命の器
「私、どうしてまだ生きてるの?」
目を覚ましたら、見知らぬ部屋だった。
「ああ、気がつかれましたか」
室内にいた若い男性が声をかけてくる。以前から顔なじみの騎士様だ。
「あの、もしかして私は失敗してしまったのでしょうか?」
私は『命の器』という大役を任された。
大神殿に古くから伝わる秘術で、重い病と穢れに苦しむこの国の若き国王陛下を救うため、その病と穢れを私に移すのだ。役目を引き受けた者は、例外なく命を落とすと聞いていた。
死ぬこと自体はあまり怖くなかった。
生まれてまもなく捨てられたから、本来ならここまで成長することなく、とっくに死んでいたはずだった。たまたま資質があるとのことで、大神殿に引き取られて役目のためにひっそりと育てられた。
だけど、こうして生きているということは、私は肝心なその役目を果たすことができなかったのだろうか…?
「いえ、成功なさいましたよ。予想以上の成果だったと聞いております。もうあれから何日も経っていて、国王陛下はすっかり回復して通常の執務に戻っておられます」
「でも、それじゃ私はどうして…?」
「私ではわかりかねますが、まずは大神官長様に貴女の意識が戻られたことをお伝えしてまいりますね。大神官長様なら何かお分かりかもしれません」
そう言うと若い騎士様は部屋から出て行った。
しばらくすると白い正装に身を包んだ大神官長様が部屋を訪れた。
「秘術は成功いたしました。ただ、この秘術で命を落とさなかったのは貴女が初めてで、我々としてもとまどっております」
そう言われた私もとまどった。
いつあるのか、そもそもあるかどうかもわからない役目のために生きてきた。役目を果たせば神の御許へ行けると信じていたのに、これからどうすればいいのだろう?
「今後についてはまた改めて話すことといたしましょう。まずはゆっくり静養なさいませ」
大神官長様が出て行くと、私は睡魔に勝てずにゆっくりと目を閉じた。
役目を果たした少女が静かに眠る頃、王宮の一室に関係者が集められた。
宰相と大神官長、そして少女の世話係であるベテランのメイドと若い騎士。
「本来ならば命と引き換えのはずの秘術で『命の器』である少女は生き延びました。おそらく器としての資質がこちらの想像を超えていたのだと思われます」
大神官長が説明を始める。
「ですが、陛下の病や穢れのすべてをその身に受けたままですので、おそらくそう長くはもたないでしょう。なので静かに余生を過ごさせたいと考えております。ただ、まだ何も知らない他の器の候補である子供達と一緒にするわけにはまいりません」
大神官長がため息をついた。
「かといって王宮内というわけにもいかぬしな。どこか人里離れた場所に家でも借りて、世話人をつけるしかなかろう」
渋い表情の宰相。
若い騎士は思わず顔をしかめる。
少女が秘術により陛下の身代わりとして病や穢れを引き受けたのに、厄介者のような扱いをされていることに憤りを感じていたのだ。
「あの、発言をお許しいただけますでしょうか?」
若い騎士は小さく手を挙げる。
「よかろう」
宰相がうなずく。
「もしお許しいただけるのなら、彼女を私の家で引き取りたいと考えております」
宰相と大神官長が驚きの表情に変わる。
「私の母は王都のはずれで薬師をしており、常に家におりますから彼女の世話も出来ます。また、母は若い頃に大神殿の巫女をしておりましたので、『命の器』についても理解しております」
騎士の母と面識がある大神官長が小さくうなずく。
「何より役目を終えた彼女に、ごく普通の暮らしをしてもらえればと考えております。すでに母にも話して了承を得ております」
宰相がうなずいた。
「よろしい。ではその方向で話を進めよう」
晴れた日の午後。
私は騎士様に抱きかかえられ、王宮の奥の方にある小さな庭を散策している。少し恥ずかしいけれど、まだ体力がないため歩くのは許されていない。
