09 彼
私の孤独な逃亡の旅は、一変した。
彼は放っておくと傷んだ物でもお構いなしに食べようとするので、私が料理の担当となった。
どんなに手の込んだ料理を作っても表情を変えない彼に最初は怒っていたが、
何を食べても味がしないんだという告白を聞いてからは何も言えなくなった。
味が分からなくてもせめて栄養のあるものを食べさせようと、
さほど得意では無かった料理の腕前を黙々と磨いた。
彼は私に見られながら食事するのはとても嫌そうだったが。
私が里や組織から拝借してきた魔導具は、とても役に立った。
私はともかく、彼は全く戦えないのだ。
魔導具による広範囲周辺探索で接敵しないことが、安全な旅の命綱となった。
この異常な隠蔽結界を張れるテントを見つけるのに使った探知魔導具を見せた時の、彼の微妙な表情がとても印象に残っている。
少し調子に乗って、魔導具をたくさん無断拝借してきて良かったでしょうと自慢したら、
「そういうことするから追われるんじゃないの」 と言われた。
自分は犯罪自慢をしていたのだと気付かされて、情けなくて涙が出た。
泣いている私を見て、取りなすように魔導具を褒めてくれるのを聞いて、
感情を表に出すことが苦手な彼が頑張って私を慰めてくれていることに気付いて、
涙が止まらなかった。
泣いている私を見ている彼の顔が、何だかとても悲しそうに見えた。
テントはひとつしかないので、しょうがないから一緒に寝ている。
さすがに初めの頃は羞恥もあったが、
あまりにも女扱いしてくれない彼に、
こちらだけ意識するのが馬鹿らしくなって、
いつしか気を使うことをやめた。
彼は異常なほどに体温が低かった。
野外生活は涼を取る手段に乏しく、
暑い時は遠慮なく彼にくっついた。
彼はとても迷惑そうだったけども。
逆に寒い時は彼の方から抱きついてきた。
男と女の関係では無く、暖房機代わりにされているのは分かっていたけど、
それでもそういう時はいつもよりも安心して眠ることが出来た。
彼が仕事の報告の都合とかで街に行くと、
なぜか乱暴者や危ない連中からしょっちゅう絡まれた。
どうやらあの手の連中は、痩せっぽちで頼りなさそうな彼が私と一緒にいることがお気に召さなかったようだ。
普段女扱いされていないので、ちゃんと自分を女として見てくれるのは結構嬉しかった。
もちろん彼に被害が及ぶ前に叩きのめしてやったが。
ボディーガード気取りだったけど、
「そもそも君がいなければああいう連中から目を付けられることも無かったんだからね」
などと言われると、少しだけ悲しくなった。
それでも、自分の鍛錬の成果を存分に発揮して彼を守れることは、
失われつつあった誇りを取り戻すための良いリハビリになったと思う。