で、その名前からして普通の部活動とは逸脱しており、名を異世界部という。

 異世界部の色々を説明するにはその名前の由来よりも、活動内容から説明した方がいくらか捗るので、まずは活動内容から。異世界部の活動は大きく二つで、モンスター退治と対人ストレスの解消だ。具体的には、前者は学校の平和を物理的に脅かす敵、いわゆるモンスターを掃討すること。後者は、そのモンスターを生む原因のストレス(対人的要因で生じるものに限る)を霧散させること。前者にも後者にも部内でそれぞれ担当が割り振られていて、前者担当は掃討班、後者担当は対人班と呼ばれている。余談だが、俺は掃討班。対人班の仕事は人によっちゃ掃討班でもやっているものの、当然のことながら俺には到底向いていない。そんな俺のやる掃討班の仕事はモンスター退治なのだけれど、幸か不幸かモンスター達は異世界にいる。どんな仕組みかは分からないが、この学校で生まれた対人関係のストレスは一定以上になると異世界にモンスターとして具現化される。そして生まれたモンスターは異世界で暴れ、その破壊活動の痕跡も一定以上になると今度はこちらの世界に反映されるようになる。俺らはそれを阻止するために活動しているというわけだ。学校非公認で。

 話を春輝さんの発言に戻そう。

 しかし、言ってしまえばモンスターの出現はあまり珍しいことではない。

 なぜならここは学校だから。ストレスを経験せずに学校生活を送る人はいない。特に人が関係するものなんて山ほどある。週に2、3回はモンスターが出るくらいだ。

 では、なぜ今更モンスターが現れるくらいで集合をかけられたのか。春輝さんも3年生なのでそこら辺は知ってると思うのだけど。

「モンスターが出そうって、今までとは違うんですか?」

 小金井が疑問を投げた。

「うん。優は知らない初めてのタイプになるんじゃないかなって。それで会議を開いた」

 確かに小金井は今年入ってきた新入部員だから、色々知らないケースがあるだろう。

「本題のモンスターについて、予想の出現原因なんだけど、清宮先生って二人は知ってる?保健体育と女サカを持ってる」

「知ってます。私は教えてもらったことないですけど。身長あんまり高くない先生ですよね」

「俺は逆に清宮先生ですね、体育習ってるの。確か朝校門のとこで挨拶活動してた先生が清宮先生だったはず」

「そうそう。その清宮先生に対する生徒側のストレスが今日あたりモンスターを生みそうなんだよ。それでね、今回の件の特徴なんだけど、稀に見る大きい規模でかつ一学期から溜め込んでたものっぽいんだ」

「一学期から…。でも私も夏休み入る前から色々探ってましたけど、清宮先生は一回もそういう話題に上がらなかったですよ?」

 小金井のそういう話題とは、誰かへの愚痴とか不満とか、言わば陰口的な会話のことだろう。

「いや、清宮先生に関しては一度モンスター化こそしなかったけど結構な話題になったことがあったよ。小金井が入る前、赴任後数日間に」

「そうだね。あの時はストレスってよりかは嘲笑に近かったからモンスターにならなかっただけなんだけど」

「そうなんですか。それじゃあ、なんで逆に今この時期なんです?」

「それは今まで対人班がなんとか頑張ってきたからだよ。今回の件、実は二年生で起こってることでね。二年生の対人班からもう自分達じゃ無理ですって部長に伝えられたんだ。そこで三年の対人班も先週くらいから規模の縮小に努めてきて、今やっと二クラス弱くらいにはなったとこなんだ」

「二クラス…ですか?」

 二年生、というのは少しも驚かない。清宮先生は二年生と三年生の体育に担当クラスがあり、小金井と違って一学期からちょくちょく悪口を耳に入れられてきたから。付け足して言うなら、春輝さんが清宮先生の名前を出した時点で薄々勘づいてはいた。朝登校してくる時もそうだし、夏休み前も休み明けも清宮先生に対する不平不満被害妄想はぼちぼち聞いていたので、今になってやっとかという感じですらある。

 けれども、二クラス弱…。

 これには驚きを隠せない。この学校はどの学年も過疎化の進む田舎ながら40人6クラスを保っているので、80人弱が清宮先生を嫌っていることになる。

「二クラス弱。多く見積もるなら3クラス分。一応言っておくと、これは決して二年生の対人班がサボってたとかそういうんじゃない。強いて言うなら、もっと早くに他学年に助けを求めるべきだった」

「なんか、その、すいません。俺の学年のことで」

「いいよいいよ。影太は掃討班でしょ?こっちの対応までは任せれないよ。まあとりあえずそんな感じだから、今日一日注意して過ごしてモンスターの出現を見落とさないように。朝会議の議題はこれで終わりだけど、何か質問はある?」

「あの、合図とか他の動きはいつも通りでいいですか?」

「そうだね。モンスターの方は特に異常がない限りは」

「了解です」

「影太もOK?」

「はい。大丈夫です」

「じゃあ、これにて朝会議は終わりということで。あーあとそのうち部全体で集会があると思うから紐の確認し忘れないようにね。昨日結び忘れた俺が言うのもあれだけど。それじゃ、もうすぐチャイム鳴るし急いで出ちゃおう」

 その春輝さんの解散の言葉で、学年順に部屋を出る。

 部屋を出れば俺らは赤の他人だ。同じ部活じゃないし、話したこともない。そういうふうに振る舞う。その方が都合が良いので。

 三階の端にある部室からは、一階に教室がある小金井が1番時間がかかる。しかもB組なので、校舎の位置関係的にはほぼほぼ対角線上に位置している。朝学習には間に合わないだろうが、ホームルームには余裕で遅刻しないだろう。

 この学校では一階に一年生、二階に三年生、三階に二年生がそれぞれ教室を割り当てられている。

 そのため、春輝さんは朝学習開始前に教室に辿り着けるかギリギリであり、俺は廊下を全力疾走すれば全然間に合うといった具合だ。

 だが、俺は廊下を走らない。別に規則に対して従順な良識ある生徒を演じるつもりはなく、単純に教室に駆け込むのってダサいよね、とかいう馬鹿げたカッコつけによるものである。