「お花、綺麗ですね」
思わず笑みが浮かぶ。
長年暮らしていた大神殿にも庭はあったが、こんな華やかさはなかった。
「王宮の庭師が常に手入れをしているそうですよ」
騎士様も笑顔を返してくれた。
「その娘はどうした?」
ふいに聞こえた声に騎士が振り向くと、そこには若き国王陛下が立っていた。
どうやら仕事の合間に庭を散策していたらしい。
私が見た以前の陛下は重い病で身体を起こすこともできず、顔色もかなり悪かったけれど、今はすっかり健康そのものに見える。
「諸事情ございまして、先日より宰相様の許可を得て病を患う身寄りのない彼女を王宮の片隅にて世話しております。受け入れ先も決まっておりますが、調整に今しばらく時間がかかるとのことで、それまではこちらで世話することをお許しいただければと」
騎士様が私の代わりに説明してくれる。
「ああ、かまわないぞ。もし私にできることがあれば何なりというがよい」
陛下はそう言い残して去っていった。
「申し訳ありません。陛下はご自分の病気がどうやって治されたか知らされてはいないのです。本来なら貴女が最大の功労者であるはずなのに」
「いえ、大丈夫です。陛下はそんなことを知る必要ないでしょうから」
陛下がご無事なら、私がちゃんと役目を果たせたのならそれでいい。
それから数日後、若い騎士は国王陛下の私室に呼ばれた。
「先日お前が連れていた病気の娘はどうしている?」
「杖があればほんの少し歩けるくらいには回復しております」
なぜそんなことを聞かれるのだろうか?と、疑問に思いつつも答える若い騎士。
「治る見込みはあるのか?」
「医師の見立てでは完治は不可能と聞いております。ゆるゆると死に向かうだけかと」
陛下は大きなため息をついた。
「私は自分の病があまりに何の不調も残さずきれいに治った故、どのような治療を行ったのか疑問を抱いていた。それが有用なものならば、この国の民にも広めるべきだと考えたからだ」
常日頃からこの国や民を思う陛下を若い騎士は尊敬していた。
「だが、お前が抱きかかえていたあの娘の手足には、病を抱えていた頃の私と同じ赤黒い斑点が見えた。おそらく全身にあるのだろう。そして宰相と大神官長を問い詰めてあの娘のことを聞き出した」
「えっ?!」
若い騎士は何ともいえない感情に震えそうになった。
世話係の我々にはきつく口止めしておいて、自分達はあっさり国王陛下に白状してしまうとは。
「私は王座に就いた時、国のため民のために人生を捧げることを誓った。すべての民が幸せに暮らせる国にしたいと思っていた。だが、いくら知らぬうちに行われたこととはいえ、まだ若いあの娘を踏み台にしてしまった私自身が許せないのだ!」
握りこぶしで机を強く叩く若き国王陛下。そのこぶしは今も震えている。
しばらくの沈黙の後、王が口を開いた。
「お前の家であの娘を引き取るそうだな」
「は、はい、そうでございます」
「あの娘が心穏やかに過ごせるよう最善を尽くせ。必要なものがあればいつでも私に言うように」
「かしこまりました」
若い騎士は陛下に深々と頭を下げた。
秘術の実施から3ヶ月ほど経った頃。
「今日からここが貴女の暮らす家となります。どうか私のことは兄と思ってください」
私は療養のため滞在していた王宮を離れ、若い騎士様のご自宅に移った。
「我が家へようこそ。これから家族として仲良く暮らしてまいりましょう」
王宮で一度顔合わせをしている騎士様のお母様は、穏やかな笑顔でそう言ってくださった。
「これからよろしくお願いいたします。あ、あの、1つだけお願いしてもよろしいでしょうか?」
「何でしょう?」
騎士様が私をじっと見る。
「そ、その、家族として暮らすのなら、もっとくだけた話し方にした方がよいのではないかと…あ、申し訳ありません!お世話になる身なのに、そんなことを言うのは我がままが過ぎますよね…」
フッと表情をくずす騎士様。
