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実験と刷り込み


おそらく人生で一番辛い作業を終えて帰ってきたイーネ母を、最愛の娘が出迎えた。


「お母さん!ちょっと聞いてほしいの!」


満面の笑みで出迎えた娘を見て、イーネ母はこの世の終わりのような表情を浮かべた。

うん、凶器()なんて撫でてたら心を病んだと思うよね。娘のこさえた死体を埋めてきたとこだもんね。


「……どうしたの?」


僕にはイーネ母の声からは絶望しか読み取れないのだけれど、興奮気味のイーネは気付いた様子もなく追い打ちをかける。


「私ね、魔法を覚えたの!」

「あ゛ぁ゛っ……!」


――大丈夫、狂ってないから!泣かないで!?


「えっ?お母さん!?」


ついに堪え切れず、嗚咽を漏らしたイーネ母が落ち着くまで、しばらく掛かった。



「そういえば、この石はあなたが持ってきたんだったわね。お母さん、ちょっと気が動転してたみたい」


そう言いながらも、イーネが僕を片手で持って振り回してた時には悪夢でも見てるような顔をしてたけどね。落ち着いてくれて何よりだ。

……ちょっと夢に見そうなくらい負の表情が続いてたから。


「それよりも、早くその石を捨ててきましょ?ね?」


イーネ母は本当に冷静さを取り戻したらしく、軽くなったままの僕を片手で持ったイーネに、そんな事を言う。それを聞いた瞬間――


「えっ?」


イーネが驚いた声を出すと同時に、ゴスッという音を立てながら、僕は床に転がった。

――いや、捨てられるのは困るから。

単純に【重量操作】を解除して、元の重さに戻っただけなのだけれど、少女の細腕で僕を持ち上げられるはずもない。


「あれ?なんで……【重量操作】!」


――うん。使うわけないよね。

戸惑うばかりのイーネと、渋い顔をしたイーネ母に、若干居心地の悪い想いをするけれども、ここは譲れない。比喩抜きに、ここで協力したら永遠の孤独とかが待っていそうだし。


「イーネ、ちょっと座りなさい」


何度も僕を持ち上げようとする娘を眺めて落ち着きを取り戻したのか、イーネ母が娘を椅子に座らせる。

僕は改めて室内を見回すと、ログハウスのような造りで、生活に必要な最小限の物しか無いように見える。



「ねえ、イーネ。これからの事だけだけれど――」


とりあえず、今日はイーネに大人しく家にいるようにと伝えるイーネ母。


「襲撃者は魔物と同じ。だから罪には問われないわ。だから今日の事は、あなたは何も気に病む必要はないのよ」


そんな事を言う割に、かなり焦っていたようだけど。

イーネも同じ感想を抱いたのだろう。母の真剣な表情に口を挟みはしないものの、怪訝そうにしている。


「でもね、誰もイーネが襲われた所を見てないの。証言してくれる人がいないと、ただの殺人扱いにされてしまう事もあるのよ」


――僕が見てたけどね。証言は無理だなあ。

というか、むしろ出来たとしても、僕も共犯という事になるんだろうか?証言者として不適格だよね。


「でも私、殴られて……っ!」

「――腫れは引いたみたいね。口の中は切れてるみたいだけど、自分で噛めば出来る傷よ。あの状態と比べれば、無視される程度じゃないかしら」


うん、冷静になったイーネ母が怖い。客観視すればその通りなんだろうけれど。


「それにね、イーネを待ち構えてたみたいなのが気になるの。会ったこともない人だったんでしょう?」

「うん。お母さんは?」


娘に聞かれ、イーネ母はそっと視線を逸らした。

ああ、顔が確認出来なかったんだなあ……。


「誰かは知らないけれど、村の中に、イーネを売ろうとした人間がいるのかもしれない。あなたは姿を見せない方がいいわ」

「いつまで?」

「今日明日くらいは村の様子を見ておくわ。場合によっては、そうね……街まで逃げなさい」


イーネ母は村を廻り、娘を探す振りをしてくるという。

そこでおかしな反応を見せる者がいるようなら、イーネが本当に攫われたように見せ掛けつつ、外の知り合いに預けるのだそうだ。


「その間、食糧庫に隠れていなさい」


イーネ母は床の一部を持ち上げると、渋るイーネを床下に無理やり押し込んで出て行った。

……凄いな。自分達で掘ったんだろうか。




イーネ母が出て行ってからしばらく。

食糧庫に続く扉がゴトンと音をさせた。顔半分を覗かせるイーネ。


別に片側からしか開かないわけでもなかったようだ。

村が燃え盛る中、一人だけ助かるイーネ、なんて伏線じゃなくて良かった。

手にはいくつかの果物を持ってよじ登ってくる。どんだけ深いんだ。


「よいしょっと」


言いつけを破ったものの、一応気にはしているようで、窓から覗けるテーブルには着かず、地面にぺたんと座る。


そして片手にリンゴのような果物を持ってしばらく唸ったかと思うtぽ、


「重量操作!」


と小声で呟いた。

が、当然なにも起こらない。


「重くなったらお腹に溜まると思ったんだけどなあ……」


――腹が破れるぞ。

とはいえ諦める様子もない様子で、ふと僕も思い付く事があった。


「重量操作!」

――【重量操作】!


しかし何も起こらず、イーネは諦めて果物を口にしはじめた。

うん、どうやら【重量操作】は僕自身にしか効果がないらしい。


暫定で魔法だと認識していたのだけれど、魔力というものが抜けるような感覚は感じられない。

となると、ゲーム的に考えると肉体強化系のスキルという扱いなのだろうか。


効果としては、僕自身の重量を軽くしたり、逆に重くしたり。

軽くする分には少女の細腕で振り回せるほどに軽くなれるのだけれど、重くなる方の上限はどれくらいなのだろう?

上限がないとなると、最悪ブラックホールと化して全てを吸い込むような存在になってしまいそうだ。

まあ、考えすぎだろうけれど。


果物を一つ食べた後も懲りずにイーネは魔法の再現を試みているけれど、僕も実験を兼ねて、小細工を試みる事にした。


「重量操作!」

――【重量操作】!


僕は光る。……光らないようにも出来るかな?


「重量操作!」

――【重量操作】!


ちょっと光が弱くなった気がする。慣れれば消せそうだ。

重さはどれくらい増えるんだろう?


「重量操作!」

――【重量操作】!


ほんの少しだけ視界が低くなった気がする。床が抜けないようにしないと。


「重量操作!」

――【重量操作】!


「んん?」


と、ここでイーネが気付いた。四つん這いで駆け寄ってくる。


「重量操作!」

――はいはい【重量操作】っと。


「持ち上が……る?もしかして」


期待した結果になったようだ。


「この石にしか使えない?」


刷り込み成功!っと。


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