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第七話 ドゥーユーアンダースタンド?

 俺と知佳が付き合っているフリをし始めてから二週間が経った。


 学校がある日は毎日、生徒会室で一緒にご飯を食べることで、クラスのみんなにラブラブっぷりをアピールし続けている。


 あ、もちろんお弁当は、知佳の手作り。


 彩鮮やかで舌がとろけるほどおいしい知佳の手料理が食べられるこの時間は、学校で最も楽しみな時間になっている。


 ここ最近、机の中に、


【いい子ちゃんぶるなよクズ!】


 だの


【偽善者お疲れさま】


 だの


【みんなからよく思われるために梓川さんを利用して楽しいか?】


 といったメモが入っているが、そんなこと気にならないレベルだ。


 しかし、そんな幸せが漂うはずの空間が、今日はどこか重苦しかった。


「ごちそうさまでした」


 手を合わせた知佳の声は硬く、表情は強張っている。


 まあ、それもそのはずで――。


「って姉ちゃんがなんでここにいるんだよ!」


 そうなのだ。

 今日はなぜか姉ちゃんが俺たちの向かいに座って、じろじろとこちらを見ているのだ。


「なんでって、弟の彼女とは仲よくなっとかないと困るでしょ。ってかそもそもここは生徒会室で、私は生徒会長。私がここにいてなにか問題ある? ドゥーユーアンダースタンド?」


 弁論大会の出場者のように理路整然とした口調で話す姉ちゃん。


 確かに、俺たちはこの部屋を使わせてもらっている身だ。この部屋の主にそう言われては反論できない。


「あ、アンダースタンドって言っても、いまのは辰馬のが勃ってるか聞いたんじゃないよ?」

「わかってるよ! ってか知佳がいるからそういうのやめて!」


 平然とド下ネタをぶっこんできた姉ちゃんにツッコミつつ、俺は知佳を一瞥する。


 知佳は顔を真っ赤にして所在なさげに俯いていた。


 ああ、意味はわかるのね……じゃなくて。


「ええー、いいじゃんケチ。ってかちゃんといつもよりコンド――オブラートに包んで言ったつもりだけど?」

「絶対包もうとしてないよね? ちょっとオシャレなシュークリームくらい中身包む気なかったよね?」

「あー確かに。ああいうの食べると、口からはみ出しちゃったとろとろした白いのが顔に付くんだよねー。あれを咥えて出ちゃったときみたいになるの、あるあるだよねー」

「クリームって言えクリームと! やっぱ包む気ねえじゃねえか!」

「おしゃれなシュークリームのこと?」

「姉ちゃんの下ネタの話だよ!」


 なんで俺こんなに疲れてるんですかね?

 フルマラソン完走した後みたいに息上がってるんですけど。

 フルマラソン走ったことないけどさ。


「ってかさっきからセクハラが過ぎるよ。知佳、嫌がってるじゃん」 

「嘘? ごめん。知佳ちゃんこういうの嫌いだった?」


 姉ちゃんが知佳に顔を向けると、知佳はぶんぶんと首を横に振った。


 あ、あれぇ?


「全然そんなことないです。むしろ二人のやり取りはすごく面白いです。黙ってたのは、その……私の抱いていた生徒会長のイメージとかけ離れてて驚いたからで」


 その言葉を聞いた姉ちゃんは、勝利を確信した賭博師のように不敵に笑った。


「ほらー、知佳ちゃんもそう言ってるじゃん。ドゥーユーアンダーヘアースタンド?」

「だからなんだよそれ! アンダーヘアーが立つってどういう状況だよ!」


 俺がツッコむと、知佳がくふっ! と噴き出した。


 さっきのはお世辞ではなく本当だったらしい。


「ってかさ、姉ちゃん」


 仕切り直しと、俺は大袈裟に咳払いをする。 


「知佳の前で、見せてよかったわけ?」

「え? なにを?」

「だって学校じゃ、品行方正な生徒会長で通ってるじゃん」


 そうなのだ。


 姉ちゃんは家で見せる姿と外で見せる姿が正反対である。


 まあ、姉ちゃんが家の中で本性? を見せるようになったのも俺が高校に入学してからだけど。そのときまで姉ちゃんはいまの変態ブラコンっぷりからは想像もできないほどの冷たさをまとっていた。正直に言えば、俺はそのころの氷みたいな姉ちゃんより、いまの太陽みたいな姉ちゃんの方が好きだ。


 まあ、たまに……ときどき……いつもうざいけどね!


「そんなの気にした方が負けよ。それに遅かれ早かれ知佳ちゃんにばれるじゃん。だったら隠すだけ疲れるなーと思って」

「なんでばれるの?」

「辰馬の将来の花嫁だからに決まってるでしょ?」


 姉ちゃんがそう言った瞬間、知佳の顔が真っ赤に染まった。


「私が、将来の花嫁……」

「ははは、花嫁って、そんな」


 俺も咄嗟のことで動揺してしまい、うまい返しができなかった。


 あれ?

