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第三十八話 はやくいってぇ、いってぇ、いってぇ

 日曜日の駅前は、多くの人でごった返していた。


 誰も彼もが自分よりおしゃれに見えて仕方がない。


 大丈夫、大丈夫、と自分に言い聞かせながら人の間をすり抜け、俺は知佳に伝えた待ち合わせ時間の三十分前に、映画館の前に到着した。


「お、辰馬じゃん。はやー」


 そこにはすでに愛奈萌がいた。


 さすが元芸能人。


 彼女は周囲にいる人間よりも存在感が強い気がする。


 愛奈萌より背の高い人間の方が多いのに、愛奈萌は駅前を歩いている誰よりも大きく見える。


「愛奈萌こそ早すぎだろ」

「辰馬だって早すぎじゃん」

「そりゃあ、知佳を待たせるわけにはいかないから」

「おっ、いい心掛けだ」

「うるせぇ」


 ニヤニヤと笑う愛奈萌にそう毒づく。姉ちゃんだったら、


『早すぎて幻滅されることもあるからお姉ちゃんが特訓してあげようか?』


 なんて言うんだろうな絶対。


「うるせぇとはなんだ! そんな生意気言ってると協力してやらないぞ」

「ごめんなさい。どうかよろしくお願いします愛奈萌さま~」

「うむ。よきにはからえ」


 腕を組んで胸を張る愛奈萌。ワインレッドのニットを着ているため、余計にその胸が強調されている。下はデニム生地のタイトスカートでそのすらりとした足を惜しみなく披露。肩にかかっているのは黒のショルダーバックだ。


「あれー? もしかして、私の色香にやられちゃった?」


 にやりと笑った愛奈萌が、両腕を前に寄せて雑誌に載っているグラビアアイドルのようなポーズをとる。


「なわけあるか。私服姿がめずらしいなって思っただけだ」

「もう、そこは可愛いとか美しいとか似合ってるとか、なんでもいいから褒めとけばいいの。知佳にはちゃんとそうやって褒めるんだよ」

「わかってるよ。ってか昨日はちゃんと服のこと褒めたし」


 そんなこと当然できますけど、と自慢してやる。


 俺だって、女の子に対してそれくらいはできるんだ。


「え? 辰馬ってそんな高度なことできたの? マジ?」


 幽霊でも見たかのように目を見開く愛奈萌。


 なんだその俺をバカにしたような反応は。


 俺をただの童貞だと思ってもらっちゃ困るなぁ。


「そんなに俺、恋愛偏差値低そうに見えるか?」

「もちろん。女の子の服を褒めたくらいで恋愛偏差値が高いとか思っちゃってるところが、めちゃくちゃ低そうに見えるよ」

「……あ、ぐ」


 図星過ぎて、恥ずかしすぎて、ダンゴムシみたいに小さくなりたいと思ってる人がここにいますよ!


「メガネかけてる人は全員頭いいって思っちゃう人くらいバカな考え方だよね。そもそも恋愛偏差値なんて言葉を使う時点で恋愛偏差値がないって声高に主張してるみたいな?」


 ちょっと愛奈萌さん追撃しすぎじゃありませんか?


 童貞なんだからもう許してよぉ。


 あとでパフェ奢るからぁ。


「もうやめてくれぇ」

「自覚したならよろしい」


 愛奈萌は腰に手を当てて満足げにうなずく。


「ま、でも褒めることは間違いではないから、とにかく褒めて褒めて褒めまくりなさい」

「お、おう」

「じゃあ手始めに、私に好きって言ってみなさい?」


 愛奈萌がくいっと俺に近づいてきて、上目遣いで俺を見つめてくる。


「え?」


 なんだその提案は?


 なんだその唇のふくよかさは?


 なんだその睫毛の動きは?


 なんだそのまばたきのタイミングは?


 なんだそのえくぼの作り方は?


 さすが元芸能人、自分が一番可愛く見える角度や表情をわかってやがる。


 なんてあざとい。


「お、おい愛奈萌」

「ほーら、好き、っていうだけだから」


 これ、ほんとに好きって言うまで解放してくれないやつだな。練習相手の愛奈萌に好きだと言えなくて、どうして知佳に好きだと言えようか?


「す……」


 なのに口が、す、の形から全く動かない。


「す……なに? ほらはやく。そうやって焦らすのはエッチのときだけにしなさい」

「かっ、お前っ!」


 そういうことを言うなそう言うことを。ちょっと想像しちゃったじゃないか。俺には知佳という存在が……まあまだ彼女にもなってないけど……。


「ほら、はやくいって」


 最早、この言葉すら淫乱に聞こえてしまう。


「もう、はやくいってよ」


 ん?


「いってぇいってぇ」


 淫乱に聞こえる……じゃねえぞこれ!


「その言葉やめろ! もはや好きって言わせることより、俺を辱めることに目的がシフトしてるじゃねぇか」

「くそ、バレたか」


 いたずらっ子のように白い歯を見せた愛奈萌は、くすくす笑いながら後退する。


「でも、そもそも告白に練習なんてないから。誰彼構わず好きなんて連呼してたら、本当に大切な誰かに好きって言うときに、その価値が下がっちゃうでしょ」

「愛奈萌が好きって言わせようとしてたんだけどね」

「からかいがいしかないじゃん。いまの辰馬は」

「……否定はせん」


 確かに、今日の俺はめちゃくちゃ緊張している。


 愛奈萌の言葉が冗談か本気かわからないくらい脳が働いていない。


 

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