 俺はそんなくだらないポリシーに則って、走って朝学習の遅刻を回避するよりも走らずに朝学習に遅れることを選び、各自の教室へと急ぐ二人の背中を見送る。

 まあ、物理的な距離をとることで俺らは互いに無関係な人同士という証拠作りにもなるので、結果オーライなのかもしれない。

 先に行った二人は、階段を降りて見えなくなった。

 俺はゆっくりと歩く傍ら、廊下を隈無く観察していく。先程春輝さんが言っていた、モンスターの出現を見逃さないためだ。廊下や教室の床と壁の継ぎ目、いわゆる角や隅っこなどのモンスター出現の証である煙が現れやすい部分を右下から時計回りに見て行く。

 あちらの世界では、モンスターは障気とも言えるような赤黒い気体(これを俺らは煙と呼称している)に包まれて出現する。その時に、煙がこちらの世界まで漏れ出てくるのでそれを当てにいつもモンスターの出現を察知している。

 しばらく歩いて二人が降りた階段を通り過ぎ、教室までの道のりを注意深く観察しながら行く。


 しかし、教室まで煙は見当たらなかった。

 途中チャイムが鳴ってからも無視してゆっくり歩き続けたが、まだ現れてないらしい。もしくは別のところか。

 今回は規模が桁違いになるはずなので、今日一日教室から出て学校を回る回数を増やした方がいいかもしれない。

 俺は大多数から五分ほど遅れて席につき、机上に散らばるプリントを片してから朝学習課題に取り組み始めた。


***


 同日、二校時目。

 俺のいる二年C組は化学実験室にて化学の授業を受けていた。

 授業中、夏の暑さが残っているために開け放たれているドアから廊下を眺める。これは警戒でもあり気分転換でもある。

 正直言って化学の授業は苦手だ。化学基礎までならついていけたが、計算が出てきた辺りから不得意になってきた。じゃあ数学も苦手なのかと言われれば、数学は得意ではないにしろ不得意でもないので特段苦手意識はない。なんというか、数学とは別の力を必要とする計算を化学ではしている気がする。まあ、化学ができない言い訳かもしれないけど。

 あまり教室外ばかり見ていると注意を受けて注目の的になりかねないので、自然に黒板へと視線を移す。黒板には見ていなかった分、文字や数字が書き足されていた。

 先生の説明を聞き流しながらそれをノートに板書していると、チャイムが鳴った。

「あー、ちょっとここだけ説明するわ。すぐ終わるから」

 先生が授業の延長を伝える。

 一瞬にして化学実験室内に、このクソ教師が的な雰囲気が流れる。

 むしろ板書する時間が確保できた分俺はありがたいのだが、まじめに授業を受けていたやつからすれば不満にもなって当然か。しかし、授業の延長に速攻で不満を漏らすやつが真面目に授業を受けていたのだろうか。

 いや、そんなことはどうでもいい。今は板書を急がなくては。


 その後、板書を終え、理不尽な休憩時間の削減をされたクラスの雰囲気に包まれながら実験室を出た。

 教室に戻る道中、廊下を隅々まで見渡す。

 煙はまだ見当たらない。

 心の中でため息が出る。

 通常、モンスターの出現はここまで気を張って探ろうとしない。多少発見が遅れてもこちらの世界に損害が反映されるまで猶予はあるため、当番の日であっても少し観察を意識して生活する程度だ。

 けれども、今日はそうはいかない。というか、これから数日は警戒体制を敷かざるを得ないはずだ。なんせ学年を跨いで協力を仰いだのだ。規模が規模だし、ストレスをかき消すのに時間がかかると思われる。

 それに、春輝さんは小金井にとっては初のタイプだと言っていたが、ここまでの規模は俺も初めてだ。一年生の時に似たようなケースなら他の人が対応したのを覚えているが、規模感が違う。俺にとって、知識はあっても経験はないケースであり規模感だ。

 ボスッ

 考え事をしていたら人にぶつかってしまった。

「おっと、わりぃわりぃ」

 相手は軽い謝罪を入れて友達と思しき輪の中へ戻って行った。

 俺はそれに頭を軽く下げて返し、眼鏡を外す。

 良かった。歪んでないし、レンズも無事だ。

 俺は眼鏡をかけ直して自分の教室に入る。

 視力のかなり低い俺からしたら、唯一の視力矯正器具である眼鏡は生命線と言っても過言ではない。これが正しい形を保っていなければ授業をまともに受けれないのはもちろん、煙の発見にも関わってくる。特にクラスどころか校内でぼっちな俺にとって、授業時に視覚から得られる情報が制限されるのは致命的だ。

 教室に着き、自分の席に戻った俺は、次の授業の準備を始める。次は確か数学。

 得意でも不得意でもない、そこはかとなくいい感じの科目を、今度こそは真面目に受けよう。

 そう心に決めて、俺は下がった眼鏡を上げた。


 昼過ぎ。

 学校の日程で行けば、五校時目が終わって六校時目に移行するまでの、10分休憩と言う時間。

 その時間に生徒や教師は次の授業の準備や気分転換をするわけだが、俺はふらふらと出歩いていた。この徒歩の目的は別に移動教室でもリフレッシュでもなく、煙の早期発見である。

 ここまで休憩時間は校内を回れるだけ見て回ってきたが、出現の証拠は見つからなかった。昼食もそこそこに学校を一周したというのに。春輝さんとは一度すれ違ったが、成果は得られなかった。

 無論、出現しないならしない方が助かるのだけれど、朝会議で警告が出る程に出現が確定的ならば早めに出現して欲しいというが本音だ。ストレスは溜まれば溜まるほどモンスターは強くなるので、出現時には人手不足でしたなんてことにはなりたくない。

 近くの無人の教室をドアのガラス越しに覗くと、後二分で六校時目が始まる時間だった。

 今回も無駄足か。

 肩を落とす間もなく急いで教室に向かう。

 例によって早歩きで廊下を曲がると、自販機の前でたむろしてる女子たちが見えた。

「授業遅れちゃうよー優。早くしてよー」

「ちょっと待って。やっと小銭取れたから」

「もう、先行っちゃうよー。自販機なら下にもあるのにさー」

 二、三人の一年生らしい。この学校には各階に自販機が設けられているというのに、よりによってなぜ1番遠いところに来たのか。厳密に言えば、一階の自販機は外にあるのだが。

 ピッ

 ガコン

「これこれ、これが飲みたかったんだよ」

「ほら、取ったなら急ぐよ優。あと二分しかないんだから」

 三人は目的を達成したらしく、各学年の教室がある方向へと走っていく。

 三階にしか無い飲み物でもあるのだろうか、と一度も学校で自販機を使ったことがない人間の疑問を浮かべていると、ついさっき買った飲み物を持って1番後ろを走る女子生徒に気づいた。

