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開拓村脱出計画




食糧庫に押し込めた娘が心配で早く戻ってきたイーネ母は、扉を開けた瞬間、家の中の惨状に目を見開いた。



「何……してるの?」

「あ、おかえりなさい……」


あれからイーネは、家にある物を根こそぎ引っ張り出す勢いで、様々な実験を繰り返した。


まずは【重量操作】の効果が及ぶ対象について。

有機物、無機物、無機物の中でも石なら効果が出るのかと考え、竈やら父親の持ち物だったらしい石の楔、調理用のすり鉢に重量操作。

どうやら父親は探索者だったようで、ネックレスに加工された、小さな魔精石というものまで出てきた。彼女の宝物らしい。


その後は対象になる条件を考えた。


「座った事のある物?」


そう言って愛用らしい木の椅子に重量操作。

もちろんダメ。瑞々しいトマトにも試していたけれど、見事に潰れた。


「血……の付いた物?」


針で指先を突いて木彫りの人形に塗り付けていた。

良い線いってる!けどダメ。呪いの人形みたいになった。


よくこれだけ色々思い付くもんだと感心していたけれど、もちろん見ていただけじゃない。

イーネが勝手に条件を整えてくれているのだから、僕だって【重量操作】をちゃんと使っていた。


けれど結果は前述の通りだ。本当に僕以外には効果がないらしい。

イーネの行動はまるで意味のないものだったとは言わないけれど、それは僕にとってだけの話。

この惨状はあまりにも酷い。


「」


ほらイーネ母も絶句してる。


「えーっと、魔法の練習をしてた……んだけど」


世の女親というのは、ズボンの裾を朱色に染めて、手には血染めの人形を持った娘に何を言えばいいんだろうか。


「とりあえず、そのまま座っていなさい」

「はい」


床に直で座らせるのは、罰の一種なんだろうか?

母の冷えた言葉に思わずピンと背筋を伸ばしたのを見ると、そうなのかもしれない。


「じっとしてるのよ」


言いながら奥に向かったイーネ母だけれど、そういえば何かの草を抱えて帰ってきた。

――あれは何だろう?


「うげ……っ」


草については気に留めていない様子のイーネだったが、奥からイーネ母が持ってきたものを見ると顔色が変わった。


「それ、苦いやつ?」


テキパキと持ち帰った草をすり潰し始めた母を見て、イーネが怯える。


「そういうのじゃないわよ」


子供っぽい仕草に、イーネ母がクスッと笑う。

どうやら子供へのお仕置きに、そんなものがあるらしい。


「言いつけを守らないのはどうかと思うけど、ちょうど良かったのかもしれないわね」

「じゃあそれは?」

「ヘナの葉よ。これからあなたの髪の色を抜くの」


変装のつもりなのだろう。


「イーネ、よく聞きなさい。あなたは今から森を抜けて、行商に出てるランゼンお爺さんを追いなさい。手紙を書くわ。お爺さんは昨日出たばかりだそうだから、急げばあなたの足でも追いつけると思うわ」


――そんな体力で遠出とか、お爺さん大丈夫なのか。


「お爺さんは隣村までしか行かないはずだから、そこからは隊商に紛れ込んでサンクアディットの街に向かいなさい」


行き倒れのお爺さんは出ないようだ。良かった。


「街?行ったことないよ」


不安そうなイーネ。


「門から入ったら、すぐに開拓ギルドに向かえば大丈夫。そこでルカードという探索者を探しなさい。お父さんの元仲間だから、事情を話せばしばらくは匿ってくれるはずよ」

「開拓ギルド!」


そう、探索者の所属する開拓ギルドだ。

この村もそうだけれど、この世界は未開の地がどこまでも広がっていると言っていい。

その未踏の地を人類のために切り拓くのを大目標とする組織だ。


とはいえ所属する探索者が受ける依頼はピンからキリまで。

庶民から見れば実質は何でも屋として扱われ、同時に少数の英雄まで輩出する奇妙な集まりともいえる。


「じゃあ私も探索者に……っ」

「だめよ」

「なんで!?」


即答だった。


「探索者になる条件は?お父さんが言ってたわよね?」

「『すべて自己責任』!」

「それなら分かるわね?お母さんは、あなたに危険な目には遭って欲しくないの」


これは僕も、至極真っ当な意見だと思う。

どこの親がそんなヤクザな稼業に娘を就かせようと思うのだろうか。


「でもなりたいの!」


しかしイーネの気持ちも分かる。


どれだけ無理だと思っていても、


「でもやりたい」


というのは抑え切れない感情なのだ。

僕だって、叶うならば足を生やし、手を伸ばし、ついでに翼を付けてあちこち飛んでみたい。

……失敗作のガーゴイルみたいだな。



「絶対にだめ。さあ髪の色を変えないと。塗ったらしばらくは日に当てて、それからしっかりと水で流すのよ」

「私、探索者になってお父さんを探すの!」

「お父さんは……待ちましょう。きっともうすぐ帰ってくるんだから」

「その間にゴードルーみたいなのが、私達に嫌がらせするのに?お父さんが帰ってきたら――」


うん、詳しい事情はよく分からないけど、父親が行方不明になったせいで、やっぱりこの母娘は苦労しているらしい。

僕覚えた。ゴードルーロックオン。


「もういい加減にしてちょうだい!探索者になるってずっと言うけれど、あなたに何が出来るの!?」


この話題は2人で何度もしてきたのだろう。


昨日からのイーネ母の実行力は凄い。手早く証拠を隠滅し、村の様子を探り、娘を変装させて村から脱出させる為の準備も迅速に整えている。


娘の事を第一に考えている様子を見れば、イーネには話していないだけで、村の様子に異変を感じ取ったという可能性すらある。

これだけの頭があれば、娘の主張がどれだけ無謀なものであるのかは、考えるまでもないのだろう。


けれど、どんな思惑も飛び越えるのが無謀というものだ。


「出来るわ!私は、おっきな石を、振り回せる!」


――……こっちに飛び火させないで欲しいなあ。

そう言いながら、ベトベトになった頭のままで僕に向かってくるイーネ。


うーん、ここは【重量操作】を……使う?使わない?


「お願い!【重量操作】!」


――そういえば、実験では「お願い」って言ってなかったな。

そんな事を思った。


僕は語り掛けられるのに弱いようだ。



「お母さんが、『なんで!?なんで持ち上がらないのよぉぉ!?』って言ってた石でも、こんな風に扱えるんだから!」


イーネさん、それは言わないであげて?




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