06 邂逅と困惑
いつ以来か分からない、熟睡からの目覚め。
空腹を感じてテントから出ようとして、気付いた。
「誰?」
普段の私なら絶対に口に出さないであろう間抜けな一言。
あり得ない出来事に固まってしまった自分を恥じている暇など無い。
自分をこれまで生存させてくれた能力、
自慢の気配察知を最大限まで研ぎ澄ましても感知出来ない何かが目の前にいる初めての恐怖。
幽霊か、幻影か、魔法か、
混乱している私に、それは、話し掛けてきた。
「それ僕のテントなんだけど」
会話が通じる存在であったことに安堵した。
人だということは分かったが、問題はひとつ。
自分の全てとも言える能力を否定、というか無視するこの人は何なの。
「何で気配がしないの」
きょとんとしたような、というよりきょとんとさえしていないそのたたずまい。
明らかに人並外れた異常な能力を持ちながら、何というかどう見ても普通の人にしか見えない。
警戒を止められない私に、その人は至極真っ当な言葉を言った。
「ようやく仕事が終わって僕は今とても眠いんだ。 早くどこかへ行ってくれないかな」
正論だったが、違和感もある。
ちょっと怒ったような口調だが、なぜか感情がこちらに届いて来ない不思議。
それでも、違和感は確かに感じるが立派な正論でもあった。
この野営地にある物は全てが彼の所有物で、今の私は立派な不法侵入者。
私には微塵も興味が無さそうだが、このままここを出た私がどんな末路を辿るかは考えるまでも無い。
ここは磨いてきたくのいちの技を駆使して、籠絡せねば。
「山で遭難したか弱い女性を助けてはくれないの」
うわぁ、何なのこの朴念仁。
幾多の男どもを骨抜きにした必殺の流し目と、自慢の胸をチラリと見せつける母上直伝の技を無視か。
何でそんなにめんどくさそうな目でこの私を見るのよ。
「じゃあここにある物を全部あげるから、テントの中にある小さい方のバッグだけ返してくれないかな」
怒りが込み上げてきた。
確かに不法侵入者ではあるが、助けを求めるか弱き女性を未開の山中へと放り出すような薄情者に言われたくは無い。
「それじゃあまるで私が強盗みたいじゃない」
「強盗かどうかは知らないけど、今まさに安眠妨害しているのは君なんだけど」
憎たらしい程の正論に、私は降参した。
嫌々、テントから出ると、
男はこちらを一瞥もせずにテントに潜り込んで、
すぐに寝息をたてた。