 小金井じゃん。

 特徴的な金髪ツインテを揺らして、焦る友人達の最後尾を少し遅めに走っている。

 なんでこんなところに、なんて思わない。

 なぜなら、こんな時間までこんな所にいてこんなことをしてる理由は一つしか思いつかないから。

 俺は小金井の背中をしかと見つめる。断っておくと、別にそんな癖があるわけではない。

 小金井は俺に気づいていたのか、背面の腰の辺りで、逆さまの右手でピース、同じく逆さまの左手でピースに薬指を足した数字の3を作った。

 俺はUターンをしてダッシュで階下への階段を下りる。

 あの指文字は煙を見つけた人が他の人に討伐を頼む時にするもので、見つけた場所を示している。

 小金井が指示した場所は、二階の職員室前。

 つまり、教室のある側とは真逆の方向だった。

 あーあ、授業出れねーや。

 なんて、余裕のない心の中で余裕ぶっているうちに、階段を下りてすぐにある防火扉の前にたどり着く。

 乱れる息の中、下がった眼鏡を上げ直して防火扉に触れる。

「オープン」

 呟くや否や、本来、今俺が触れている防火扉が有事の際に在るであろう場所に、いかにも禍々しい紫色をした膜のようなものが張られた。枯れ木が垂れ下がったような不気味な曲線の模様が幾つも入っており、心なしか生きている気さえしてくる。

 ゴクリ

 と唾を飲み込み、俺はもう一度眼鏡を触って視覚の良好さを確認してから、膜の反対側へと入っていった。


***


 体が淡い紫の光に包まれ、着ていた制服が戦闘装束へと形を変える。


 異世界ーー。

 久々に足を踏み入れたその場所は、赤と黒と少しの灰色で配色された麦畑高校の校内だった。

 見た目の邪悪さからして、校内というベースがありながらもまさしく異世界と呼ぶに相応しい。

 異世界部がなぜその名を冠するのか、入れば一発で分かるほどのインパクトを持っている。

 そして、目標物が入ってすぐの視線の先にいた。

 人型で、胴はだらしない体をしていながら腕や足には筋肉が目立ち、首は太く、足は短く、右手には棍棒に似た何かを持っている。体には何のための貞操なのか、ショルダー型の原始人の服を着用している。

 しかし、何よりもまず特徴的なのは、天井まで届きそうなその体格だろう。横幅も廊下を半分占領するぐらいあるが、高さは下から上まで全部そいつだ。

 一番しっくりくる例えが何かと問われれば、体表の色も相まって、力士の赤鬼と答えるだろう。自分でも上手く例えられてる自信はないけど。

 まあとにかく、デカくて強そうなのだ。

 対して、俺はというと、体格は痩せか肥満かで言えば痩せよりであり、身長もそいつに比べれば子供に見えてしまう。服装は、異世界に来た時に変身したのでいくらか見栄えはいいが、布を肩に掛けてるだけのファッションと比べたら現代のどんな服装だって立派に見える。武器は斧。もはや目にすることも無くなった薪割りなどに使われるものではなく、戦闘に重きを置いた戦斧と言われるものだ。そこそこなデカさと重さで、変身と同時に腕力が上がっているとは言え片手で持つのは難しく、両手で引きずるように持っている。持っていると言うか握っている。

 さて、どう攻めようか。相手はこちらに背を向けているため気づいておらず、また破壊行為をする素振りも見せない。油断している今が好機なのは確かだが、金太郎が担ぐまさかりの如き斧を振りかぶって切り掛かるには少々遠すぎる。バックで歩いてきて欲しい距離だ。近づくにしても、斧を引きずる音でバレる可能性が高い。奴が聴覚の無いタイプだったらそれもアリだけど。後は、わざと誘き寄せてカウンターで一振りK.Oを狙うか。結局、何をするにしても斧を握ってる時点で俺はこの場から動けないので、倒すのであれば来てもらう他ない。それに、あの巨軀ならどんなに大振りでも当たらないことないだろう。

 はあ、他のもっと汎用性の高い武器なら良かったのになー。

 などと消極的に決意を固め、俺は左手を戦斧から放し、腰にある投げ斧を取る。左手が支えていた戦斧の重量を右の骨盤に乗せて支える姿勢で、投擲の照準を敵に合わせ、一気に投げる。

 グサッ

 我ながら見事命中。利き手とは逆の左手でよく当てた。

 斧が刺さった箇所からは煙が出ている。

 自画自賛もほどほどに、やつが振り向いてきたので左手をまさかりに戻す。

「まあ、そうだよなぁ」

 やつの顔を見て、思わず心の声が漏れ出る。思わずと言うか、思っていた通りと言うか。生徒のストレスが具現化されたのだから、モンスターの顔面が清宮先生に似てるのは当たり前だ。これを見て似てると思うのも失礼なほどに醜猥さがアップグレードされ、より変態チックな表情をしているが、それでも清宮先生が連想される。

 誰だよ、こんな意地の悪いもの生み出したの。集団でこんなの想像して忌み嫌うとか、底意地が悪いことこの上ない。

 しかしながら、今は湧き上がる感情を抑えてモンスターを討伐することが優先事項だ。俺の存在をようやく知ったやつは、既に俺めがけて走り出している。

 やつから目を離さないようにし、カウンターの機会を伺う。

 が、想像より遥かに速い。どうやら足の短さが弱点ではなかったらしい。

 ちょっと待て。この距離じゃもう斧を引き抜くのすら間に合わなくないか?

 予想より速いやつのスピードに、俺は攻撃を諦めて回避へと思考をシフトする。

 棍棒を持っているならまずはそれで殴ってくるはず。

 とかいう安直な考えのもと、やつの振りかぶりに合わせて斧の後ろへと、柄の先を中心に弧を描くようにジャンプして下がる。

 その最中、柄の先端で片手逆立ちをする体勢の背後にて、ドゴォォン!と床の破壊音がする。

 今までと段違いの強さだな。

 着地と同時に破壊の痕跡を見て確信する。やはり超大人数で長期間溜め込んでたストレスの強さは異常だ。一撃で床が陥没している。なるべく学校を損壊させずに終わらせたいが、前提としてある討伐から難しそうだ。

 と考えていると、やつがこちらの都合などお構いなしに棍棒を横に薙ぐ。

 俺はまたも跳躍で躱すが、まさかりの柄に棍棒が当たって斧と共に吹っ飛ばされる。

 ガンッ!!