「いや、確かにそのとおりだ。家族なんだから普段どおりでいこう。私…いや、俺のことは兄さんと呼んでほしい」
「そうね、私のこともお母さんって呼んでね」
いまだ体力がない私のため、階段を使わずに済む1階の部屋が用意されていた。
療養で使っていた王宮の部屋と比べたらずっと小さいけれど、パッチワークのベッドカバーや机にさりげなく飾られた花など、なんだか心が温まる感じがする部屋だ。日当たりもよく、窓の外には薬草園が見える。
初日の夕食はこの国の伝統的な家庭料理が並び、どれも美味しかった。兄さんもお母さんも私にいろいろ話しかけてくれて、血のつながりはないけれど、家族ってこんな感じなんだろうな、と思った。
新しい生活を始めてしばらく経った頃。
くだけた口調で話すのにもだいぶ慣れてきて、『兄さん』や『お母さん』と呼ぶのも違和感を感じなくなった。
私は薬師であるお母さんのところで薬草の加工を手伝うようになった。家事もほんの少しだけど手伝っている。まだまだ少ないけれど、できることが増えていくのは嬉しい。
時々体調を崩して寝込むこともあるけれど、お母さんの薬のおかげで調子がいい日も増えているように思う。
先日は国王陛下のご好意で小さめの車椅子をいただいた。
「新しい素材を使った丈夫で軽いものだそうだ。これはまだ試作品だから、もし気になる点があったら遠慮せず伝えて欲しいそうだよ」
運んできてくれた兄さんがそう言った。
車椅子のおかげで時々街へ買い物に出かけたりできるようになった。といっても、誰かが付き添い出来る時に限られるけれど。最近ではお店の人が気軽に声をかけてくれて、知人も増えた。
「明日は仕事が休みなんだが、うちに客が来る予定なんだ。君も家族として会ってほしい」
勤務先である王宮から帰ってきた兄さんがそう言った。
「わかったわ」
兄さんはなぜか嬉しそうだったけど、その理由は教えてくれなかった。
翌日。
家に若い女性がやってきた。健康的で明るい笑顔が印象的だ。
以前から兄さんと結婚の約束をしていた女性だそうで、結婚の日取りが決まって挨拶に来られたのだ。
「初めまして。彼とは幼馴染で長い付き合いなの。貴女のことは聞いているわ。これからは私のことは姉と思って仲良くしてね」
「よ、よろしくお願いします」
ぎこちない笑顔になってしまったが、なんとか返事をした。
和やかな夕食の時間を終え、兄さんは結婚相手の女性を自宅へと送っていく。
私は自分の部屋に戻り、ベッドの上で横になる。
そして涙が勝手に溢れ出した。
ああ、自分自身の知りたくない感情に気づいてしまった。
私、兄さんのことが好きなんだ。
家族としてではなく、1人の男性として。
でも、先の見込みのない私が、この家の家族として迎えられたことだけでもありがたいと思うべきなのだ。
それに兄さんには私と出会う前から将来を誓った女性がいる。
今の私にできることは、家族としてあの女性と仲良くすることだけだ。
恋なんて感情に目を向けてはいけない。
早く忘れなければ。
半年後。
下町の神殿で兄さん達の結婚式が行われた。
初めて見る結婚式は、新郎新婦が幼馴染同士ということもあり、友人・知人がたくさん駆けつけて、とてもにぎやかで明るい式となった。
私は車椅子で参列した。
幸せそうな兄さんを見るのは嬉しいけれど、私の心の中ではせつなさもひそんでいた。
ぎこちない私の笑顔にどうか誰も気づきませんように。
義姉さんが家族に加わったこの家は、なんだか以前より明るくなった気がする。
兄さんもお母さんもあいかわらず私に優しくしてくれるし、義姉さんも本当にいい人で、いつでも私のことを気にかけてくれている。
もしイヤな人だったら嫌いになれたのに。
義姉さんのことは好きだけど、兄さんの大切な人ということで、どうしても余計な感情も捨てきれずにいる。
私はとてもわがままになってしまったんだろうか?
