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第三十二話 両親のいない家、そして女の子の部屋

「あっ、私の家、土足のままで大丈夫だから」


 知佳のその言葉を聞いたときはびっくりしたけど、冷静に考えてみればそりゃそうだよなと納得した。


 知佳は車椅子に乗っている。


 内と外で乗り換えるくらいなら、家の中も土足にしちゃえということなのだろう。


「私の部屋、こっちね」


 前を進む知佳についていく。


 土足でいいとは言われたものの、靴を履いたまま家の中を歩くって、なんか悪いことをしてる感じがして、心がふわふわする。


「アメリカンスタイルってやつだな。俺、子供のころ妙に憧れてた」

「この家だと忘れ物しても靴の側面で歩かなくて済むんだよ。家の鍵とか」

「それ便利だな!」


 そんな感じで和気藹々とやりとりしつつ廊下を進みながら、俺は知佳の家の中を観察していく。


 まず驚いたのは、普通の家より廊下が格段に広いこと。これは車椅子の操作をしやすくするためだろう。そして当然のようにどの壁にも手すりがついており、ドアはすべて引戸。開いていたドアの隙間からリビングダイニングの中を見ると、キッチンは座ったまま作業ができる高さになっていた。


 そういや料理はほとんど父さんか姉ちゃんがしていたっけ、と思う。子供のころは不思議に思っていたが、キッチンは基本的に立って作業をする前提で作られているから、車椅子専用のキッチンじゃなかった我が家だと母さんはすごくやりづらかったんだろう。


 そして、そんな状況で作ってくれた仲直りのための最後の料理を俺は食べなかった。


「ほんとすごいなぁ。この家なら車椅子でも不自由なく生活できるよなぁ」


 もし、もしもだけど、母さんが生きている状態で俺と知佳が結婚なんかしちゃったりなんかする未来があったとしたら、この家のキッチンで、知佳と俺の母さんが仲よく並んで料理ができたのだろうか。


「まあね。車椅子で生活するために建てられた家だから」

「知佳の両親はほんとに娘思いなんだな」


 娘のために車椅子仕様の家を建てるほど知佳は愛されているのだと知り、自分のことのように嬉しくなった。


「そうだね……」


 知佳の声が沈んだように聞こえたので、あれっ? と思ったのだが、


「あ、ここが私の部屋だよ」


 と笑顔で言われたので、声音の違和感について聞くことはできなかった。


「じゃあ私、お茶用意してくるから、先に入ってて」


 知佳は車椅子を器用に操作して反転し、リビングの方へ向かった。


「入って、待ってろって言ったよな」


 確認の意味も込めてつぶやくが、返事をしてくれる人はいない。


 なんせこの家には二人しかいないからな!


 このまま廊下に立って待っているのもおかしいので、生唾をごくりと飲んでから扉を開ける。


「うおぉぉぉ」


 ここが知佳の部屋か……と高尚な名画を前にしているかのように立ち尽くした。


 まず目に飛び込んできたのは、括られた黄色のカーテンが両端についた出窓。柔らかな日差しが部屋の中を照らしている。部屋の中央には、俺の腰の位置くらいに天板があるテーブルが置かれている。車椅子で使うにはちょうどいい高さだ。もしかしたら特注品かもしれない。椅子が一つ置かれてあるのは……きっと俺が座る用だろう。あとはベッドと本棚とクローゼットがあるだけ。家具間の距離が広いのは、車椅子の動線を確保するためだと思う。


「すごい考えられてるなぁ」


 俺はとりあえず出窓のそばまで歩いた。そこには小さなサボテンが二つ置かれており、可愛い趣味だなと思った。


「……って、そっか」


 俺はさっきの自分の失言をようやく理解する。


 この家は知佳のためではなく、知佳のお兄ちゃんのために建てられた家なのだ。


 知佳はお兄ちゃんの死がショックで歩けなくなったと、中本先生が言っていた。


 さっきの発言でお兄ちゃんのことを思い出させてしまったから、知佳の声が沈んだのだろう。


「……謝らないと、な」


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