 直接殴られたまさかりは廊下の先の壁に刺さり、俺は途中で手が滑って身体を地面に打ち付ける。

 くそ、階段の前で戦いたかった。廊下は狭いからまさかりが振りにくい。その点、廊下が直角に折れているさっきの場所はまだ良かったのに。

 間髪入れずにやつが向かってくる。

 その体格で追い回して来んのかよ。

 立ち上がって腰の斧に手を伸ばし、迎撃体制を取る。ぶっちゃけこれで致命傷を与えられるとは思えないけど、何も無いよりはマシなはずだ。

 やつの攻撃範囲になり、獲物を持つ右手を振り上げてくる。

 それを右斜め前に詰めて避け、右手で掴んだ手斧をやつの腹に突き立てる。そのまま下に振り切ると、やつの左拳の影が見えたので左に倒れて回避。すぐさま起き上がって膝の皿を割り切る勢いで左から右へスイング。続け様に、振り下ろされて未だにそこにある左腕へも縦振り。床に突き刺さった斧を引き抜いてさらに胴を袈裟斬り、しようとしたところで棍棒が飛んできたのでやらずに後退する。

 一発一発のモーションが大きい斧でこれだけ攻撃できたのはデカい。

 けれど、やつにはあんまり効いてなさそうだ。傷口から煙は出ているものの、弱ってる感じがない。

 ドゴン、と一撃の入ったワックスのしてある床は一階まで貫通しそうなほどに凹んでいる。

 じわりと冷や汗が滲む。

 いつもならそんな想像しないのに、なぜかしてしまった。

 いかん、戦闘中に恐怖に呑まれるのはまずい。

 やつは、一回引き下がった俺をもう一度棍棒で殴ってくる。今度は横に。

 しかし、狭い廊下では横向きの攻撃は不向きだ。本来の攻撃の速度も威力も出ない。

 俺は更に下がってそれを避ける。

 こんな場所じゃ、小回りの利く俺の方が有利か。でも、回避においてはそうであっても、俺も決定打を入れれないから結局はジリ貧か。

 俺にとっての決定打とも言えるまさかりは現在俺の真後ろの壁にぶっ刺さっている。取りに行ければいいが、この状態で行った場合100%引き抜いている間にやられるだろう。仮に引き抜けたとて大振り以外の攻撃方法がないため振ってる間にやっぱりやられるだろう。あのサイズと耐久性を兼ね備えたやつでもまさかりなら一撃なのだが。必殺の武器を必ず当てるためにはかなりの時間的猶予を生み出すことが必須になってくる。

 ため息が出そうだ。

 けれど、厳しいがやるしかない。

 異世界部の部員として、学校の平和を守らなければなるまい。守りたいほどの思い入れはなくとも。

 やつは相変わらず棍棒を縦か横に振り回している。行動パターンがそんなに用意されてないキャラクターみたいに。

 俺はそれを躱してばかりで、徐々に壁へと追いやられている。

 一度呑まれた気を引き締めて覚悟を決めたとして、どう攻略するか。やつにこちらの攻撃が届く距離でじっとしててほしいのだけれど。言葉はまあ通じないし、足止めの道具も無いし。

 そう思い、やつの足を見ると右膝から煙がモクモクと立ち上っている。

 あ、足を切り落とせばいいんだ。

 そう閃いた。

 足は移動のための部位だ。そこが切り離されれば移動は困難になるだろう。今まで試した事はないけど、離れた部位がくっついたり生えたりは記憶にない。なのでいけるはずだ。

 俺はさっきと同様に、縦振りに合わせてやつの懐に潜り込む。

 すると学習したのか、さっきより早いタイミングでやつは左拳を打ち下ろす。

 ギリギリで左に飛んで避け、やつの右膝の前に来る。そこにはさっきの攻撃の痕。これに再度全く同じ位置から攻撃したとて大して傷口を広げられないだろう。そこで俺は避けた流れでそのままやつの右横に滑り込み、やつと壁の僅かな隙間で、右膝の切り傷へ向かって大木を伐採するが如く斧を目一杯振る。

 ザクッ

 斧は刺さったものの切り倒すには至らない。

 ならばもう一度、と斧を抜いたところで棍棒が右から見え、急いでやつの背後へと回る。

 ブォン

 耳のすぐそばで棍棒を振り切る音が鳴った。

 あっぶねぇ。あれに巻き込まれたらひとたまりもなかったな。

 でも、これはチャンスだ。死を感じさせる風切り音にビビったが、やつは棍棒を後ろに振り切って次の攻撃動作までに隙が生まれている。

 今度はやつの股下へと一気に潜り込んで、まるで巨木のような足を切り落とさんとする。

 しかし一発ではやはり倒せず、素早く斧を引き抜いて二発目をトライ。今回は邪魔が入って来ずに二発目を振るうが、まだ芯を断ち切れない。次こそはと三発目を入れた時、棍棒が右から、つまりやつの背中側から突かれた。

 ドガッ!!

 身体が壁にぶつかりその場に倒れ込む。

 右腕が、いや特にどこがと言うこともなくとにかく全身が痛い。右半身は棍棒、左半身は壁との激突による痛みだ。おそらくだが今意識があるのは、背後から股下への攻撃ということで威力が落ちたのが原因だろう。

 不幸中の幸いか、と謎に冷静になりながらうつ伏せになっていた顔を上げる。

 そこには、盛大にこけたかのような状態で同じく顔を上げているやつがいた。

 どうやら足は最後ので切り落とせたらしい。

 やつのおかげだな。俺の切りたい方向に自分から力を乗せてくれた。

 棍棒を杖代わりに立とうとするやつを見て、俺は軋む体に鞭打って立ち上がる。飛ばされた先にあったまさかりを壁から引っこ抜き、ゴリゴリと引きずりながらやつに近よる。

 毎度、人の顔を模したモンスターの討伐は最後に気が引けてしまう。

 けれども、これも毎回の流れで、気が引けた直後に部則を思い出す。

「我々異世界部は、秘密裏に学校の平穏を守らなければならない」

 そのためにモンスターは掃討するし、ストレスは解消する。

 俺は攻撃が当たる距離で止まり、大きな大きなまさかりを一息で振り上げ、そして振り下ろした。


 真っ二つに割れたやつは煙をモクモクモクモクと沢山上げ、行動を停止している。うつ伏せに倒れて顔は見えない。

床に刺さった斧はそのままに、俺は廊下の窓にもたれかかる。

 さすがに骨が折れた。体は痛むけど普通に動くので物理的には骨折していないと思われるが、精神的疲労というのか、頑張った感がある。普段なら討伐後すぐにでも異世界から出て授業に参加するところだが、今回はモンスターの強大さに甘えることにしよう。実際強かったし。六校時目はサボりだ。