兄さんが結婚して2年が経った。
2人の間には女の子が誕生した。とてもかわいらしい子で、家の中がますます明るくなった。
「この子を妹と思って仲良くしてね」
初めて赤ちゃんを抱かせてくれた時、義姉さんは笑顔でそう言ってくれた。
だけど私は寝込むことが増え、体力も落ちてきて家の中での移動も車椅子になった。
そんな私をあいかわらずみんなが気遣ってくれる。
赤の他人の私なんかどうでもいいから、血の繋がったあの子のことをもっと大切にすればいいのに。
そう思いながらも、心の片隅に黒い感情がくすぶっている。
義姉さんや赤ちゃんがいなければ、兄さんやお母さんは私だけを見てくれるのに。
そんなこと考えてはいけないのはよくわかっている。だけど、どうしても消し切れない。
もしも義姉さんや赤ちゃんがいなくなってしまったら、兄さんはとても悲しむだろう。
兄さんが悲しむのも嫌なのだ。
人の心というのはどうしてこうもままならないものなのだろう?
大神殿の奥でひっそり暮らしていた頃は、こんな感情なんて知らなかったのに。
赤ちゃんが誕生して半年ほど経った頃。
義姉さんと赤ちゃんは、王都の東側にある義姉さんの実家へと出かけていった。
義姉さんのご両親にとっても初孫だそうで、そう遠くもない距離なので時々顔を出しに行くのだ。
「この家はこんなに静かだったかしらねぇ」
2人が出かけた後、お母さんがしみじみとつぶやく。
「ふふふ、ホントだね」
車椅子に座る私が笑って答える。
泣き声が気になることもあるけれど、いまやこの家の中心は赤ちゃんなんだなぁ~と改めて思う。
今ごろは向こうの家で新しい服をあれこれ着せられたりしているのかな?
「大変なの!起きて!」
いつの間にか車椅子でうとうとしていた私は、お母さんに揺さぶられて起こされた。
「ん、どうしたの…?」
いつも穏やかなお母さんの見たことのない表情に驚く。
「王都の東側で火事が起きたそうなの!今はほぼ鎮火しているらしいけど、かなり燃え広がってて被害が大きいみたい。あの子達が行ってるあたりだから、私これから様子を見に行ってくるわ。だから留守番をお願いね」
「わ、わかったわ」
お母さんは家を飛び出していった。
兄さんは王宮勤務だから、火事には気づいているだろう。
そして義姉さんと赤ちゃんが実家へ行くことも知っているはずだから、すでに向こうへ駆けつけているかもしれない。
1人で留守番をしているけれど、何の情報も得られず、ただ待つしかない。
どうかみんな無事でいて。
義姉さんと赤ちゃんに対してどうしようもない感情を抱いてしまうこともあるけれど、ともに暮らす家族なのだから、私はともかく誰かが欠けるなんてことはあってはいけない。
夜遅くになってお母さんが帰ってきた。
「お、おかえりなさい。どうだったの?」
お母さんは声も出さずに私にすがり付いて泣き出した。私はお母さんの背中をさすることしか出来なかった。
しばらくして泣き止んだお母さんが状況を説明してくれた。
「あちらのおうちは火元に近いあたりで、火のまわりが早くて避難が遅れたそうなの。2人とも病院にいるけれど、まだ何ともいえない状態だわ。必要なものを用意したら、またすぐ病院へ行くから留守番を頼むわね」
「私も行きます!」
思わず大きな声を出してしまった。
「でも、貴女のその身体じゃ」
「病室で付き添うくらいはできると思う。それにお母さんだって少しは身体を休めないと倒れちゃうよ」
お母さんはしばらく考えて私の肩に手を置いた。
「わかったわ。もうすぐ迎えの馬車が来るから支度して」
私はうなずいた。
「あ、でも兄さんは?」
「王宮に状況と入院先を伝言しておいたけれど、この状況じゃすぐには仕事から離れられないかもしれないわね」
まずは私に出来ることをしなければ。