 なんで俺、こんなに照れてんだ?


 知佳はあくまで彼女役であって、本当の彼女ではないのに。


「二人ともそんな顔赤くしないでよ。将来結婚した二人と私が同居したときにばれるんだから、本当の私をはやくばらしたって一緒でしょ?」

「どどどど、同居って、なんで姉ちゃんが俺たちと一緒に住む前提なんだよ!」


 なんとか根性でツッコミを入れた後で、やばいと思った。


 いまのツッコミは、将来俺と知佳が結婚する前提だった。


 俺はあくまで彼氏役なのだから、勝手にこんなこと口走ってなんだこいつ調子に乗って……と引かれてしまったかもしれない。


 ああ、怖くて知佳の方見られないんですけど!


「なに言ってるの辰馬。同居するに決まってるでしょ? お姉ちゃんはどんなことがあっても辰馬と一生を添い遂げるって決めてるんだから」

「いや、兄弟で結婚は無理だから、ほかの男と結婚してくれよ」

「え? 辰馬はネトラレ性癖の持ち主なの? さすがにそれは……いや、辰馬のためならお姉ちゃんはなんだってできるわ! 辰馬が興奮してくれるって考えただけで私も興奮するから!」

「でも私」


 姉ちゃんのアホみたいな叫びを遮ったのは、知佳の暗く沈んだ声だった。ツッコむのも面倒になってきてたから、ある意味助かった。


「車椅子乗ってて、同居ってなったら、みんな大変だし、迷惑かけるし」

「そんなの誰が気にするの?」


 先ほどまでのふざけ切った姉ちゃんはもういない。真剣な顔をした姉ちゃんが言い放った言葉が、知佳は信じられなかったようだ。口をぽかんと開けて、姉ちゃんを見つめている。


 ああ、やっぱ俺、姉ちゃん好きだわ。


 こういうところ、俺も見習わないといけないんだよなぁ…………って知佳、一緒に住むくだりを本気にしてる? 姉ちゃんの前だから話を合わせてくれているだけか。なに舞い上がってんだよ俺。風に吹かれたタンポポの綿毛か!


「気にしますよ絶対に。だって私は、普通の人が一秒でできることが十秒かかっちゃうので」

「のんびりでいいじゃない」


 姉ちゃんはくしゃりと破顔する。


「それに私、知佳ちゃんが信頼できると思ったから、いまこうして私の秘められた人格ヒドゥン・パーソナリティーを」

「カッコつけるな姉ちゃん。ただのエロブラコンシスターって言え」

「もう、いまいいところだったのにぃ」


 唇を尖らせた姉ちゃんは、コホンと咳払いをしてから、


「とにかく、知佳ちゃんが信頼できると思ったから、本当の私を見せても大丈夫だって思えたの」

「本当の私……」

「そうよ。だから知佳ちゃんは誇りに思っていいの。この学校の全生徒の頂点に君臨し、校長すらも自由自在に操れるこの龍山雅りゅうやまみやび様が、あなたのことを信頼に足る人間だと判断したんだから」


 そうやって自信満々に胸を張る姉ちゃんを見て、ああ、やっぱ姉ちゃんには敵わねぇなぁと思った。


 人心を掌握する術を知っている。


 いや、姉ちゃんはそんな小汚いことを考えずに、ただ相手に伝えたいことを伝えているだけなのだろう。


 真のリーダーシップとはこういうことを言うに違いない。


「はい。雅さん。ありがとうございます」


 目を涙で潤ませた深々と頭を下げる。


「いいっていいって。じゃあ、私そろそろ行くわ。後は二人でごゆっくりー」


 椅子から立ち上がった姉ちゃんは、胸の前で手をひらひらさせながら扉の前まで向かい、ドアの鍵を開ける。


「あ、そうだ。知佳ちゃん。知佳ちゃんの色香に負けて辰馬のアンダーがスタンドしても、しっかりと受け入れてあげてね!」

「いいかさっさと帰れー!」


 やっぱりさっきの言葉、前言撤回します。 


 こんなやつのこと尊敬なんかできるか!


 来世はもっとおしとやかな姉がほしいよー。


「明るい、お姉さんだね」

「騒がしいくてかなりうざいって言っていいんだからね」


 それから、俺と知佳は昼休み終了まで生徒会室で過ごした。姉ちゃんがごめんと何度も謝ったが、知佳は「楽しくて素敵な人だった」と姉ちゃんを嫌わずにいてくれた。


 ああ、知佳様マジ天使。

 ほんと姉ちゃん、知佳様に感謝しろよ!

 普通は引かれて終わりだからな!


 あ、もちろんアンダーはスタンドさせなかったから、勘違いはよしてくれよ!

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