 因みに異世界の時間の流れはあっちの世界と同じなので、あと30分くらいは自由な時間となる。

 そうは言ってもずっとここにいるわけにもいかないので10分経ったら出ていくことにしよう。

 ぼんやりと滞在を決めたところで暇になり、立ち上る煙を無意識に見つめる。やつから発生した煙は廊下の一部にも充満することなく、天井に届く前に空気と溶け合い散っていく。

 この禍々しい世界で生まれた醜い彼らはどこへ消えゆくのだろう。そもそも彼らの誕生は抱き過ぎた醜悪なストレスに起因する。では彼らはストレスそのものなのか。それともストレスはトリガーに過ぎないのか。はたまたストレスとモンスターは関係ないのか。いや、それは無いか。無関係だとしたらこれまでずっと偶然が重なってきたことになる。

 しかし、曖昧だよなぁ。具体的にどの程度のストレスでモンスターが出現するのか。代々伝わってきた感覚と勘で出現予想を立ててんだから本当すごいよな対人班は。

 と、ここでやつの背中に投げ斧が突き刺さっているのが視界に入った。

 うっかり置いて行く所だったそれを取りにやつへ足を向ける。

 本当に今更ではあるが、武器の紹介をしておこう。俺の武器は今取ろうとしてる投擲用の斧と、腰にある薪割り用の斧、床に刺しっぱの撃滅用の斧、そして戦闘中一回も外れなかった眼鏡の四つだ。

 俺は投げ斧を抜いて腰のホルダーへと入れる。

 その瞬間、教室の方からバァンと何かがぶつかる音がした。

 なんだ!?今ここには俺しかいないはず。誰か異世界に入ってきたとかか?他に可能性があるとすれば、新たにモンスターが出たか?考えたくもないが。

 俺は迅速にかつ静かに移動し、モンスターではないことを祈りながら教室前の廊下に顔を近づける。

 そっと覗き見たそこは、大量のゆらゆらと揺れるモンスターで埋め尽くされていた。人生ゲームのコマみたいなのがしめじのようにびっしりと生えている。

 ゾッとした心の中で、引き返すか掃討するかの判断に迷う。

 待て待て待て待て待て。冗談じゃない。この規模で二体は聞いてないぞ。おそらく発現時刻と場所からしてあいつらは全員で一つのモンスターだ。さっきのとは別。でも、だからって無理だろ。俺一人で連戦はいけるか?いいや、絶対に無理だ。一旦帰って他の掃討班に合図すべきだ。でも、その間に破壊活動が始まるかもしれない。そうなったら手がつけられなくなる。

 どうするのが最善か、動揺の中で思考を続ける。

 なぜ二体目がってのは後回しだ。モンスターの出現理由もストレスの原因究明もこの際全部後回しの人任せで良い。今はとにかく被害が出ないように動かないと。助けを求めてる合間に被害が出たら元も子もない。それなら、今相手をして気を逸らし、異変を感じた誰かに来てもらう方が確実だ。

 俺はこの場で戦う判断を下し、一つ呼吸を入れる。

 連戦は集中力的にもダメージ的にも厳しいが、目の前にモンスターがいては戦う以外にない。

 やつらのいる教室前廊下と俺のいる廊下はまさかりがぶっ刺さっていた壁のところで直角に交わっている。現在は90度に折れる壁越しにやつらを監視している状態。俺はまさかりを見やる。あれだけの数を相手にするとなると、大振りのまさかりよりも手斧の方が幾分か楽に戦闘ができるはずだ。

 そうまさかりを諦めて勢いよく廊下に飛び出し、腰の二つの斧を手に握る。一個は投げに適した形状で、手に持って振るにはあまり向かない。

 そのため、やつらの硬さを調べる意味でも投げてみる。しめじのようなやつらの一つに当たると、スパンッと上部の球状部分がはね上がった。

 案外柔らかいようだ。

 やつらに向かって駆け出しながら球を視界に捕らえると、とんでもないものが見えた。

 口だ。唇の隙間から歯を出して笑っている。

 アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ

 やつらは集団で笑っていた。誰かをからかうように。

 その嘲笑に気味の悪さから止まってしまいそうになるが、斧を握る手を強めて突き進む。

 その先で首の無い、棒だけになった個体の手前で立ち止まり、薪割りの要領で縦に割く。真っ二つになったその個体は、ダラリと左右に倒れ煙を放出する。

 すると後方で

 ガンッ ゴロゴロゴロ

 と音がし、反射的に振り返ると、約1m先でさっき飛んだ笑う球が転がっていた。

 新たなモンスターではないことに安堵し、群れに向き直ろうとした瞬間、硬い感触の直後に後ろへ吹っ飛ばされた。

 ドンッ!!!!

 壁は凹み、体がめり込む。

 今日何回目だよ吹っ飛ばされんの。くそ、いい加減体がちゃんと痛み出してきた。痛い。全身が。特には胸の辺りが。肋骨やられたか。頭もやばいな。血が垂れて左目がまともに見えねえ。眼鏡大丈夫か?

 右手で眼鏡の無事を確認し、血を拭い、何をされたのかとやつらを凝視する。

 俺が立っていた場所近辺にいる個体数匹は、他の個体よりも前後に大きく体を揺らしている。まるで何かの反動かのように。

 あの頭部か。

 バネのようにしなる胴で鉄のように硬い頭を打ち出す、それがやつらの攻撃手段らしかった。迂闊に近づき過ぎたな、と反省をする。

 しかし近づいて解けた謎がある。

 それは、誰がこのモンスターを生み出したのかだ。

 言い換えれば、ストレスを抱えてる人間。

 すなわち、清宮先生だ。

 やつらの一体を割いた時、微かに奥から罵詈雑言が聞こえてきた。内容は清宮先生に対するもの。

 …あれは酷い。聞いていられなかった。毎日あんなの聞いてれば、モンスターになるのも納得だ。逆に今までならなかったのが不思議なくらいだ。

 視界に映るやつらは、元の揺れ幅に戻っていた。

 ストレスは、抱え込めばその分だけ強いモンスターが誕生する。

 つまり、単純に考えるのであれば、モンスターの強さ=抱えたストレスの大きさと言える。

 そして、モンスターの強さは体感でさっきの人型よりしめじ型の方が強かった。

 要するに、言ってしまえば清宮先生は一人で二クラス弱以上のストレスを抱えていたことになる。

 どういうことだよ清宮先生。どういう気持ちでこれまで教師やってたんだよ。やめちまえこんな学校。そんな職は辞職しろよ。心持たないぞ。ぼっちに優しくする余裕皆無じゃんか。ストレスでやられる前に優しさ捨ててくれよ。