病院は廊下にまで怪我人が座り込んだり横になったりしている有様だった。
病室に入ると、ベッドの上では包帯だらけの義姉さんが眠っていた。
そのベッドの傍らには小さい赤ちゃん用のベッドが置かれ、こちらも眠っている。
「火傷だけでなく建物の崩壊による怪我もひどいの。赤ちゃんは庇われていたから怪我は少ないけれど、だいぶ煙を吸い込んでしまっているそうよ。今は薬で眠っているけれど、私が最初に駆けつけた時はかなり苦しそうだったわ」
お母さんが説明してくれた。
「彼女のご両親もこの病院に運ばれたそうなの。そちらの様子も見てくるから、しばらく付き添いをよろしくね」
「はい!」
お母さんが病室を出て行った。
私は車椅子を操作して2人のベッドに近付く。
顔にまで火傷している義姉さんが痛々しい。
もしも、このまま2人が…
そんな思いを追い払いながらも、私は車椅子からなんとか立ち上がり、義姉さんと赤ちゃんに触れる。
どうすればいいか、私は知っている。
あとは実行に移すだけだ。
若い騎士が職務からようやく解放され、妻と子が運び込まれた病室に駆け込むと母が号泣していた。
冷たい床の上には、騎士の家で引き取った王の身代わりで病を受けた少女が横たわっていた。顔や身体には火傷の跡があり、あちこちから血が流れている。そして呼吸は止まっていた。
ベッドの上で眠る妻の顔には傷ひとつなく、傍らでは我が子がすやすやと眠っている。
「私がこの子を連れてきたばかりに、こんなことになってしまった!優しいこの子がこんな状況でどうするか、ちょっと考えればわかることだったのに。あれだけの傷を引き受けて、きっと苦しかったはずだわ」
泣き続ける母を抱きしめる。
「母さん、泣かないで。妹が自分で選んだことなんだから、きっと悔やんではいないだろう。ほら、あんなに穏やかに微笑んでるじゃないか」
若い騎士が言うとおり、少女は穏やかな微笑を浮かべたまま旅立っていた。
若い騎士と母親は、少女の傍らで膝をついて祈りを捧げる。
「君は俺の自慢の妹だよ」
「そうね、私の自慢の娘だわ」
2人はいつまでもその涙を止めることができなかった。
ある晴れた日、3人の子供を連れた夫婦は郊外の墓地を訪れていた。
「お父さん、とってもきれいなお花だね」
「ああ、そうだね」
長女は小さなお墓に供えられた花をじっと見ている。
このお墓には常に美しい花が供えられている。
父親は誰が花を供えているかを知っていた。
長男が誕生した時に1人で墓前に報告に訪れたのだが、その時に王宮のベテラン庭師を見かけた。目が合った庭師は何も言わずに一礼してすれちがっていった。この小さな墓の主に救われたお方が指示しているのだろう。
まだ幼い長男は、花に近付く蝶を目で追いかけている。
半年前に生まれたばかりの次女は、母親に抱かれてすやすやと眠っている。
「久しぶりだね。また家族が増えたんだ。いろいろと迷ったんだけど、この子には君の名前をつけさせてもらったよ。きっと優しい子に育つだろうね」
風が供えられた花を揺らしていった。
国王陛下の命令により、『命の器』を使う大神殿の秘術は永久に禁止とされ、秘術に関する書物はすべて焼却処分された。
器の候補だった子供達は、大神殿を出てそれぞれ希望する進路に進むこととなった。
「父上、どうかなさったのですか?」
王宮の奥にある庭を散策していた幼い第一王子殿下は、父である国王陛下が立ち止まったので声をかけた。
「ああ、少し昔を思い出していたのだ。ちょうどこんな晴れた日に、私を救ってくれた少女とここで出会ったのだ」
「女の子が父上を救ったのですか?」
小首をかしげる第一王子殿下。
「そうだ。思えば言葉を交わすこともなく、礼も言えぬままだった。いつかそなたにも話そう。優しく、強い心を持った少女のことを」
王宮の庭をやわらかな風が通り抜けていった。




