密かな危機
イーネ母とのやり取りを見ただけだと、ただのワガママ娘のように思えたイーネ。
身内以外とも、ちゃんと話す事が出来るよう。内弁慶みたいだ。
通行人の視線が血の付いた僕に向けられて「やべっ」という顔をしていたので、空気も読めるようで安心した。
すぐに水場を探して洗い落してくれた。
街道に出てからしばらく歩き続けた。ショートカットは終わりらしい。
途中ですれ違った通行人はもう1組だけで、幸いどちらもイーネの知り合いではなかったようだ。
イーネがライゼン爺さんに会わなかったかと2組目に尋ねたところ、目的地の隣村から
ここまで、それらしき人物は見掛けていないということだった。
どうやら本当に追い越してしまったらしい。
利用者が少ないのは、今のイーネには都合が良いと言えなくもないけれど、独りきりで留まるのは色々と問題がある。
「盗賊に間違われるといけないし……」
まあそれは考えすぎだと思う。
ともあれ先回りして、隣村でお爺さんを待つ事にしたようだ。
その後、何事もなく隣村に到着した。
「ライゼン爺、また倒れてるのかしら?」
イーネの呟きで、行き倒れのお爺さんが現実味を帯びてきた。
僕らは隣村の入り口で、お爺さんの到着を待っている。
入り口の番をしている男にイーネが許可を取って、僕は椅子になっている。慣れたもんだ。
それから特に雑談を交したりもせず槍を持って立っているけれど、後ろから感じる門番君の目線の先は僕なのか、尻なのか。それによって彼の評価は変わるだろう。
お爺さんが遅れていることを確認してからは、走らずゆっくりのペースで歩いてきたけれど、それでも村に到着してからは1時間くらい経っている。イーネの不穏な呟きはそのせいだろう。
心配なのか、一旦戻って様子を見に行こうか悩んだ様子で何度か腰を上げようとしたけれど、更に10分ほど待つと、道の先に驢馬に乗った人影が見えた。
「お爺さん!」
イーネはそちらに向かって走り出していった。
通行人達は重い石塊である僕を持ち歩くイーネに一様に驚いた顔をしていたけれど、顔色を変えなかった門番君は、イーネが離れると、隙を見てすかさず僕に近付いてきた。持ち上げてみるつもりかな?
もちろん【重量操作】は使わない。
門番君は僕に手を伸ばすと、イーネの座っていた場所をそっと撫でた。ロリコン確定。
お爺さんの歩みが遅いのではなく、驢馬の歩きが遅かったようで、イーネとお爺さんは何やら話しながらゆっくりと村に近付いてくる。
目の前で一瞬とろけた表情をした門番君を、必死で意識の外に追いやりながら、僕は2人の様子を眺める。
イーネ母の手紙を読んだあたりで、お爺さんの表情が険しいものになる。
「やあ、ケリドルの村のもんだけど、また行商に来たよ」
「やあ、ライゼン爺さん。よく来たな。ずっと待ってたけど、そっちの子はお孫さんかい?」
「いんや。ヌリルの村の知り合いの娘でな、サンクアディットまで行きたいそうなんだが……」
「探索者志望です!」
門番君とお爺さんは顔見知りらしい。
村の人間で外に出掛ける者はそれほど多くはないので、イーネの出身さえ誤魔化してしまえば、後はどうにかなるという判断なのだろう。イーネ母の考えかな?
「サンクアディットか……明日の朝には乗合馬車が出発して、途中で隊商に合流する予定になってる。3日くらいの旅程で銅貨20枚、食糧は別に必要だ。足りるか?」
「足ります!」
イーネ母は必要な路銀もしっかりと用意していた。
「今日の宿はどうするつもりだい?」
「あー、どこか野宿するような場所はありませんか?」
とはいえ余裕のある生活をしていたわけでもない。イーネもしっかりと節約を考えているようだ。
――でも野宿はちょっと危なくない?
そんな僕の考えを読み取ったわけでもないだろうけれど、門番君が提案する。
「それなら、良ければ俺の家に泊まってくかい?」
親切そうな顔で門番君。それだけは絶対に駄目だ。