入院編
ケツを拭くことなど造作もない行為だ。
トイレットペーパーを折りたたみ、お尻の穴へ、近づけ、スリスリとする。
一回目、二回目、三回目。
そうしてお尻を拭いて綺麗に拭きとればいい。
本当に造作もない事だ。
でも、それは、トイレットペーパーの猶予があればの話。
そんなこんなで、留置場から俺は、白いハイヤーで病院まで連れてこられた。
そう――ここ鶴居村養成病院へ。
俺は、入院することとなったのである。
なぜ、ここに自分は来たのだろう、そんな疑問も持つことなく。
きっと運命や、宿命や人生の定められた岐路の一部として、当然のように、ここを通過しないといけないんだなって。
そんな風に最初はとらえていたと思う。
病院は閉鎖病棟。
これから入院する場所だ。
浦先生という医師が、今回の俺の事件の状況を把握して、診察室で診断を下した。
「入院三ヶ月……」
その時、ちょうど、母と父が診察室の中にいた。
警察が直接親に連絡し、ここまで足を運んでくれたのだろう。
親は、俺に会うなり、何も言わず、終始無言。
その状況を見つめるだけ。
どこかのドラマとかだったら、こういう事件を起こしてしまった場合の親って、当事者の息子を、父親がグーでぶん殴るシーンなども頭に浮かぶような気もするのだが、俺は妄想で別の事を考えていた。
ここにも、カメラがしかけてある。
監視されている。
これは、ただの入院じゃない。
この事件、入院、退院、これらの一連の流れが、きっとドラマ作品となるんだ。
病気になって、妄想でガソリンスタンドのドアガラスを壊した息子。
そして、公務執行妨害で逮捕された息子。
心配する家族、対面する医師。
これら全ての人が。
この凶悪非道の息子が、入院を経て、一からしっかり立ち直り、社会復帰をしていく人間ドキュメントドラマ。
それが、今撮影されている。
だから、父親も。
だから、母親も。
この医師も、後ろに立つ保健師さんも。
みんなが役者として縁起をしている。
俺も、その作品の一部として、縁起をしないといけないのか?
なんと馬鹿馬鹿しい。
そんなものは、クソ喰らえだ。
そんなのは、もう周りのやりたい放題じゃないか。
組織が仕組んだ罠じゃないか。
思い通りに行かせてたまるか。
俺は、医師の浦先生の3ヶ月入院の言葉を一度飲みこんだものの。
「いや、やっぱり、僕は、責任をとらないといけない。危害を与えてしまった、警察官に謝罪をしないといけないし、壊してしまったガソリンスタンドも、ちゃんと自分の手で直さないといけない。だから、入院はいやです。しっかり自分で責任をとって、ちゃんと今回の事件を処理します」
そう俺は言った。
しかし、事は俺の要求通りになんて進まなかった。
俺は、玄関先まで、逃走し、冗談顔で、
「いやいやいや、僕悪い事をしてしまったので、責任取らないといけないし、お願いです。今日は帰らせてください。ちゃんと謝らないといけないし、お願いします」
そんな言葉に、病院の職員さんたちは、全く聞く耳を持たず、俺を警察官が逮捕した時同様、俺を捕まえ、その場ではがいじめにし、病室へ連行。
大勢の職員と、が体のいい職員に抱きかかえられるも、俺は、必死に抵抗し、少しでも相手にダメージを与えてやろうと、壁についてある手すりを蹴り職員を跳ねのけようとするが、職員は全く微動だにならなかった。
俺は、閉鎖病棟の隔離室へ放り投げ入れられ。
が体のいい職員が、数センチのトイレットペーパーの紙キレをいれてきて、すぐに鍵を閉められ閉じ込められてしまう。
俺の目の前には、シーツのひいてある敷布団と枕と、布団。
そしてトイレットペーパーの紙キレだ。
俺は抵抗する声、叫ぶ声をあげたが、むなしく職員さんたちは、その場から去っていった。
俺は、思った。
これは、人間としての扱いをよもや受けていない。
ここは、第二の留置場?
いや、もう留置場以上に酷い扱いだ。
なんだよ、このトイレットペーパーの紙キレ。
俺が、この短いトイレットペーパーでケツを拭ききれないところを、どこかにあろうカメラで、盗撮盗聴している奴らが拝みたいのか?
ってかなんで、和式トイレなんだよ。
ウォシュレットもついていないし。
この数センチのトイレットペーパーじゃ、どう考えても糞は拭ききれないし、どうにも出来ない。
今になって考えて思うと、この処置は、おそらく、トイレットペーパーを飲みこんで、自殺されることを避けるためだったんじゃないかと、俺は思っている。
とその時。
ここの元入院患者の声がする。
頭の中で。
俺に、声をかける。
「そのトイレットペーパーで足らんかったら、そこのシーツでケツを拭いてやれ。それを汚いだの、頭がおかしいだの、何だの言う権利は、あいつら職員にはない。元々あいつらがその短いトイレットペーパーの紙キレを用意したんだから」
その声に、納得してしまう自分がいた。
そうだよ。
このシーツをそのように使って、怒られたり、注意を受ける道理などない。
あいつら職員が悪いんだ。
思考がそっちの方に傾いているが、俺は、我慢した。
だめだ。
今、ちょうど便意は確かにある。
だが、汚いことに俺は、耐性がありそうで、そんなにない。
オシッコはファブリーズの中に入れて運転はしたが、さすがにウンコがらみのことで、なにかしでかしたことはなかったはず。
俺は、なんとかこの閉鎖病棟の隔離室から釈放されるまで、この便意を我慢することを心に誓った。
考えても見ろ。
俺の脱糞映像が、動画やライブで全国へ流れてしまう。
しかも、それをシ-ツで拭くなんて、どんな変態がいようと、どんなスカトロファンがいようと、これは得しない。
いや、彼らにとっては得なのかもしれないが、それは世の中の0.1%以下で、不愉快極まりない映像だろう。
俺が今出来ることは、とにかく待つこと。
とにかく待つこと。
とにかく待つこと。
その後、俺は、時間が過ぎるのだけを待った。
途中、俺は、さっきのが体のいい職員さんと倒さないといけないと思い、腕立て伏せをしたりした。
ガラス越しにが体のいい職員が、
「じっと静かにしてないとダメでしょ!」
なんて事を言ってきたので、俺は、反発して、
「おまえもなっ!」
という言葉ついついかけてしまう。
そして、夜がきた。
その夜を迎えるに当たって、坂上忍が脳内で語りかける。
「鶴居村閉鎖病棟隔離室ライブ中継!!!!」
「鶴居村脱走脱獄ゲーム!!!!」
「こいつは、この後、ここで、夜中に凄まじく羨ましいエッチなことされるぞー!!!!」
そんな声が聞こえる。
俺にとっては、今性欲なんてものは、どうでも良かった。
快感がない、快楽を感じない、本当に抜けがらのような、体であるから。
俺が興味があるのは、脱獄だ。
この閉鎖病棟。
この隔離室。
脱獄王白鳥のように、なんとか脱獄を測ることは出来ないだろうか。
網走監獄を脱獄した、あの脱獄王のように。
それを成功させたとしても、ライブ中継されている訳で、俺は、ほどなく捕まるのは、目に見えている。
でも、今盗聴盗撮してライブを見ているソイツラは、楽しませる事は出来るんじゃないか?
そんな思いを俺は、胸に秘め、夜の暗闇の天井をじっと眺め続けていた。