 のらりくらりと逃げるように揺れるやつらを、激しく睨みつける。

 やつらをぶっ飛ばしたい。何よりもその元凶となってる人間を。

 けれど、そんなことはルールが許してくれないし人が許さない。

 それより今は何よりも体が動かないのだから、目の前のキノコ群さえ倒せない。

 悔しさからかどんな感情からか、やつらを視界から外す。

 その時だった。

 非力な自分に嫌悪感を感じ始めたそんな時、左の廊下からカツカツカツと歩く音が聞こえた。足音を聞く限りでは、戦場には不向きな、どころか戦場では絶対に履いてはいけない靴の一つに挙げられそうなヒールを履いている。とてもじゃないが正気の沙汰とは思えないので、モンスターを疑ってしまうがそんなことはない。

 カツン、と俺の正面で彼女は足を止めた。

「よお、来ると思ってなかったぜ」

 掠れた声に彼女が返す。

「なかなかゲートが閉じられなかったですから。心配で見に来ちゃいました」

 威風堂々、モンスターに背を向けて立つのは小金井だった。

「っていうか、異世界だと口調変わる感じなんですか?」

「それはノリだから突っ込まないでくれ。恥ずかしくなる」

「いいじゃないですか。私も合わせますよ?さあ、行こうぜ影太」

 小金井はそう言って手を差し出してくる。

「合わせられると余計にはずいし、一緒に戦うなら俺を引っ張ってくれ。めり込んで動けないんだ」

「あ、そうなんですか」

 小金井に手を握られそのまま壁から引っ張り出される。

 瓦礫に挟まっていた体が自由に動かせるようになったが、軽く動かしただけで全身に痛みが走る。

「それじゃ、私はあいつ倒してきますね。先輩は見てるなり帰るなりして休んで下さい。元々そのつもりでしたから。口調が変わったのは私もノリです。」

「そうか。ごめん、ありがとう。あいつは任せた」

「いえいえ。それよりも、これ終わったらジュース奢って下さいよ?三階に行く口実のためだけに買ったんですから」

 必要のないジュースを買った分をジュースで返せってのはなんだかおかしな話だ。ジュースを二つ飲める分お得になってる気がする。

「まあ、分かった。あとで奢るよ。ってかそれで思ったんだけど、なんで一回俺に伝えてから遅れて来たんだよ?小金井が来れるなら俺に合図に来る必要もジュース買う必要もなかっただろ?」」

「あーそれはですね、友達といて上手いこと抜け出せなかったんです。今日一緒にいた二人の内、片方が結構束縛の気が強い子で…。それでなかなか休憩時間一人にしてもらえなかったんで影太さんに任せちゃいました」

 これは俺が捻くれているだけかもしれないが、聞きようによっては友達のいない先輩なら楽に頼めるって意味に聞こえなくもない。

「授業は抜け出してきたってこと?」

「そうです。腹痛を装ってきました。…なんかこう考えるとジュースたかったの物凄く図々しい気がしてきました。自分が見つけたのに押し付けちゃって」

「いやいや、いいよ。合図がなきゃ俺は知らずに今頃授業を受けてた。そしたら小金井が壁にめり込んでたかもしれない」

「たしかに、そう考えれば今回のモンスターを知ってる人間が二人いて良かったです。では、ジュースは無しってことで。モンスター倒してきますね」

「おう」

 俺はその場にへたれ込み、くるりと回ってやつらに向かう小金井の背を見つめる。断じて趣味でなく。

 そこで、小金井にモンスターの特徴を伝えてないことを思い出した。

「小金井!言い忘れてたけどそいつらの攻撃手段は球状の頭部だ!下の部分で反動をつけてパチンコみたいに頭部をぶつけてくる!頭部は硬いけど揺れてる胴体は柔らかいから狙うならそこだ!」

 少し距離があるため叫び気味に声を発する。

 届いただろうかと少しばかり不安になっていると、小金井が立ち止まった。

 そして、今度は俺に背を向けて仁王立ちのまま、左手の大身槍を立て、右手を真横に伸ばしグーの形から親指を上に立てた。

 すなわち、いいねをして見せた。


***


 あの頼もしいグッドサインから二日後。

 その週の金曜日。前日には赤のビニール紐が屋上のフェンスに結ばれていた。赤いビニール紐は異世界部の数少ない部集会開催告知だ。

 ということで俺は視聴覚室にて部長の話を聞いている。内容は清宮先生関連の件に、俺が見つけたモンスターをプラスしたもの。

 正直、わりかし上の空で聞いている。ほぼほぼ既知の情報なので。

 そんな感じで部長の声が左から右へ流れていくのを感じていると、部長が今後解決するまでは清宮先生関連の件は曜日や学年関係なしに全員で対応するように、と締めに移っていく。部集会が始まっておよそ10分しか経っていないが、人に見られる可能性を考えると妥当なところだ。なんてったって20人前後の生徒がこんな朝早くに一つの教室で会議をしているのは不審でしかないからな。

 余談だが、異世界部の部員は各クラス各部から最低一人は所属している。これはどんなストレスも手遅れにしないためだ。ほとんどの人間がクラスと部活に所属する学校という場において、ストレスが生じやすいのもやはりそこら辺の人間関係だったりする。例外はそれこそ今回の先生とか。その生じたストレスを見逃さず対処するために、全てのクラスと部活から人を勧誘するのだ。もっと具体的に言うなら、校内で違う集団や輪の中、カーストのどこにいるかも勧誘の条件になってくる。なるべくストレスの取りこぼしを塞がなければならないので。モンスター出現の原因が不明なんてことがあった日には、既にギスギスしてるグループの中に入って仲裁をするとかいう地獄みたいに大変なことが待っている。

 部長の解散を聞き、うちの対人班は地獄にならないなんて優秀だなーと思いつつ部屋を出る。何人かは視聴覚室に残って情報交換をしていた。お互いに面と向かって喋れるのはこん時くらいだし、共通点のない人たちが一斉に部屋を出ても不自然極まりないのでバラバラに帰るのは正解だろう。

 俺はそんな思惑もあって教室とは逆方向に、つまりおんなじに出てきた人とは背を向き合わせて廊下を歩く。

 部集会があったものの、まだ学校に人はさほどいなく、無防備にあくびをしてしまう。人のいない学校なら夜もそうなのに、なぜ朝はこんなにもゆるい雰囲気が漂っているのか。

 そう疑問に思っていると、リュックに瞬間的な重さを感じた。

 なんだ?と振り返ると反対方向に歩いていく小金井がいた。

 なんというか、背中で語る女だなと思い背負っていたリュックを下ろして外ポケットを漁る。すると、くしゃくしゃに丸められた紙が出てきた。開いてみると、小さな紙の切れ端に屋上と放課後の二単語が書いてあった。伝えたいことは分かったが、分かりにくくしすぎだ。共通項の無い人間同士を演じるためにそうせざるを得ないのは理解できるけども。

 とりあえず学校での数少ない予定ができたことを認識し、忘れないようにとズボンのポケットにメモを入れる。

 俺はリュックを背負い直して、再び歩き始めた。


 同日、四校時終了後。

 普段なら外での体育から教室へと帰る群れの中で、羞恥心か後悔、場合によっては懺悔や感謝で心をいっぱいにしている頃。今日は群れの最後尾で探し人をしていた。

 ぼっちも色々大変なのだ。特に俺みたいな意思疎通が周りと取れないことで杞憂しがちなタイプは気苦労が絶えない。

 話が逸れた。ゴミみたいなぼっちの愚痴は置いといて、探し人の話に戻ろう。

 俺は現在群れを離れて、来た道を逆行していた。何をしているのか明かしてしまうと、清宮先生を探していた。いや、居場所の検討はついているので、正しくは向かっていたと言った方がいい。

 来た道を戻った先では、予想通り清宮先生がソフトボールの後片付けをしていた。清宮先生は毎回先生自ら道具の入った籠などを倉庫から持ってきて、終わったら仕舞っている。他の先生だったら自分達で使うものなんだからと生徒にやらせているのに。

 なので、清宮先生に教わる生徒はいつもギリギリまで体育をして道具は籠に戻すだけである。

 本当になんで嫌われてんだろうなぁと思いつつ、清宮先生に近づいて声をかける。

「あの、清宮先生、手伝いますか?」

「ん?あぁ、唐井か。そうだな、それ持ってくれると助かるよ」

「分かりました。これですね」

 そう言って、指さされたグローブ入りの籠を持ち上げる。

 案外重い。

「ハハハ、結構重いだろ?持ちにくいしな。あんまり重すぎるようだったら無理して持たなくてもいいからな」

「いえ、大丈夫です」

「そうか。じゃあ、倉庫まで着いてきてくれ。転ばないように足元気をつけろよ」

「はい」

 先生が歩き始めた後ろを、籠を抱えてよたよた着いていく。

「ありがとうな。片付け手伝ってくれて」

 先生がズンズン進みながら言う。

「いや、先生いつも大変そうだなって思ってたんで」

 それにしても、重くて持ちにくい籠を小柄なわりにしっかりと持って歩くのはすごい。さすが体育教師だ。

「そうか、大変そうに見えたか」

「はい。清宮先生は他の体育の先生みたいに生徒に任せたりしないんですか?そっちの方が楽だと思うんですけど」

「いや、楽をするために他の先生は生徒にさせてるわけじゃないよ。そういう部分もあるのかもだけど、片付けまでが体育の授業で教えることって考えてるんじゃないかと思う。それに私も楽のために生徒に任せるようなことはしない。私が自分で道具を倉庫から出し入れしてるのは、体育を出来るだけ楽しんで欲しいからだ。他の授業に比べて体育は息抜きとかリフレッシュの側面が強いから、その側面をなるべくみんなに楽しんでもらいたいんだ。片付けとかそういう授業としての側面も重要ではあるんだけど」

「そうだったんですか。先生によって方針が全然違うんですね」

「そうだな。全然違う」

 そう言いながら倉庫のドアをくぐった先生の後に続いて中に入る。

 倉庫の中は日の光が入っているものの、なかなかに暗い。目を凝らしてようやく手元が判別できる程度だ。

「グローブはそこ置いといてくれ。あとは俺がやるから」

「分かりました」

 言われた通り、入り口の横に籠を置く。

「おつかれ。手伝いありがとな。早めに教室戻って飯食うんだぞ」

「あ、はい。…先生、俺は先生のやり方、生徒思いで良いと思います。もちろん他の先生のやり方が悪いって意味じゃなくて。俺も先生のやり方のおかげで助かることありますし」

「おう。ありがとう。そう言ってもらえると教師として嬉しいよ」

 俺はお辞儀をして、その場を逃げるように去ってしまった。

 恥ずい。覚悟はしていたけど恥ずい。恥ずすぎる。気持ちの暴露がこんなにもくるものだったなんて。ある意味というか正しい意味で告白みたいだった。愛の告白ではなく、秘匿していたことを包み隠さず伝える方の。

 でもまあ、やりたいことはできたので良しとしよう。やりたいことに追われて表情は見えなかったけど、多分ちょっとは心を開いてくれたはずだ。

 朝の部集会で、我らが異世界部は清宮先生にストレスを溜めさせないことが決まった。清宮先生のストレスを減らすためには、今あるものの解消とこれから先溜めないことが肝になってくる。

 しかし、解消については生徒から促すことが難しいので溜めさせないことに注力することにした。

 そこで、これから先は何をするかと言うと、話しかけるということをひたすら頑張る。先生のストレスは生徒への不信感が原因なので、話しかけることで少しでも不信感を失くしてもらおうという魂胆だ。そうやって少しずつ長期戦で心を開いてもらう。俺のさっきの手伝いはその一環だったのだ。

 とは言え、常日頃ぼっちの俺が急に話しかけたら余計に不信感が増すだけかもしれないが。


 そんな事実に昼飯中気づいてしまい、自席で自分を責めていたら昼休みがいつの間にか終わっていた。


***


 放課後。

 俺は人生初学校で自販機を使って、昼とは真逆にテンションを上げつつ屋上への階段を上る。

 ここで一応解説を挟んでおくと、麦畑高校は普通に屋上の出入り禁止である。鍵はちゃんとかかってるし(なんだったら南京錠もしてある)、ドアノブのとこに無断立ち入り厳禁としっかり札が掛けてある。

 では、なぜ小金井はここに集合場所を指定したのか。なぜ会議の前日にビニール紐が結ばれるのか。

 答えは単純明快。

 部員全員が屋上の鍵を持っているから。

 ってなわけで、俺は買った飲み物を踊り場の机に置き、なんの躊躇いもなく鍵を挿して回し、ドアを開ける。

 その先には誰もいなかった。

 が、とりあえずバレるとやばいので急いで飲み物を手に屋上に出る。

 誘ったのは小金井なのでてっきり小金井が先に来てると思ったのだけれど。

「影太さん、鍵閉めました?」

 と、右後ろから声がした。

 びっくりして、うわっと声が出る。

「うわっ、じゃないですよ。鍵閉めてないなら閉めて下さいよ。それ持ってますから」

「あ、あぁ。そうだな」

 言われるがまま、ジュースを渡して鍵を閉める。

「これ私の分ですか?この前のことならチャラになったはずですけど」

「まあ、そうなんだけど何もないのもなぁって。好きな方選んで良いよ」

 なんだかできる先輩みたいな感じだが、ぼっち的には話が詰まった時とか、返しに困った時に口に付けることで考える暇を作ってくれる優れたアイテムとして持ってきたものだ。

「じゃあ、私はこっちのブドウのやつで。こっちはどうぞ」

 そう言って、右手の炭酸を俺に渡す。

「ん。なんとなく小金井は炭酸選ぶと思ってたけどそっちなんだな」

 カシュッと缶を開けるいい音が鳴る。

「私炭酸飲めないんです。飲むと口の中がうわわわわーって感じになって目から涙が出そうになるんで」

 うわわわわーが気になるけど、ちょうど俺も炭酸を口に含んだばかりで突っ込めない。完全に飲み物作戦が裏目に出てしまった。

「それで、まあ、今日呼んだのは」

 あー、突っ込むタイミング逃しちゃったー。

「清宮先生の件について話し合いたくて」

「話し合い?」

 いきなり真面目だ。

「はい。影太さん的にはこれからの部の対応どう思いますか?」

「…どっちの件?」

「あ、そうですね。私が言ってるのは、清宮先生が抱えてる方です」

「部長が先生側って言ってた方ね。それなら俺も引っかかることはないでもないけど現状は長い目で見て努力するしかないと考えてるけど。小金井は?」

 あの日、先生側のモンスターを掃討したのは小金井だ。俺を戦闘不能にしたやつらを小金井は傷一つ負わずに全て倒し切ったのだ。まさに圧巻の所業。事前に俺から情報を得ていたとは言え、奥まで生えているやつらを切り散らす様は凄まじかった。先輩として悔しいので本人の前では絶対に言わないけど、俺よりは確実に強いと思う。

 そんな風に、やつらと敵対したからこそわかることがあったのだろうか。

「私は悠長過ぎると思いました。あの規模であの強さですよ?なんというか、先生との距離を縮めるのにも限界が、いや無理があると思うんです」

「小金井的にはもう先生は心を開いてくれない、と?」

「端的に言うのであればそうですね。ただ、誤解が含まれます。部長が言う草の根運動を続けていれば、心を開いていつかはモンスター化しないところまでストレスが下がってくれるかもしれません。ですが、それは先生側にだけ永遠に対処できる場合のみです。他にもモンスターは発生するし時間だって限りがあります。それに、きっとそのうち抑え切れないレベルに達しますよ」

 缶を口に運び、炭酸を流し入れる。

 それをゆっくり飲んだ後に、小金井の主張に返答する。

「なるほどね。確かにそれは一理ある。でも、多分大丈夫だと思う。うちの対人班は優秀だからね。小金井は俺よりもコミュニケーションできるし積極的にそっちの仕事もやってる方だけど、それでも対人班には遠く及ばない。あの人達は、俺はこういう言い方好きじゃないんだけど、人間関係のプロだ。抑え切れないレベルになる前にきちんと対処してくれるよ。おそらく来週にでも目に見えて影響が出てくるんじゃないかな」

「…そう、ですか。影太さんがそう言うなら信じますけど」

 小金井の顔は見えないが、不満そうな顔をしているに違いない。

「まあ、気になったことは部長に伝えた方がいいよ。少しでも今は情報が欲しいだろうし。俺もそうしてる。それに万が一、小金井の言った通り抑え切れなくなった場合は、先生に辞めてもらう他なくなる。最悪のパターンだけど」

「それは本当に嫌ですね。私は話に聞いたことあるだけですけど。少なくとも私がいる間はそんなことになって欲しくないです」

「俺も話だけ。実際ここ数年は無いらしいからね、追い込み。俺ら掃討班がキツくなるのもそうだけど、一番は対人班のメンタルだろうな…」

「…ですね……」

「なんかごめん。雰囲気重くしちゃって」

「いえ。私も相談事終わっちゃってどうしようかと思ってたんで。じゃあ、とりあえず部長には今の対応に不安が残る旨を伝えておきます」

「うん。それがベストだと思う」

 ではまた、と頭をペコリと下げて小金井が鍵を開けて屋上から出ていく。


 一人の屋上には、冷たいとも暖かいとも取れるどっちつかずの風が吹く。

 いつもなら気にならないその風が、今日は少し嫌に感じる。

 小金井の指摘も分かる。俺もわずかだが相対したので、やつらの強さは身に染みて分かっているつもりだ。

 でも、それでも部長の策は間違いではない。小金井は悠長だと言っていたが、対人班総動員な辺り結構逼迫してるのが伺える。むしろ短期決戦に出たなと言ってもいいのかもしれない。沢山話しかけて心を開かせるという作戦だけ聞くと悠長に聞こえるが、ストレスの原因を根元から治そうとしているのだ。しかもこれは場合によっては生徒側のストレスも同時に解消しようとしている。先生と生徒の距離を縮めて、どちらもストレスフリーな学校生活をどうやら部長は目指しているようだ。一挙両得、そのために来週一週間は最低でも頑張らなければならない。

 

 俺は来週のことを考えて憂鬱になりながら、缶の中身を飲み干す。

 そして一度伸びをして、屋上から学校内へと再び戻っていった。

 はじめまして。何ヶ河何可と申します。

 まず初めに、こんな稚拙で読みにくい文章を最後までお読みいただき誠にありがとうございます。最後までとは言わなくとも最初の1行、いや、あらすじや題名を読んでいただけただけでもありがたいことでございます。

 何か至らないところがありましたら遠慮なくご意見の方いただけると嬉しいです。

 さて、短い後書きにはなりますが、後書きから読み始める方もいらっしゃるようなのでここら辺で筆を置かせていただきます。

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